よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

島剛彫刻展@ギャラリー桜林(常陸国出雲大社境内)

島剛彫刻展@ギャラリー桜林(常陸国出雲大社境内)
2016年12月17日~2017年3月5日

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「島剛彫刻展 CORE SAMPLE WORK Inward⇆Outward 地中内視/向き合う視線」

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会場は常陸国出雲大社境内の「ギャラリー桜林」は2016年2月に新設された「桜林館」に開設された現代美術のギャラリー。
宗教法人に附属した美術館・ギャラリーが多いのは、教祖や関係者に美術に対する感性・霊性が強い方などが多いのかもしれない。

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案内ロボット、Pepper(ペッパー)がお出迎え。

画廊代表の石橋研二郎さんによると「高橋宮司はミヅマアートギャラリー代表三潴 末雄氏と学生からの長い付き合いで、海外旅行などを通して世界の芸術や文化宗教に触れ、“日本文化を世界に誇る文化として発信したい”お互い共感していたことにあると思います」との話。画廊専従者を配置していることから意気ごみの程が分かる。何れは美術館の開設か。


島剛(しま つよし1963~)は木型の内部を炎で焼きコンクリートを流し込んで取り出した「Firework」シリーズ(1987年)に始まり、ブロンズ像によるモニュメント「木霊の壺」(1996年)、陶土に木肌を写し取る手法による大型陶彫「倒木更新」や「切株更新」シリーズ(1998年)などを制作し、2003年から1年間の屋久島研修後は、磁土を熔かしこむ無垢の塊作品「0 point」シリーズ(2012年)を発表するなど様々な素材と対峙し制作している

1996年茨城大学講師として着任以来2000年助教授、2014年から教授として現在に至る。

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本展は、2014年から取り組む多色の廃棄ビンを熔解させた無垢のガラス作品の「元型の海」、「泥雲」などに続く「CORE SAMPLE WORK」シリーズ。


作家の住まいの近所、木内酒造の「ネストビール」の廃棄ビンを熔解させた。

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原料にするガラス瓶の色・溶解温度や冷却時間などにより、多彩な作品が誕生する。

温度や時間の見極めが重要なポイントとなる。

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岩の様な1.、5トンの重量作品も。

素材が変っても地球や自然への畏怖、再生・更新を主題とする世界観と制作態度は変らない。
  1. 2017/01/21(土) 16:27:43|
  2. 美術展
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五味田充子 ニット展@ギャラリーしえる

五味田充子 ニット展@ギャラリーしえる
           - ルージュの伝言 ー

1月17日~22日まで

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水戸市見川町の「ギャラリーしえる」は幅広いアート作品展が展示される。
女性が好む、織物やニットさらには染色などの展覧会もある。

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糸作りから編み上げるまで一貫して手作りにこだわる五味田充子さんの「手紡ぎニットと小物展」は毎年1月に開催されるので、常連さんも多い。

今日(19日)に訪れたが、会期3日目にも拘らず大勢のお客で賑わっていた、

羊の原毛を解きほぐして糸に紡ぐ。
糸を好みの色に染め上げる。
編むのか織るのかテクニックは分からないが質感が立体的、
色が綺麗で配色が素晴らしい。

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出来上がりはあらかた計算できるにしても確かでないから、自然に生まれてくる、と云う事らしい。

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セーター、ベスト、カーデガン、帽子、マフラー、など約50点。
手間の掛かる手仕事のため作品展は年2回ほどしか開けないので、新作を楽しみにする愛好者が多い。

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セーターなど着た際に目立つのは後姿。
特に、背中に留意して制作されているようだ。

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ストライプの柄も好評。

ニット帽は価格もお手頃、大人気らしい。

手持ちの服との組み合わせを考えれば自由自在に楽しめる

  1. 2017/01/19(木) 21:54:31|
  2. 美術展
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フランスの灯台を描く・武石 堯 展@ ギャラリー エスパース

フランスの灯台を描く・武石 堯 展@ ギャラリー エスパース
 1月3日(火)~11日(水)


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ひたちなか市笹野町の「ギャラリー エスパース」で《フランスの灯台を描く》と題された武石 堯 さんの絵画展が11日(水)まで開催されている。

武石さんは1997年からサイクリングの旅を始められた。
各地の燈台を訪ねながら3年間で日本を1周した。
走破した距離は18000㌔に及ぶ。
日本列島の北海道、本州、四国、九州を繋いだ距離は約3000kmと言われからその6倍で1日辺り60㌔から100㌔走る時もあったとか。
燈台を訪ね、鉛筆でスケッチをして帰宅後に油絵として描く。

旅の記録を絵と文章で『灯台巡り・ペダルの旅』として「茨城新聞」連載し、既に350回を超えた。

国内を走破し、イギリスとアイルランドに挑戦することに。
イングランド・アイルランド・スコットランド・ウェールズに18回。
-イギリス・アイルランドの灯台を描く-として何回かの個展で発表した。

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今回の《フランスの灯台を描く》3年半の間に4週間の旅を4回で描いた50点が展示されている。

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フランス北部のノルマンデイーとブルターニュ地方。

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走破した地図と描いた燈台に番号が振られて対照出来る。
更には簡単なコメントが添えられている。

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1937年生まれの80歳。
自転車も手荷物として携行され、現地で組み立てる。
修理技術も習得して故障にも対応できる。

現地では簡単なスケッチのみで、写真は滞在したホテルでの自分撮り。
夜は地酒のウイスキーやワインを楽しまれたようだ。
それによって、現場での雰囲気を思い出しながら、帰国後に制作されるらしい。

80歳を過ぎてなお、この旅を続けるとのこと。
僕も旅は好きだが、外国を自転車で一人旅をする自信はない。
この様に生きられれば、と羨ましく思え、「頑張れ」と、自分に気合を入れたくなる。

●燈台巡りの以前から、奈良に滞在されての寺社巡りをされておられ、奈良の風景や歴史画なども発表されている。
法輪寺妙見堂の格天井の絵画を依頼され奉納したのは、如何に奈良の土地に根付いているかの証明でもある。


  1. 2017/01/04(水) 21:06:24|
  2. 美術展
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クラーナハ展―500年後の誘惑@国立西洋美術館

クラーナハ展―500年後の誘惑@国立西洋美術館
2016年10月15日(土)~2017年1月15日(日)


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国立西洋美術館で開催されている「クラーナハ展」
クラーナハはどのような人なのか?
テレビなどで紹介されているが、とにかく観ないことには、ともって参上。

ルカス・クラーナハ(父、1472-1553年)は、若い頃にウィーンで絵画修業を終えた、西ヨーロッパで強大な力を誇った神聖ローマ帝国のザクセン選帝侯に見出され、専属の宮廷画家。
大型の工房を運営して絵画の大量生産を行うなど、先駆的なビジネス感覚を備えていたこと。

マルティン・ルターとも親交があり、宗教改革にも深く関与したこと。

等が分かった。

2クラーナハ

ルカス・クラーナハ(父)《マルティン・ルターの肖像》
1525年、油彩/板、ブリストル市立美術館


この画家が有名なのはユディトやサロメ、ヴィーナスやルクレティアといった物語上のヒロインたちを、特異なエロティシズムで描きだしたこと。

艶っぽくも醒めた蠱惑的な女性像は、当時の人達ばかりでなく後世の人々をも強く魅了する。

ヴィーナス

ルカス・クラーナハ(父)《ヴィーナス》1532年 シュテーデル美術館蔵

ルクレテア

ルクレティア

1クラーナハ


ルカス・クラーナハ(父)《ホロフェルネスの首を持つユディト》
1530年頃、油彩/板(菩提樹材)ウィーン美術史美術館


ドイツでは15世紀後半から木版画や銅版画がいち早く発達した。

今回の展示でも、クラーナハをはじめ、デューラー、メッケネム、ショーンガウアーなど、同時代のドイツ人巨匠達の版画が比較展示されている。



クラーナハ展
  1. 2016/12/24(土) 18:15:26|
  2. 美術展
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ダリ展@国立新美術館

ダリ展@国立新美術館
9月14日~12月12日


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サルバドール・ダリ(1904年--89年)は時計が溶解していくような「シュルレアリスム」を代表する画家とだけ思っていた。
2010年8月に法相宗の学僧・徳一(760?年 - 835?年)を辿り会津の「慧日寺跡」と「勝常寺」を訪ねた際に「諸橋近代美術館」に立ち寄りダリの作品をまとめて観た。
精神分析・相対性理論・量子力学・数学・生物学など多方面の知識に長けていたということを知った。
パフォーマンスや挑発的な姿勢の強い人と思っていたが、大間違いで科学と芸術を一体化させようとしたようだ。特に、立体・彫刻作品が沢山あることも驚きだった。
2010年はスペインにも旅し「国立ソフィア王妃芸術センター」にも行ったが、ピカソの作品に目が行って、ダリの記憶が無いのは残念。

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本年10月7日、国立新美術館の「ダリ展」に行ったが、全貌展で時代ごとの変化も激しく、もう一度、と思いつつ会期末となってしまった。
「アトデとオバケは出たことない」はその通り。
時間が経過し印象も薄れたが、記憶に留めておくべきと出品目録を基にお浚い。

第1章 初期作品(1904-1922)
スペイン、カタルーニャ地方のフランス国境に近い町フィゲラスで、芸術や文化に造詣が深く自由な気風の家庭に生まれた。
少年時代から絵画の才能を賞賛され、フィゲラスや、夏の休暇を過ごした漁村カダケスの風景を、ポスト印象主義風の様式で描いている。

1ダリ

《ラファエロ風の首をした自画像》1921年頃 カンヴァスに油彩

第2章 モダニズムの探求(1922-1929)
1922年にマドリードのサン・フェルナンド王立美術アカデミーに入学するも、そこでの教育に飽き足らず、反抗的な学生だった。学生寮で、ルイス・ブニュエル(後の映画監督)やフェデリコ・ガルシア・ロルカ(後の詩人)と交友を結ぶ。
キュビスム、ピュリスム、未来派などの新しい芸術の影響を受けた作品を制作する。

2ダリ

《ルイス・ブニュエルの肖像》1924年 カンヴァスに油彩
70.0 × 60.0 cm 国立ソフィア王妃芸術センター


第3章 シュルレアリスム時代(1929-1939)

1929年にブニュエルと共同で脚本を執筆した映画「アンダルシアの犬」がパリで公開され、大きな反響を呼んだ。
アンドレ・ブルトンを中心とするパリのシュルレアリスト・グループに参加し、パラノイア的=批判的方法を生み出して、シュルレアリスムの中心的な画家として活躍するが、ブルトンとの不和も芽生える。

3-1ダリ展


「奇妙なものたち」(1935) 板に油彩、コラージュ 40.5 × 50.0 cm ガラ=サルバドール・ダリ財団蔵

*『アンダルシアの犬』『黄金時代』も上映されていた。

第4章 ミューズとしてのガラ
ダリは、1929年夏に詩人のポール・エリュアールの妻ガラと初めて出会い、すぐ恋に落ちた。以後ガラは、常にダリに寄り添い、ミューズとしてダリの芸術に霊感を与えるとともに、一種のプロデューサーとしてダリを支援し、成功に導いた。
*ガラなくしてダリは生まれなかったかもしれない。

第5章 アメリカへの亡命(1939-1948)
第二次世界大戦が勃発すると、ダリとガラは戦火のヨーロッパを後に、アメリカ合衆国に亡命し、1948年まで過ごす。
1934年以降、アメリカで何回か展覧会を行っていたダリは、すでに有名作家だった。商業的な仕事や出版を通じ、シュルレアリスムを体現する名士としての地位を確立した。

第6章 ダリ的世界の拡張
アメリカ滞在中に、ダリは舞台芸術や映画などの美術の仕事を多く行い、ヒッチコック、ディズニー、マルクス兄弟などにも協力している。
また、ファッションや宝飾の仕事にも手を染め、ダリの芸術から派生したイメージは、大衆的な人気を博した。

7ダリ

第7章 原子力時代の芸術(1945-1950)
1945年の広島と長崎への原爆投下に大きな衝撃を受けた。
新しい原子物理学の知見と宗教的な神秘主義を結びつけることで、核時代の到来によって決定的に変質してしまった新しい世界における、芸術のあり方を探ろうとした。

ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌》
1945年 カンヴァスに油彩
66.5 × 86.5 cm 国立ソフィア王妃芸術センター


第8章 ポルトリガトへの帰還―晩年の作品(1960s-1980s)

アメリカから戻ったダリとガラは、カダケスの近くの小さな漁村ポルトリガトに居を定めた。
1960年代以降は古典芸術に回帰し、巨匠たちに触発された作品を描くとともに、ダリ芸術の様々な要素を集大成した《テトゥアンの大会戦》のような一連の大作絵画を次々と制作。
1974年にはフィゲラスに、心血を注いで作り上げたダリ劇場美術館も開館した。

芸術と芸術家のあり方を変革したダリは、まさに現代美術の先駆者の一人ということができる。

 
新日曜美術館 サルバドール・ダリ
https://www.youtube.com/watch?v=CuQxDYF3hDI

新日曜美術館
  1. 2016/12/08(木) 23:08:16|
  2. 美術展
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プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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