よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

箱根関所@箱根町/熱海~伊豆半島~箱根の旅 其の10

箱根関所@箱根町
熱海~伊豆半島~箱根の旅 其の10


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平成19年(2007年)、徳川幕府が東海道に設けた箱根関所の江戸後期の姿を“完全復元”。

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西伊豆の景勝地・堂ヶ島。
ここから三島に向かい、国道1号線で箱根を目指す。

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芦ノ湖。
芦ノ湖は、箱根火山のカルデラの中にある「カルデラ湖」で箱根観光の中心。
2012年10月、「小田急の箱根フリーパス」を利用して箱根に遊んだ
新宿~小田原。箱根湯本~箱根登山鉄道で強羅。強羅から箱根登山ケーブルカーで公園上駅に。「箱根美術館」は中世陶磁の聖地。強羅公園の「白雲洞茶苑
公園上駅から早雲山へ行き、箱根ロープウェイに乗り換え、富士山を望み、大涌谷を眼下に眺めた。桃源台港から海賊船で芦ノ湖を渡り元箱根港へ。
箱根登山バスの旧街道経由で箱根湯本へ。箱根湯本から箱根登山バスで小田原に。小田原城址を見学したのち、小田急線で新宿。
その時以来、5年ぶりということになる。

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箱根神社の赤い鳥居は箱根のシンボル

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箱根関所。
江戸時代交通史の重要な史跡、箱根関所。

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前面に芦ノ湖を望み、背後に屏風山が控える眺望豊かな立地。

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見事な杉並木も残っている。

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平成19年(2007年)、徳川幕府が東海道に設けた箱根関所の江戸後期の姿を“完全復元”した。

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箱根駅伝の往路のゴール、復路のスタート地点の標識。

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「箱根駅伝ミュージアム」
富士屋ホテルチェーンの運営する箱根駅伝ミュージアム。
長きに渡る箱根駅伝の歴史をテーマで区切って展示されているようだ。

吾々はここから箱根を下って小田原に。
  1. 2017/09/09(土) 15:56:45|
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雲見温泉・民宿「さかんや」加茂郡松崎町雲見304 

雲見温泉・民宿「さかんや」加茂郡松崎町雲見304 
熱海~伊豆半島~箱根の旅 其の9


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伊豆半島の南西の海沿いを走る国道136号の景観は変化に富む。
山が海岸線に迫り、複雑な海岸線の内側に小さな漁港が在る。
松崎の「なまこ壁」の街並み等を見て、この日のお宿である雲見温泉・民宿「さかんや」へ向かい。夕方の5時頃に到着。

夕食の前に先ずは温泉に浸かる。
透明で無臭だが塩分が強く、なめると塩辛い。
民宿だから湯舟は小さいが。かけ流しだ。

新鮮な魚料理が自慢との民宿はFさんの奥様が手配してくれた。

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イサキ・ウニ・イカ・サザエ・赤海老。などの刺身。

茶わん蒸し・海草・茹でエビなど、十二分な料理。

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金目鯛の煮つけ。

ビールと酒を酌み交わしながら、今回の旅の思い出を語り合う。
中学・高校の頃の懐かしい話も。
お互い76歳を迎えた立派な老人で食も細くなった。
昨夜もそうだったが、10時頃には就寝。

僕は、何時ものことながら何度も目覚めるが、他の2人はぐっすりお休みだ。
自宅なら、そこで起きて小一時間も過ごしてまた寝るのだが、そうもいかずに、寝床でウトウト。

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朝食は1階の広間で。

典型的な日本の朝食だが、鯵の干物など新鮮。
茶わん蒸しやシラス、納豆、焼き海苔など。

家族連れが多い。夏休みの最終の週と云うこともある。
庭にはウエットスーツや海用品などが干してある。

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「鳥帽子山」と「千貫門」
港の脇に聳えるある三角の山は「鳥帽子山」と呼ばれ、裏手には「千貫門」という自然の洞門がある雲見の名所。
釣りやスキューバダ・イビング素潜りなどで楽しまれるらしい。
毎年訪れる常連さん。

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観光協会のサイトの写真だが、この場所には観光船で行くか、鳥帽子山の横にある遊歩道を通り山越えで行くのだとか。
吾々は時間がないので、ここまでは行けなかったが、雲見に来る方々はここが楽しみなのだとか。

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海越しに見える富士山。
雲見の漁港・海水浴場からうっすらと富士山が見えた。
冬場なら完璧に見えるだろう。

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西伊豆の半島の突端に位置するから、この様に美しい富士山が拝める訳だ。

●火山の地下には地下深くからマグマが通ってくるマグマの通り道がある。
このマグマの通り道が地殻変動などで隆起して地表に姿を現したものを「火山の根」と呼び、烏帽子山は、標高160メートルを越える火山の根なのだ。

  1. 2017/09/07(木) 17:35:44|
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波勝崎の野猿~石部棚田~松崎の「なまこ壁」の街並み。

波勝崎の野猿~石部棚田~松崎の「なまこ壁」の街並み。
熱海~伊豆半島~箱根の旅 其の8


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《野猿の楽園・波勝崎苑》
下田までは♫天城超え♫「伊豆の踊子」を辿った、この先は南伊豆~西伊豆を巡る旅となった。
企画者・運転担当のFさんの提案で野生の猿300匹が生息する「野猿公園」を訪問。

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南伊豆・波勝崎。
野生の猿に餌付けし見せている他にダイビングスポットでもあり、岩場でのシュノーケリングやスキューバダイビングのお客も多いらしい。
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《石部(いしぶ)棚田》
標高120~250mに広がる約370枚、4.2haの田圃。

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東日本では珍しい石積みの棚田で眼下に駿河湾を一望。


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《松崎の「なまこ壁」の街並み》
伊豆松崎町には、古き良き時代に建築された「なまこ壁」の住家や土蔵が多く 残されている。
「 なまこ壁」は 保湿、防湿、防虫、火災、盗難予防 の目的で造られ 、多額の経費と多くの労力を要する。

所変われば、風景や風物も変る。
ドライブしながら、面白そうなものが在れば立ち寄って観る。
旅の醍醐味だ。
  1. 2017/09/06(水) 22:37:57|
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下田港♫天城超え♫「伊豆の踊子」を辿る 其の7

下田港
♫天城超え♫「伊豆の踊子」を辿る 其の7


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『伊豆の踊子』では『下田では、「甲州屋という木賃宿は下田の北口をはいると直ぐだった。私は芸人達の後から屋根裏のような二階へ通った。天井がなく、街道に向った窓際に坐ると、屋根裏が頭につかえるのだった。…」
『…私は明日の朝の船で東京に帰らなければならないのだった。旅費がもうなくなっているのだ。学校の都合があると言ったので芸人達も強いて止めることは出来なかった。…』、主人公はここ下田で踊子達と分かれ、船で東京へ戻ることになるのだが、ひょんなことからお婆さんとその孫を上野の駅まで送り、上野から水戸行きの列車に乗せることを頼まれた。
話の筋には関係ないが、「水戸」と云う地名が登場したのは、何かの縁か。 

『汽船が下田の海を出て伊豆半島の南端がうしろに消えて行くまで。私は欄干に凭れて沖の大島を一心に眺めていた。踊り子に別れたのは遠い昔であるような気持だった』とは言え乗船してしばらく経つと『・・・私は涙を出委(でまかせ)にしていた。頭が済んだ水になってしまっていて、それがぽろぽろ零れ、その後には何ものこらないような甘い快さだった。』

吾々の旅は下田に到着後『伊豆の踊子』からは離れ、市内を散策。

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下田条約締結の地として、国の史跡に指定されている「了仙寺(りょうせんじ)」に参詣。

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軒下に「ペリー陸戦隊了仙寺調練の図」(1856年)の複製画が掛けられてある。

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境内に隣接した了仙寺の宝物館「黒船ミュージアム」が在った。
了仙寺関連文書をはじめ、黒船・異文化交流関連史料、性と宗教との関わりをテーマにした「秘仏コレクション」などが展示されている。とのことだがパス。

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下田は天然の良港。
湾が入り組み、内海は穏やか。

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開国記念公園の「開国記念碑」。

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昭和年54年6月27日、当時のアメリカ合衆国カーター大統領が来日した記念碑。東京サミットで来日した大統領が、下田市内をオープンカーでパレード。

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下田 「甲州屋旅館」は現存し、営業が続いているとのことだが、探してみることはしなかった。
吾々の旅は天城峠を越えた所で『伊豆の踊子』を辿るのは終了した感じ。
文学の世界を旅するのは難しい、

  1. 2017/09/04(月) 21:57:07|
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河津七滝(かわづななだる)@静岡県賀茂郡河津町

河津七滝(かわづななだる)@静岡県賀茂郡河津町
♫天城超え♫「伊豆の踊子」を辿る 其の6


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天城トンネルを出た所の標識には「踊り子歩道」
旧道をその様に称するのか、別ルートがあるのか?「河津七滝まで8.2㌔」

『伊豆の踊子』には『トンネルの出口から白塗りの柵に片側を縫われた峠道が稲妻のように流れていた。この模型のような展望の裾の方に芸人達の姿が見えた。…』峠道は下りとなる。

旧道を離れてバイパスに乗ると間もなく、空中をループ状に旋回しながら下る。
写真を撮らなかったので説明が難しいが、ラセン階段の道路版と思えばよい。

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下りきった辺りに「河津七滝」入口とあって、再度、旧道に。
滝は水が垂れる。の意味で滝をダルと発音するので「河津七滝(かわづななだる)」となる。

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「これらの滝は、約2万5000年前に伊豆東部火山群のひとつ「登り尾(のぼりお)南火山」からの溶岩流が谷に流れ込んでつくり出したもので七滝のうち「えび滝」を除く6つの滝には、厚い溶岩が凝固、収縮し出来る柱状節理が見られる。」こと。

水戸の井戸博士・西原昇治さんの影響で覚えた「ジオパーク」《geology(地質学)+park(公園)からの造語》科学的・文化的に貴重な地質遺産を含む自然公園。

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の典型的な場所で、興味津々だったが、七滝全てを巡ること出来なかったが、渓流そのものが素晴らしかった。

『伊豆の踊子』では『湯ケ野までは河津川の渓谷に沿うて三里余りの下りだった。…』としかないが、この景観の素晴らしさは物語としては邪魔になるので、敢えて触れていないのか?

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しかし、地元では学生と踊子を並立させた像を何か所か建立。

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何度も映画化もされており、其の紹介板も。

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今なら、「ジオパーク」だけを売りで充分通用する時代となった。

ここは「湯ヶ野」の少し手前だが、『伊豆の踊子』ではここでの話なども面白く。
小説を辿る部分は冒頭の「天城峠」に行ったことだけ、でこれから先の旅のは、そこを離れて見聞を記すが、タイトルだけは残しておくことに。
小説の世界の追体験は無理と云う自明の理。

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大正15年の噴き上げから80余年が経過し、いまなお100度の温泉が毎分600リットル、地上約30mまで噴き上げる自噴泉。
この日はメンテナンスで休業だったが、パイプに付着物をノミで削って通りを良くする作業が終了し、試の自噴を見られた。

近年では1月下旬より3月上旬にピンク色に咲き誇る「河津桜」で有名な河津町は温泉も沢山ある。

  1. 2017/08/31(木) 17:26:39|
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プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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