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よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

東山散策「爺3人・紀伊半島1周の旅」其の2

東山散策「爺3人・紀伊半島1周の旅」其の2

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念願だった東本願寺の別邸・渉成園の書院式回遊庭園は一部は改修工事であったが、豊臣秀吉が築造した、京都を取り囲む「御土居」の遺構が園内に存在しているのを知り、京都の街歩きの楽しさを再確認すした。

京都国立博物館・門及び旧本館。

片山東熊の設計になる煉瓦造平屋建て、フレンチルネサンス様式の建物。
1897年(明治30年)に開館した。
この歴史的な建物は文化財として保存されている。
何時まで使用されていたのか?内部に入った経験はない。

それに代わる、常設館が耐震化の必方から取り壊され、平成知新館(谷口吉生設計、着工2009年1月31日・竣工2013年8月)が開館。
約5年経過したが、未だ入館の機会がないままだ。
この日(㏳)は月曜日で残念ながら、休館日。

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豊国神社から国立博物館西側の巨大な自然石などを積んだ石垣。
かつての大仏殿の石垣の遺構だが、とてつもなくでかい。

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豊国神社(とよくにじんじゃ)
神号「豊国大明神」を下賜された豊臣秀吉を祀る。
豊臣家滅亡とともに徳川家の命により廃絶となったが、のちに明治天皇の勅命により再興された。

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国宝・唐門
元は南禅寺塔頭金地院にあったもので、豊国神社再建にあたって金地院から移築される。

方広寺(ほうこうじ)
豊臣秀吉が発願した大仏(盧舎那仏)を安置するための寺として木食応其によって創建。現在は狭く堂宇もわずかだが、当時の敷地は広大なもので、妙法院はもちろん、現在の豊国神社、京都国立博物館、そして三十三間堂の敷地をも含むものであった。


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方広寺梵鐘、廃絶につながる逸話の多い梵鐘らしい。
大和大路通りを北上し、五条通りを横切る。

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踊り念仏で知られる空也ゆかりの、六波羅蜜寺。
空也は、平安時代中期の僧で阿弥陀聖、市聖、市上人と称される。

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六波羅蜜寺の空也像。

首から鉦を下げ、鉦を叩くための撞木と鹿の角のついた杖をもち、草鞋履きで歩く姿。6体の阿弥陀仏の小像を針金で繋ぎ、開いた口元から吐き出すように取り付けられている。
この6体の阿弥陀像は「南無阿弥陀仏」の6字を象徴し、念仏を唱えるさまを視覚的に表現している。

この姿の像が沢山あるが、それらの中のオリジナルともいわれるのでぜひとも拝観したいと思っていた。
確かに、鎌倉時代の肖像彫刻として秀でている姿だ。

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建仁寺(けんにんじ)は臨済宗建仁寺派大本山の寺院で、臨済宗を伝えた栄西を開山とする。
俵屋宗達の「風神雷神図」、海北友松の襖絵などの文化財を豊富に伝える。
  1. 2018/08/29(水) 15:29:46|
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離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
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