たかんなの影は竹より濃かりけり 中村草田男筍は別名“たかんな”“たかうな”とも呼ばれることを知った。また、筍の字は他に“笋”も使われるのだという。日本語は複雑でしかも深みがあると思った。
知らなかった事を知り“なるほど”と感心できるのは楽しい。
“たけのこ”は絵になる形をしているから多くの画家が描いている。穂先が少し曲がっている姿など可愛いくて、湯がいてしまうのが惜しい。描いてみようと思いつつ、実現したことがない
とは言え、花より団子〜知ることより食べる事は更によろしい。
春から夏にかけての“筍飯”は美味い。日に三度でも食い飽きないし、息もつかずに三膳くらいはいける。筍飯ばかりでなく、煮物も美味しい。
孟宗竹はそろそろ終わりだが、マダケ・ハチク・布袋竹等は今からだ。それぞれに味も食感も異なる。
もっとも、筍は全てが頂き物で調理するのは妻だ。僕は能書きを言いながら食べるだけ。
この時期に無くてはならない物なのに、竹と筍の関係を深く考える事がなかった。
西の谷の清掃活動を始めて2年、毎日のように竹林を見ていると、『竹』は不思議な植物と思うようになった。
竹は3〜4月ごろ葉が黄ばんで、他の草木の秋のようなり《竹の秋》と呼ばれる。同時に地下茎から芽を出した筍が急激に育つ。筍が若竹に生長する頃、同時に、古い竹は落葉する。
萩原朔太郎の『竹』という詩には次のようにある。
光る地面に竹が生え、
青竹が生え、
地下には竹の根が生え、
根がしだいにほそらみ、
根の先より繊毛が生え、
かすかにけぶる繊毛が生え、
かすかにふるえへ。
かたき地面に竹が生え、
地上にするどく竹が生え、
まっしぐらに竹が生え、
凍れる節節りんりんと、
青空のもとに竹が生え、
竹、竹、竹が生え。
竹の特性をよくうつしているものだ、と思う。
草木が凋落する秋には、若竹は成長して春のような鮮やかな色を示す。
更にいえば、筍の皮“ひげかわ”は食物を包むに使われる。竹の本体は無限の用途がある。東南アジアでは建築工事現場の足場にも使われている。
古来、竹は人間の生活と密接に繋がってきた。近頃はその良さを利用しない生活になってしまったのは残念なことだ。殆どの竹林は手入れされないままだ。
もっともっと、竹と仲よくしたいものだ。
- 2008/05/09(金) 23:59:38|
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