よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

薬草園と散水設備の設置@西の谷緑地

薬草園と散水設備の設置@西の谷緑地

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立春を迎えても寒い日が続いているが「水戸の梅まつり」(2月17日~3月31日)が間もなくとなった。

千波公園・西の谷緑地の改修工事が進んでいる。
工期は3月15日までとのことだが、もう少し早めに完成する予定が組めないものなのか。

弘道館公園・偕楽園公園がメインの水戸の梅まつりは「明治維新150年記念・ 第122回 」という由緒あるお祭りだ。
水戸京成百貨店から偕楽園への最短距離が「西の谷緑地」を経由すれば、最短距離だし、自然あふれた谷あいの散策を楽しめる。

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自然の景観を維持するには、それなりの手入れが必要だ。
西の谷の傾斜地の「竹林」間引きと、枯れた竹の撤去が行われているが、大分すっきりした。

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湿地を埋め立てた公園の敷地は、夏場に水不足になるが散水設備がなかったので、樹木や草花が枯れる事態が発生した。
散水設備が完成すれば、緑地の維持は万全だ。

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数年前から始まった「薬草園」の整備も進んでいる。
今年は、より充実した姿が見られそうだ。

10数年前に山桜が植樹されて、桜の名所になりつつある。

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梅も何本かが植えられているが、早咲きの紅梅は満開だ。


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白梅やしだれ梅は未だ蕾はかたい。

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入り口の枯れた樹木や竹が運びだされてだいぶ明るくなった。

工事中とはいえど、通行には差し支えない。
多くの方々に利用していただきたいと思っている。

  1. 2018/02/05(月) 23:58:05|
  2. 西の谷
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カフスボタンやネクタイピン。

カフスボタンやネクタイピン。

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友人からクタイを頂いたので、久しぶりにYシャツを着てジャケットをまとった。

暫く身に着けてなかった、カフスボタンやネクタイピンも出てきた。

男の身だしなみは、ネクタイを中心としたYシャツやジャケットだった。

クールビズと云う言葉が流行りだし、ネクタイを外しシャツの細部だけにこだわるつまらないファッションとなってしまった。


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カフスもシングルのみで、ダブルカフスの人はまずいない。

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カフスやネクタイピン、ジャケットの襟先のフラワーホールのジュエリーなどに拘る人も少ない。

そういう、僕自身もそうだし。

まあ、時代の流れだから仕方がないのかも。

幾つかのカフスボタンやネクタイピンを身に着けてみた。

久しぶりなので、しっくりとしないが何やら気分が高揚する。

何点かを友人お店に持参し、撮影してして頂いた。


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百年前の品もあり、留め具が今とは異なる。

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Yシャツにネクタイを締め、ジャケットを着て、カフスボタンやジャケットのフラワーホールを飾る楽しみも必要らしい。

アクセサリーの類は「さりげなく」が基本だが慣れないとどうしても意識してしまう。

先ずは「習うより慣れろ」
遊び心を大切に。

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先日、友人から頂いたネクタイを身に着ける習慣が基本だ。
  1. 2018/02/04(日) 21:51:54|
  2. ファション
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ネクタイの頂き物。

ネクタイの頂き物。

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ホテル業界に長らく身を置いた友人が数年前にリタイアし、使用したネクタイを捨てる、と聞いた。
僕は勤め人の生活が長かったがネクタイをする機会は稀だったので、大した本数を持ってはいない。
その反動か、たまにはネクタイを締めてみよう。
と、思ったりすることもあったので、頂いておくことに。

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40~50本くらいあった。
締めっぱなしで使用した品ではないので、傷みはない。
幅や柄行は流行が有るにしても、使えそうなものばかり。

ネクタイを締める機会を窺っていたら、アットワークの杉浦さんのFBに「金曜日はメンズの日」としてメンズファッションのコーデがたくさん掲載される。
欧米のファッション誌から転載で、バラエティーに富んで楽しい。

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ジャケットにカーデガンをマフラー状に羽織っている写真があった。
ネクタイを締めているのがポイントと云えるので真似してみる事に。

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雪上がりの寒い日だったが、ジャケットにカーデガンを背中に羽織って。
伊達の薄着・年寄りの冷や水・やせ我慢、どうとも言えるが。
街中散歩、友人の店の前で写真を撮ってもらった。
FBにアップしたら、かなりの反響。
ネクタイ姿が珍しかったか、セーターがマフラー代わり、斬新だったのか。

兎に角、遊び心・ほんの少しのおしゃれ心が自分が楽しみ、他人を楽しませる。
「ファッションって良いですね」

●ネクタイは男の服の唯一ともいえる重要なポイントだった

「クールビズ」とやらの影響でノーネクタイが主流となり、シャツの襟型やカラフルなボタンなど、やたら細かいところがポイントとなってしまった。
続に云う「Vゾーン」を構成するジャケットの襟幅・シャツの襟の角度・ネクタイの幅と結び方、など調和こそ大切だろう、
その組み合わせを楽しむ、男の着こなしの基本が失われて仕舞ったのは残念だ。

  1. 2018/02/03(土) 18:28:47|
  2. 街歩き
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「夕靄(ゆうもや)会」第一夜@くろばねの・花留談

「夕靄(ゆうもや)会」第一夜@くろばねの・花留談

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1月31日(水)「スーパーブルーブラッドムーン」の予報は曇り。
期待できないかと思っていた。
夕方7時、くろばねの「花留談」で開催される「夕靄会」に向かう頃は煌々とした月の光。
観られるかもしれない。

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山崎 一希さんが提唱した「夕靄(ゆうもや)会」は「もやもや」を話し合う会。
しかし、会自体がもやもやで、メンバーも人数も分からない。
テーマは「テレビの意図せぬ差別表現」について。

テーマに興味があった訳ではないが、久しぶりに山崎 一希さんにお会いし、近況をお伺いしたくて参加した。

小室哲哉、ダウンタウンの浜ちゃん、テレビの「テレビの意図せぬ差別」は我々の日常生活の中でも「意図せぬ差別をしたり・されたり、しているのではないか?その話の中で出たのが「メンヘラ」
聞いたことがない言葉なので、何の意味か分からない。
説明を乞うと「精神疾患をわずらっている人」を指す俗語で、メンタルヘルス(精神衛生)が略され「メンヘル」となり、さらに「~する人」の「er」がついて「メンヘラ」と云うことらしい。

参加者の一人が「ワタシ、メンヘラなんです」と話し出したのには驚いたが、若い人にはかなり多く、特別なことではないようだ。
我々が育ったころは食うこと、生活することで精いっぱいで、考えたり悩んだりする暇がなかった。と一概に言えることでもないが。
兎に角、このような現象を含め、「意図せぬ」言動には十分気を付ける時代なのだと認識した。
開催中の出入りも自由で、僕は7時から9時まで参加したがもう少し後まで開かれたようで、延べ12人の参加だったとか。

山崎さんのFBに『20代から70代までが、テレビのことや小室哲哉のことやメンヘラのことや帰属意識のことなどを自由に語り合い、知らなかった世界にも触れられる、愉快で刺激的な会になりました。次回は2月28日(水)の予定です。今日来てくれた方も来られなかった方も、またふらりとご参加いただけるのをお待ちしています!』

●写真は「水戸梅日記」の澤幡 博子さんと主催者の山崎 一希さんのFBからの無断借用で事後承諾、宜しくお願い致します。

帰るころから始まった月食、家に戻って何度も空を見上げ楽しみました。

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●石森 礼子さんのFBから
宇宙のパワー…本日1月31日は『35年ぶりの奇跡の日』♪
①満月「スーパームーン」※基本的に月1度の現象といわれています。
②1カ月に2回、満月になる現象「ブルームーン」
③皆既月食「ブラッドムーン」
※本日、日本で観察できるのは約3年ぶりといわれています。
この3つの現象が重なる日
「スーパー・ブルー・ブラッドムーン」と呼ばれているそうで
  1. 2018/02/02(金) 08:50:57|
  2. カフェ・喫茶
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シェ・ジャニー 春田光治さんのレシピ本。

シェ・ジャニー 春田光治さんのレシピ本。

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昨年7月、盛岡市材木町の「シェ・ジャニー」を訪ねた際、春田光治さんから「地元のライターがレシピ本を出してくれることになって、毎月の取材で1年間。校正が終了というところまで行ったが、少し遅れるかな」との話を聞いた。

渋谷・神南の時に『春田光治・魅惑の南仏料理』(1981年 中央公論社)が刊行された。~専門家の味をあなたの食卓に~と云う企画で、有名シェフの料理がシリーズとして刊行され、今でも読み伝えられている名著。
37年を経過し、新たな本を待ち望んでいた。

「シェ・ジャニー 春田光治の12ヶ月」が届いた」
AB判・フルカラーの96頁。
帯には「おいしい料理を作るコツは、美味しい料理を食べること」
同じ料理でも「もっとおいくなる方法があるのではないか」と考え、挑戦しています。

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常に「おいしく」を追求し続けているのが春田さん。
AB判という見慣れない体裁が斬新で、写真が見やすい。

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厨房に気取りなく立つ春田さんの姿。
尊敬を込め、誰もが親しくジャニーと呼んでいる。
昔は鬼気迫る感じもあったが、今はだいぶ柔らかになった。

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1月から12月まで、毎月のメニューの写真とレシピが紹介されている。

1月・「トリフ入りスクランブルエッグ」
「春田さんのひとこと」として、料理の解説と作り方のポイントも。

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「牛ハチノスのリヨン風ソーテ」
内臓は大好きな素材で、胃や大腸もよく使う。

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「紅油腰花」(豚腎臓のニンニクソース紅油かけ)
得意の中華料理。予約時に好みや食べたいものを伝えればメニューを考えてくれる。オーダーメイドの料理店なのだ。

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「春田さんの食材、調味料選び」
食材・調味料を厳選するのはプロとして当然として、自分の嗅覚・味覚を頼りに選ぶこと。

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「春田さんの店-シェ・ジャニーのこと」として、
店名の由来や渋谷→安比→盛岡、の店の歴史。現在の店内。

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「タイ風牛肉のスパイシーサラダ」
タイ料理、モロッコ料理などのエスニック料理は創業以来のメニュー。

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「春田さんの調理道具」
おいしい料理はきれいな厨房から。シェ・ジャニーの厨房は何時も清潔。
調理終了次第、食器や器は直ちに洗われる。
包丁やハンティグナイフ、など使いこまれた美しさ。
自らフィッシング、ハンティングをするので、ジビエ料理も得意。

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牛スネ肉のプレゼ

掲載されている料理はこの何倍もあるが、購入して座右のレシピ本とされんことを乞い願う。

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「シェ・ジャニー 春田光治の12ヶ月」
この本の著者《赤坂環》さんは盛岡在住のライター。
シェ・ジャニー 春田光治さんの料理に魅せられ、レシピ本の刊行を一念発起。
自費出版にこぎつけた(定価2000円・税別)。
発売は盛岡の(東山堂支店、さわや書店本店、さわや書店フェザン店)それ以外は赤坂環さんに申し込み。
本誌代・税+送料、振り込み代と若干高くつくが、熱意の産物に協賛をお願いしたいと思う。

注文のあて先は《赤坂環》さん
ご自分の郵便番号・住所・氏名・電話番号・メールアドレスを記入し、下記まで。
E-mail dzr04625@nifty.com
FAX 019-652-1858

  1. 2018/01/31(水) 22:21:31|
  2. シェ・ジャニー 春田光治さん
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アートコンプレックスセンター@新宿区大京町12-9 B1F

アートコンプレックスセンター@新宿区大京町12-9 B1F

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新宿区大京町、昔からの街並みでやたら細い路地などもある住宅街。
突如『ロミオとジュリエット』の舞台ヴェローナ、とも思える館が。


飛鳥山のサトリ珈琲店の2階で開催された山本冬彦氏を囲む会で指摘されたのが「タコ壺」という現象。
ジャンルごとに専門化し、縦穴を深く掘って他とは交流しない。
垣根を超えた観る機会が有るべき、或いは、蒐集の範囲を広めるべき。
との考えを提示された。
ジャンル・年齢・出身・所属を超えた作家を組み合わせた展覧会を、アートソムリエとして任されることも多くなった。との話も。


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実践の場として山本氏推薦作家による「新春日本画7人展」が東京都新宿区大京町12-9 B1Fの「アートコンプレックスセンター」で開催の案内を頂いた。

「佐藤美術館」とは幾らも離れていないので、その足で訪ねた。
訪問は1月20日、会期は1月28日で終了している。

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地下1階の会場は細長いが劇場空間のごとく広い。

新進の作家の作品が多く、手軽に買えそうな価格帯だ。
「観る」美術から「買う」美術に。
買って手元で観てこそ、楽しみは倍増する。
僕は既に終活に入っているから、心を鬼に「買う」とは言わないが、若いころなら買ったであろう作品が幾つも。

「アートコンプレックスセンター」という名のごとく、複合的・複眼的な見方の画廊らしい。このような画廊が増えることで美的生活をを愉しむ人が多くなるのではと感じた。
  1. 2018/01/31(水) 07:27:50|
  2. 美術展
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「新収蔵品展-山本冬彦氏からの寄贈を受けて-」@佐藤美術館

「新収蔵品展-山本冬彦氏からの寄贈を受けて-」@佐藤美術館
2月25日まで●東京都新宿区大京町31-10


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1月20日(土)14:00~飛鳥山のサトリ珈琲店2階でを囲む会が開かれた。
松原 容子さん・鶴見厚子さん等の美術家グループの活動に関心を寄せてた佐藤冬彦氏が“何かのお役に立てば”とボランテアの手を差し伸べた。

サラリーマンコレクターとして、多くの作家とかかわってきた佐藤氏が自らの体験から美術界の現状、美術作品が売れない時代に作家はどう対処すべきか。等多くの問題提起がなされたように思う。

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ご自分のコレクションを寄贈したことによる特別展{新収蔵品展-山本冬彦氏からの寄贈を受けて-」が2月22日まで新宿の佐藤美術館で開催されている。と紹介し、同展の招待券を頂いた。

コレクターにとって美術館に収蔵されるのは大きな名誉だ。
一般的に言えば、寄贈したいといっても丁寧なお断りを受けるのが常の事だから。
佐藤美術館は総武線の信濃町駅と千駄ヶ谷駅のちょうど中間、どちらから歩いても駅から10分。信濃町から行くことに。
信濃町を降りると慶應義塾の大学病院が目の前で、広い敷地。
そこを半周する感じで新宿御苑の直ぐ傍、うっかりすると見落としそうな4階建てのビルが「佐藤美術館」。入り口は2階だ。

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「佐藤美術館」は。公益財団法人佐藤国際文化育英財団が運営。
美術大学の学生への奨学援助や若手アーティストの支援、 美術による国際交流などを行っている美術館なのだ。

2~4階まで、寄贈作品約50点が展示されていた。
山本冬彦氏はサラリーマン生活を約40年、その間、1800点の作品を蒐集してきた「サラリーマンコレクター」。
東大法科卒で日本橋近辺にオフィスが在る一流企業の社員という恵まれた生活と云えど、常人には出来ないこと成し遂げた。


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●佐藤美術館では4月19日~5月1日まで「バングラディシュ新鋭作家グループ展」が開催される。
笠間市在住の美術家・ニシヨシミさんが展覧会成功のため全力を尽くしていることを付け加えておく。

  1. 2018/01/30(火) 21:47:34|
  2. 美術展
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森永博志さん誕生日の後日譚

森永博志さん誕生日の後日譚

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南青山レッドシューズでの「森永博志さんバースデーイブナイト」が盛大に行われ24時過ぎにお開きとなった。
遠距離で家に帰れない僕などや、近いけれど、もう少し森永さんと話した友人7人がタクシー2台に分乗し、芝浦の森永さんのアトリエに移動した。

芝浦のタワーマンション群の一つ45階建ての44階、眼の前がレインボーブリッジという素晴らしいロケーション。

そこから、奇妙な現象を観た。

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写真の中央部の明かりが分断されている辺りが、海面から巨大な煙の柱のように見える。

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翌朝の写真で照合すれば、中之島のように細長く見えるところの先端辺り。
海流による気温の変化か?とにかくこのような現象が起こるらしい。

レッドシューズで念力によるスプーン切断を披露した清田益章さんは、この辺りにお住まいで、この時は、反対方向からの眺めというが、この現象はご存じで、「霊的なことではないが、地理的・歴史的な観点から考えても重要な場所」という。何か超常現象のように見えた。

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清田さんは1974年にユリ・ゲラーが話題になった時に、全国で見出された、いわゆる「超能力少年・少女」たちの一人。
かつての超能力者たちが姿を消していった中で、青年になって以降も何らかの形で「不思議現象」に登場してくるのは彼一人。
常人とは異なる人の存在を、僕は信じる。
森永さんと清田さんの対話に、しばし感心して聞きいった。

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本好きの森永さんのアトリエには沢山の本も置いてある。
その中で面白そうな写真集を発見した。

森永さんとトークショウを行った、ヒステリックグラマーの北村信彦さん。
ショップの内・外装や家具のデザイン、写真集のプロデュースも手がけ、活躍のフィールドは多岐にわたる、と聞いていた。

青山店B1Fに「RAT HOLE GALLERY」という画廊を開設し、写真集も出版しているのだ。

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この本は10年記念の展覧会に際しての写真集。

後で知ったが、1995年の“hysteric no.6・Daido”(森山大道の写真集)は世界。

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アトリエには飲み物も沢山あって、餃子を肴に日本酒を飲みながら、お話を伺った。
音楽プロジューサーのケーシーさんも森永さんとは古い付き合いで、一緒に仕事をしたこともあるようだが、僕には業界の話はチンプンカンプンだ。

静岡県藤枝市在住の小林ヒロアキさんは自らを「ロックンイラストレーター」と名乗り、森永さんのブログに「DAY TRIPPER@JAPAN」を連載中。

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戻ってから読んだが、お会いした感じ同様、明るく楽しい。
かなり膨大なボリュームで、一気に読み進めない。

適当に雑魚寝し、翌朝に森永さん手ずくりの朝食を頂いて散会。
お世話になり、有難う御座いました。
  1. 2018/01/30(火) 15:23:44|
  2. 人と作品
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中島ゆうすけ先生の「ロックンロールハイスクール」

中島ゆうすけ先生の「ロックンロールハイスクール」
1月27日(土)21:00~23:00 @BABA-COOLⅡ


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水戸駅からほど近く、東照宮門前の宮下銀座はレトロなアーケードの商店街。
その入り口の一角を占めるのが(株)大内本舗が運営するBABACOOL店、HonkeyTonk店、BabacoolⅡ店、LIQUID店の4店舗が在る。

1980年に水戸のファッションビル「サントピア」にて、雑貨店としてスタートして以来POPカルチャー系のストリートファッション〜ロックファッションを発信し続けてきた個性的な店舗たち。

音楽好きの社員達は仕事の終了後パーテーを開いたり、イベントのDJを務めるなどファッションと音楽を融合する活動を行っている。

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2918年の第一弾は、中島ゆうすけ先生の「ロックンロールハイスクール」
ロックの歴史を分かりやすく解説してくれるらしい。
レッドシューズでの森永博志さんプロジュース「「第3土ヨー日」の影響でロックへの関心も高くなったので、参加することに。

第1回は「ロックンロール誕生から1980年代までの大枠の流れ」という内容だ。


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資料と代表的な曲のさわりを聞かせながら進行した。

ロックは1955年の映画「暴力教室」のテーマ・ソング「ロック・アラウンド・ザ・クロック」に始まるらしい。
僕の中学時代で、日本でも話題になった。
同時代を体験しているので理解するのは難しくはなかった。
エルビスプレスリーを経てビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」発売と1970年の解散まで、で今回は終了。

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中島さんの分かりやすい話とリキッドのスタッフ大内 駿さん、モエベイビー(こと、塙 萌絵)さんの協力でつつがなく進行した。
予定では1980年代まで話す予定が1970年まで、それ以降は次回に。
参加者は約20名ピザを食べながら楽しい時間だった。
ここまでは同時代、これから先は細分化され多くのバンドも登場ついてゆけるかな?
  1. 2018/01/29(月) 21:04:06|
  2. イヴェント
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森永博志さんバースデーイブナイト@南青山レッドシューズ

森永博志さんバースデーイブナイト@南青山レッドシューズ

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1月20日午後8時から、南青山のレッドシューズで68歳を迎える森永博志さんの誕生パーテーが開かれた。

《今月は、レッドシューズにとって最重要人物である「レッドシューズの逆襲」の著者・森永博志氏の68回目の誕生日。
「第3土ヨー日」はバースデーイブという事で、スペシャルな夜になりそう。
森永氏の盟友、ヒステリックグラマーデザイナー北村信彦氏をゲストに迎え、ロックンロール談義とお互いが作詞したものを交えた和モノDJバトルで、華を咲かせてくれます。
レッドシューズファミリーで、森永さんのバースデーをお祝いしましょう!!
友川カズキライブは、またもや延期となりました。
果たして実現するのか…》(Red ShoesのHPより)

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2年後に「古希(70歳)」を迎えるとあってか、永遠のロック少年・森永さんも期するところがあったのか、紙に書いたステートメントを朗読。

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ゲストに迎えたヒステリックグラマーデザイナーの北村信彦氏に何故ファッション業界を目指したのか、デザインや商品に関して等の考えなどについての質問やロックンロール談義。

1974年にユリ・ゲラーが話題にった当時、全国で見出された、いわゆる「超能力少年・少女」たちの一人、森永さんとは昔からの知り合いの清田 益章氏が登場した。念力や踊りと祈りを合わせた「おのり」、など霊に関する話など。

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更には、スプーン曲げ以上のパフォーマンス、スプーンを破断させた。

この類を信じない人もいるが、僕は信じる方で断裂の断面を見ても折り曲げたり切断しておく、の様なトリックは全く感じなかった。

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岐阜の山中で密教法具を手にし、滝に打たれながら修行するVTRも流されたが、常人では不可能と思える集中力を感じた。

その上に、アカペラで自作のロックを歌った。
ロック歌手としてレコードを発売した実績があるとのことだが、確かに様になっていた。

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次に「J・エルヴィス・シンガーの森 泰仁氏が登場。

15歳で高校を中退後、エルヴィスプレスリーに憧れ、苦難の末に26歳でメンフィスのプレスリーコンテストで優勝した。
「そっくりさん」ではなく、プレスリーの魂を歌う。この態度は終始一貫していることが言葉の端端から伝わった。
《彼の人生については森永博志著「続・ドロップアウトのえらい人」(2005年・東京書籍)の156頁から176頁に記載されている》

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これまた森永さんの知り合いの女性のベリーダンス。
プロのダンサーかどうかは分からないが、妖艶でした。

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誕生を祝し多くの方々が参加し、場内は満杯だった。

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女性のファンも沢山、森永さんの人柄の良さが分かる。

著名な方もいらっしたらしいが、僕が分らない。
過激な体を張った芸で有名な「電撃ネットワーク」の南部 虎弾氏はその風貌で分かったが、ごくごく静かに飲んでいた。

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「漫画 君たちはどう生きるか」吉野源三郎(著),‎ 羽賀翔一 (イラスト)が何百万部のベストセラーで話題だが、羽賀翔一氏もいたようだが。

友人たちの多彩な出し物が終わって森永さんと北村信彦氏の「和モノ」DJバトル。
森永さんの意向で「和モノ」のロック、と云うことらしい。
お二方ともプロの歌手に歌詞を提供しているようで、それらの楽曲も披露したようだ。

お二人のDJに合わせ、僕も調子に乗ってダンスをしてしまった。

なんやかんやで24時。
バースデイケーキのロウソクを灯して「ハッピーバースデイ・森永さん」の合唱で一応のお開きと云うことに。

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記念の写真を北村氏と。

この様な場に慣れない僕も、十二分に楽しみました。
  1. 2018/01/28(日) 10:02:04|
  2. イヴェント
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「勝田全国マラソン大会のすべて」

「勝田全国マラソン大会のすべて」

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参加人数2万人超えの大規模市民マラソン「勝田全国マラソン大会」が1月28日(日)開催される。
今回で66回を迎えるまで、幾多の変遷を重ねて全国屈指の市民マラソンへと成長した。。
現行の全国マラソン大会で、昭和20年代まで遡ることが出来る大会はたったの4つだけ。
規模の大きさと歴史の長さの割には広く知られていないのを歯がゆく思っている関係者が少なくない。
主催者の「勝田全国マラソン大会実行委員会」が大会の記録ばかりでなく、歴史的・地理的な魅力の紹介を網羅したドキュメンタリーを刊行した。

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第1章 65年のあゆみ
第2章 日本陸連公認コース
第3章 大会を支えてきた人々
第4章 大会記録

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●手づくりのゼッケン
今日の勝田全国マラソンの基礎を築いた(故)川又廣氏が当時、大会運営のためにゼッケンを手づくりしたという。

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●街おこしに一役 参加賞に”完走いも”
特産品の「乾燥いも」が参加賞として選手に贈られたのは、昭和58年の第31回大会から。「乾燥いも」をマラソンでの”完走”とかけて、参加賞として渡すことを考えた当時の勝田市長。

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●コースの見取り図と周辺施設の案内。施設個別の説明については別途の解説記事もある。

多岐にわたる内容だが、図版や写真も多用されているので、マラソンに興味のない人でも読み物として面白い。

「あとがきに代えて」として、ひたちなか商工会議所会頭・観光協会会頭の鈴木誉志男氏が記しているように、この本の魅力は、編集と執筆に関わった水戸在住の文筆業・大曾根克彦氏が担当したことにあるようだ。
氏は『常陽芸文』のメインのライターで茨城県内の歴史・地理・文化に詳しい。

  1. 2018/01/27(土) 08:35:25|
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北斎とジャポニスム―HOKUSAIが西洋に与えた衝撃

北斎とジャポニスム―HOKUSAIが西洋に与えた衝撃
2018年1月28日まで@国立西洋美術館


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《明治時代、日本からの輸出品の梱包のために使われたのが江戸時代の浮世絵で、その美しさに魅入られた画家達が、自分たちの作品や生活に取り入れたのが、“ジャポニスム”という現象。モネやドガら印象派に大きな影響を与えた。》
という咄、輸出品の梱包に使用されていた。との真偽はともかく、日本の美術が19世紀後半の西洋で新しい表現の原動力となったのは事実。

「北斎とジャポニスム展」は葛飾北斎(1760-1849)がモネやドガら印象派の画家をはじめとして欧米全域の作家にわたり、絵画、版画、彫刻、ポスター、装飾工芸などあらゆる分野に及んでいることが分かった。

北斎の作品とヨーロッパの作家の作品を同じ場に陳列してある。
比較すれば、一目で分かるものもあれば、間接的な影響、或いは構図。
なるほど、そうなのか。謎解きの楽しみがあった。

国内外の美術館や個人コレクターが所蔵するモネ、ドガ、セザンヌ、ゴーガンをふくめた西洋の名作約220点と、北斎の錦絵約40点、版本約70点の計約110点を比較しながら鑑賞できる。

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●1月28日迄の会期終了が近い1月20日(土)午後3時頃に到着。
サトリ珈琲店で山本冬彦さんのお話会のテーマの一つだった「観るアートに群がる人々」さながらの待ち時間30分。
土曜日は午後8時の閉館なので、科学博物館の「南方熊楠展」を観てのち5時過ぎに入館、待ちはしなかったが内部は満員で、版画作品など小さいからよく見えない。(16日現在で30万にを突破したという)

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葛飾北斎 《富嶽三十六景 東海道程ヶ谷》
1830-33(天保元-4)年頃 横大判錦絵 ミネアポリス美術館

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クロード・モネ《陽を浴びるポプラ並木》
1891年 油彩、カンヴァス 国立西洋美術館(松方コレクション)
木の形は似ているが、

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葛飾北斎 『北斎漫画』十一編(部分 刊年不詳  浦上蒼穹堂
エドガー・ドガ《踊り子たち、ピンクと緑》1894年 パステル、紙(ボード裏打)吉野石膏株式会社(山形美術館寄託)

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相撲取りとバレリーナ、一目で分かるような模倣はしないのが作家。

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≪サント=ヴィクトワール山≫×北斎
何年か前に南仏を旅し、ここだなと思った風景。
セザンヌは故郷の山を何度も描いている。
「冨嶽三十六景」のように同じモチーフを異なった視線から返し描く。

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ルドン 『ゴヤ讃』より≪Ⅱ. 沼の花、悲しげな人間の顔≫×北斎
ルドンの怖さを感じる幻影、北斎の描く幽霊の姿。

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スーラ

(掲載の写真はほんの一部)

葛飾北斎(1760~1849・90歳没)は改号すること30回、転居すること93回。
森羅万象を描き、生涯に3万点を超える作品を発表した。
画狂人という名前が正に的確。改めてその魅力と偉大さが分かる。
  1. 2018/01/25(木) 17:27:41|
  2. 美術展
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プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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