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よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

三十三間堂(蓮華王院本堂)@京都市東山区

三十三間堂(蓮華王院本堂)@京都市東山区
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京博の「平成知新館」の拝観がやっと実現した。
道路を挟んだ三十三間堂の諸仏『風神と雷神は左右が入れ替わり二十八部衆像も13体が改名され、配置順も変わる「平成の大再編」となった』が7月に報じられたばかりだ。

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三十三間堂(蓮華王院本堂)は後白河上皇のため平安末期に創建された寺院の本堂。

桃山時代には、豊臣秀吉の東山大仏(方広寺)造営により、三十三間堂もその境内に含まれ、周囲の土塀や門などが整備されたという。
洛中の建物の中では大報恩寺本堂に次いで古く、鎌倉時代にまで遡る建物はこの2棟のみという歴史的な建造物なのだが暫くご無沙汰している。
台風の影響を心配したが、この時点では風雨は収まっているので拝観することに。

三十三間堂には1001体の千手観音立像が安置されているが、笠間時朝が建長5年(1253年)と文永元年(1264年)に寄進した千手観音(120号像・169号像)が鎌倉時代のもので寄進者が確実に判明しているのはこの2体だけ。という因縁もある、今回、何処に安置されているのか探したが確認は出来なかったのは残念。

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築地塀(太閤塀)(重要文化財)- 桃山時代。
豊臣秀吉(太閤)によって寄進された築地塀、現境内の南端を区切る。
方広寺大仏殿が創建された時、蓮華王院も方広寺の境内に含まれたため、その工事に伴って築造された。当時の寺域の広大さがうかがえる。

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南大門
豊臣秀吉が建立した方広寺の南門を、その子豊臣秀頼が現在の位置に移築した。

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  1. 2018/09/20(木) 18:14:14|
  2. 文化財
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離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
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