よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

郵政博物館@東京スカイツリータウン・ソラマチ9階

郵政博物館@東京スカイツリータウン・ソラマチ9階

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この日は小雨模様、スカイツリーの上部は雲に隠れて見えない。

平成26(2014)年に公益財団法人通信文化協会が運営する博物館として開館した「郵政博物館」は「東京スカイツリータウン」の「ソラマチ」の9階。
塔を中心に東西に細長いビルで、途中でエレベーターを乗り換えなければ9階には到達できない。
しかしながら、このような交通至便な場所に公共的な施設が出来るのは素晴らしいことだ。
起源は、明治35(1902)年に万国郵便連合(UPU)加盟25周年記念祝典行事の一環として逓信省が開館した「郵便博物館」。

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国内外の郵便、並びに郵便貯金・簡易保険などに関する資料を収集し、展示するが、膨大な資料を収蔵している。

常設展示と、全日本切手展などの郵便に関する各種イベントを開催される。

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郵政博物館誕生115年記念 錦絵-東京浪漫(ろまん)展が2017年9月16日~2017年11月26日まで開催されていた。

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文明開化の東京等の名所を描いた錦絵等を展示し、当時の観光名所や風物を懐古する記念企画展。

常設展示は、日本最大となる約33万種の切手展示のほか、国内外の郵政に関する資料約400点を展示。

小学校・中学校時代は切手収集が趣味だったので興味は深々だったが時間の都合で割愛。

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電報に関する展示もあった。
今となっては「電報」を使う機会などまったくなくなってしまった。

逓信省~郵政省の時代までは郵便・電報・電話まで幅広い分野をカバーしていた。その後、通信はNTTなどに分割・民営化され大きく変化した。

●「たばこと塩の博物館」で「すみだ5つの博物館めぐりガイド」という小冊子を貰った。墨田区内の5つの企業博物館ネットワークの紹介パンフレットだ。
「たばこと塩の博物館」の他に、時と時計文化の「セイコーミュージアム」・交通と文化「東武博物館」・清浄文化と暮らし「花王ミュージアム」・郵便局と通信「郵政博物館」の5館のガイドブック。
「東武博物館」は交通博物館で行ったことがあるが、時計の「セイコーミュージアム」と「花王ミュージアム」も行ってみたい。



  1. 2017/10/26(木) 07:16:49|
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和田誠と日本のイラストレーション@たばこと塩の博物館

和田誠と日本のイラストレーション@たばこと塩の博物館
2017年9月9日(土)~10月22日(日)


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矢吹申彦デザインした本展覧会のポスター。
イラストレーターたちの似顔絵は和田誠。

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「たばこと塩の博物館」は「たばこと塩」に関する資料の収集、調査・研究を行い、その歴史と文化を広く紹介する「常設展示室」と幅広いテーマを取り上げ、多彩な「企画展・特別展」が開催される。

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9月9日~10月22日まで「和田誠と日本のイラストレーション展」が開催された。会期末の21日に滑り込み。

日本において「イラストレーション」或いは「イラストレーター」という言葉は、1960年代以降に広く知られるようになった。
そのきっかけは、1964年の「東京イラストレーターズクラブ」の結成と、1965年から発行された「話の特集」などの雑誌メディアによるものが大きかったとされている。
そうした日本のイラストレーション界の中心にいたのが、「ハイライト」や「週刊文春」の表紙デザインなどで知られる和田誠だ。

和田誠の作品を中心に、日本のイラストレーションの歴史を 作ってきたイラストレーター達の作品約200点を展示された展覧会。

宇野亞喜良、横尾忠則などの作品が好みだったが、「話の特集」の表紙を描いた和田誠の似顔絵は単純な線なのに、十分に人柄が伝わってくる。
映画スターなどのイラストも雰囲気がよく分かる。


■本展は、5部門で構成されている。
1、絵・ポスターを描くことへのあこがれ。
絵を描くのが好きだった和田は小学4年生の頃、清水崑の政治漫画に触れ、その切り抜きを始めた。
その後、自分でも似顔を描きたくなり、時間割をそれぞれの先生の似顔で作ったりするようになった。


2、グラフィック・デザインとの出会い
1953年の「世界のポスター展」を観て感動した和田は、「ポスターを描く人になりたい」と思うようになり、1955年に多摩美術大学に入学。
在学中からいろいろな会社のデザイン賞に応募し、入選を果たした。
大学3年生の時には、グラフィック・デザイナーへの登竜門である日宣美賞を受賞。
当時の先生は、資生堂宣伝部の顧問でグラフィック・デザイナーの草分けでもある山名文夫。

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山名文夫による資生堂ポスター〈1955年〉(資生堂企業資料館所蔵)

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日宣美賞を受賞した「夜のマルグリット」ポスター〈1957年〉


3、グラフィック・デザイナーになる
1959年、当時としては珍しかったデザイン専門の会社ライトパブリシティに入社。先輩には田中一光、細谷巖、すでに著名なデザイナーがいた。
この頃、和田は、「ハイライト」のデザインコンペに応募し入選。
「自分の絵を役立てるチャンスがあればいいな」と思っていた和田は、「ピース」の雑誌広告で一コマ漫画を描いた。

また、映画が好きな和田は、日活名画座のポスターを勤務時間後に無報酬で制作した。


4、「イラストレーター」という職業
1960年代、まだ「イラストレーター」という言葉に知名度は無かった。
「イラストレーション」と「イラストレーター」という職業をアピールすべく、同志である宇野亞喜良、横尾忠則と、イラストレーションの団体を作ろうと、仲間さがしを始める。
灘本唯人、山下勇三、さらには山口はるみ、長新太、伊坂芳太郎たちに声をかけ、東京イラストレーターズ・クラブを結成。
年鑑の出版、展覧会の開催など、イラストレーションを広めるべく、様々な活動を行った。

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宇野亞喜良によるミュージカル作品のポスター〈1967年〉
作曲:和田誠、美術:横尾忠則の名前がある。

山口は、高校生の頃にみた和田のポスター「夜のマルグリット」に影響を受け、進むべき道が見えたという。

5、イラストレーションの広がり
1967年、和田はライトパブリシティを辞め、独立。
そして、雑誌の表紙、絵本の挿絵、音楽のジャケットや演劇のポスターなど幅広い分野の仕事を手がける。
さらに、湯村輝彦、安西水丸、南伸坊、矢吹申彦など多くの後輩イラストレーターに影響を与え、イラストレーションは広がっていった。
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1977年5月から描き始めた「週刊文春」の表紙は、2017年7月に2,000作目を迎えた。


●1978(昭和53)年11月、渋谷の公園通りに「たばこ」と「塩」の歴史と文化をテーマとする博物館として、日本専売公社(現・日本たばこ産業株式会社)により設立された「たばこと塩の博物館」。
渋谷という場所と、当時は紙巻やパイプタバコなどを楽しんでいたこともあって、何度か訪れた博物館だったが2013年に閉館。

2015年4月、墨田区横川に移転・リニューアルオープンしてから初めての訪問だったが、敷地や展示空間が以前の何倍もの規模で充実した設備となった。

高速バスの浅草停留所から徒歩 で約15分、アクセスは若干悪いが、さほど不便というほどでもない。スカイツリーにも近い。
スカイツリーには「郵政博物館」もあり、墨田区は新たな文化ゾーンを形成している。
  1. 2017/10/25(水) 00:49:03|
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江戸東京博物館・常設展@東京都墨田区横網

江戸東京博物館・常設展@東京都墨田区横網

「江戸東京博物館」は「江戸と東京の歴史や文化を伝える博物館」として平成5年(1993年)に開館した。
JR両国駅から徒歩3分で、国技館の隣に位置している。
清澄通りの都営地下鉄・大江戸線ならば「両国駅」下車で眼の前。

「江戸と東京の歴史や文化を伝える博物館」として平成5年(1993年)に開館した東京都立の博物館。

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2階の入り口から長いエススカレーターで。
建物の設計は菊竹清訓で、地上7階、地下1階の鉄骨造構造。
地上部分の高さは約62mで、江戸城の天守閣とほぼ同じと云うから、江戸城が如何に大きかったかを推測できる。
隣接する国技館との調和を考え、高床式のユニークな構造の建物になっているが、東京下町の景観を損ねているとの批判もあるように、疑問に思う設計。

これまで企画展を観るため何度か訪れたが、今回は「常設展」だけを観ることに。博物館や美術館の展示は企画展が主体だが、どっこい「常設展」は侮れない。美術や歴史が系統たって展示されているうえ、貴重な資料も多い。
しかも、料金は格安だ。

常設展示室は吹き抜け構造の5・6階で「江戸ゾーン」と「東京ゾーン」に分かれる。興味を感じるのは、勿論、江戸ゾーン。

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日本橋(縮尺1/1)の模型、

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中村座(縮尺1/1)の模型、

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日本橋周辺の商家などの大型模型。

長屋の大型模型、江戸時代に庶民の暮らしぶりが再現されている。
「九尺二間」の長屋が一般的。

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間口が9尺(約2.7m)、奥行きが2間(約3.6m)の大きさで、そのうち約1畳半を土間として、4畳半を部屋として区画されている。かなり狭い空間だ。
「深川江戸資料館」にも再現されている。

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北斎の部屋の再現と云う設定。

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浮世絵に描かれた「蕎麦屋」「鮨屋」。

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絵を基に再現した屋台。

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江戸時代の東回りの航路では、茨城の「平潟」や「那珂湊」は重要な港湾だった。

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江戸時代は「循環社会」で、何でもほぼ捨てること無い状況で使用された。
着物の布地を例とした説明。

これらはほんの一部で、沢山の資料や模造品などが展示されている。

現在の館長は建築史家・建築家の藤森照信。
今年、水戸芸術館で特別展も行われたユニークな存在だが、どの様に関わっておられるのか。
  1. 2017/08/18(金) 19:26:41|
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「タイ ~仏の国の輝き~」展@東京国立博物館・平成館

「タイ ~仏の国の輝き~」展@東京国立博物館・平成館
2017年7月4日 ~ 8月27日


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今年(2017年)は日タイ修好130周年で、修好記念事業として開催された。
タイと日本は山田長政の話もあるように、かなり昔からの交流が有り、宋胡録 (すんころく)の器は茶道具として古くから使用されている。
タイは仏教国で人々の暮らしの中で大きな存在で、長い歴史のなかで多様な仏教文化が花開いた。

第1章 タイ前夜 古代の仏教世界。
現在のタイの国土は、タイ族の国が興る以前インド文明を取り入れながら、独自の文化を育んだ国々があった。国境線も何度も移動を重ねてきた。

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ナーガ上の仏陀坐像。
スラートターニー県チャイヤー郡ワット・ウィアン伝来
シュリーヴィジャヤ様式 12世紀末~13世紀 バンコク国立博物館蔵
クメール美術と融合した精緻な美。

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法輪
スパンブリー県ウートーン遺跡第11号仏塔跡出土。
ドヴァーラヴァティー時代 7世紀 ウートーン国立博物館蔵


第2章 スコータイ。

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仏陀坐像。
スコータイ時代 15世紀 サワンウォーラナーヨック国立博物館蔵
●面長のお顔に穏やかな笑みを浮かべ、ゆったりと坐す仏陀像。

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仏陀遊行像
スコータイ時代 14 ~15世紀 サワンウォーラナーヨック国立博物館蔵
●軽やかに片足を踏み出し、歩みを進める仏陀像。

第3章 アユタヤー 輝ける交易の都。

アユタヤーは14世紀半ばから400年にわたり国際交易国家として繁栄した。
アユタヤーを訪ねた時、日本人町の跡地には石碑が立てられ、簡単な記念館が開設されていたような記憶がある。

第4章 シャム 日本人の見た南方の夢


第5章 ラタナコーシン インドラ神の宝蔵

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ラーマ2世王作の大扉、この扉だけ写真撮影が可、だった。
5.6メートルを超えるこの大きな扉は、1807年に創建されたワット・スタットという第一級王室寺院の正面を飾っていたもの。

チーク材の扉の表側には、天界の雪山に住むとされるさまざまな動物たちが重層的に表わされている。

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扉の部分に描かれた絵。

●タイ料理に嵌って何度かタイに旅した。
バンコックの空港の強烈な熱風と熱帯の匂い。
街中の至る所に在る「屋台」の料理の数々。
市場でタイカレーの基のペーストや食材を買った。
チャトチャの大きな市場の中を布地や雑貨を探し廻った。
2000年『ザ・ビーチ』の小説・映画が話題になっていた頃だ。
沢木耕太郎の『深夜特急』の旅に憧れ、バックパッカーの聖地と言える「カオサンストリート」は、既に観光地化していたが、その先の旅を夢見。
バンコック市内、アユタヤ、チェンマイの寺院と仏像などを巡って日本の仏像との違いを感じた、
今となっては良き思い出だが、今の季節になれば、なおさら懐かしい。

タイを訪れたにもかかわらず、如何なる国かについて詳しくは分からずなかったので、今回は良い機会だった。

  1. 2017/08/15(火) 17:26:04|
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「空海と高野山の至宝展」@仙台市博物館

「空海と高野山の至宝展」@仙台市博物館
7月1日~8月27日
夏の《みちのく》へ、其の十


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「空海と高野山の至宝展」が開催されている仙台市博物館は広大な仙台城址の一画で、大手門のすぐ下に在る。
さすが、仙台藩62万石。実高100万石と云われた面影が遺されている場所だ。

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弘法大師像
高野山は平安時代の弘仁10年(819年)頃より弘法大師・空海(774年-835年)が修行の場として開いた高野山真言宗の本山で、比叡山と並び日本仏教における聖地。

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重文 孔雀明王像(快慶作)一躯

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金剛三鈷杵。伝弘法大師所持。

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金念珠。弘法大師所持と伝えられる、純金の念珠。

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国宝 諸尊仏龕 金剛峯寺 中国唐時代
弘法大師空海が中国から請来されたと伝えるもので、七世紀頃の作。
香木(白檀材)を三分割し、それぞれを蝶番でつなぎ、釈迦如来を中心にして諸菩薩などを細かく彫刻する。

国宝の阿弥陀来迎図や八大童子立像など、国宝が目白押しだったが密教法具の優品が素晴らしかった。

2015年7月に高野山に詣でた。
1932(昭和7)年に再建された金堂は高野山一山の総本堂。

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四隅の八供養菩薩と堂裏の壁面は、笠間出身の木村武山の筆。
武山は仏画の画家として名高く、茨城県人として光栄に思えた。


今回と同様、「東日本大震災復興祈念特別展」として2014年7月~8月仙台市博物館で開催された「室生寺展は十一面観音菩薩立像(国宝)の優美な面持ちは印象的だった。
光背を外した姿を、間近に見られたのは感激だった

  1. 2017/08/14(月) 21:03:24|
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プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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