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よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

「遺跡でブラタモリin水戸展」@水戸市埋蔵文化財センター

「遺跡でブラタモリin水戸展」@水戸市埋蔵文化財センター
2月25日(日)まで


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昨年1月にNHK総合で「ブラタモリ #61水戸」が放送された。
まち歩きの達人・タモリさんがまちをブラブラ歩き、歴史や地形の魅力を発見するという人気番組。

水戸で出されたお題は「水戸黄門はなぜ人気があった?」でした。
番組では2代藩主光圀の父初代頼房の城郭及び城下町の整備。
光圀の上水道整備。光圀を慕った第9代斉昭の学問・教育改革についてタモリさんが現場を訪れ検証・紹介した。

テレビで放送された遺跡からの出土品やパネルを「水戸市埋蔵文化財センター」(水戸市塩崎町)に展示して理解を深めようとの企画。

「水戸城と城下町」

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水戸城というと近世に造られたイメージが強いが、その成立は平安時代末~鎌倉時代にさかのぼる。常陸国の大掾であった馬場資幹により現在の水戸第一高等学校付近に館を築き水戸一帯を支配した。
その後、江戸氏、佐竹氏と城主が交代していく中で、城と城下町の整備が何度も行われた。
慶長8(1603)年徳川家康の11男が水戸の城主となり、徳川御三家の一つ水戸藩が誕生した。

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水戸城では、大日本史編さん事業の拠点「彰考館」跡(現在の水戸二中)から出土した硯や、八角鉢、酒杯などの食器を展示。

「笠原水道」

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徳川光圀が第2代藩主として最初に手掛けたのが、慢性的な飲料水不足解消のための水道設置工事であった。
笠原不動付近の湧水地から暗渠工造で総延長10・7㎞に及んだ。
軽くて丈夫な「神崎岩」(凝灰質泥岩)を使用、隙間を作り岩樋の周りの湧水を取り入れる逆転の発想による。

「弘道館と偕楽園」

弘道館は天保12(1841)年、9代藩主徳川斉昭が創設した藩校。
建学の精神は、内憂外患の時代を念頭に置き「教育によって人心を安定させ、教育を基盤として国を興す」というもの。
この精神を反映し、弘道館は儒学教育を基盤としながら、時代の要請に即して総合大学化し、学科ごとに学舎を設け、文武・医学・天文学に至るまで、きめ細やかな教育体系を備えた。
また、斉昭は「心身の安寧がなくては学問の大成はおぼつかない」と「一張一弛」の信念から、天保13(1842)年、弘道館と一対の教育施設として偕楽園を開園した。
庭園内には学問にゆかりの深い梅の木が植栽され、当代随一の梅林の中で人々が詩歌に興じ、学業の疲れを癒やした。

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弘道館北側から多く出土する食器などの廃棄品を紹介しながら、「生活感あふれる雰囲気で学問に没頭していたと推測される」などと解説している。

●「水戸市埋蔵文化財センター」は「大串貝塚ふれあい公園」内の施設で1階ロビー及び縄文暮らしの四季館の展示スペースの一部を今回の展示空間とした。
展覧会の予算が少ないことによるのだろうが、特別展として宣伝している割にはお粗末、の感は否めない。
やるからにはもう少しきちっとした展示をしてほしかった。
  1. 2018/01/19(金) 23:27:34|
  2. 歴史
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Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
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重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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