よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

サントピアの遺伝子「サントピア水戸」の時代への挽歌 其の⑩

「サントピア水戸」の時代への挽歌 其の⑩
サントピアの遺伝子


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サントピア水戸の開店(1978年5月)当初は「渋谷パルコ」の立ち上げに尽力した「バツ」の松本瑠樹と仲間の有名ブランド店が軒を並べた。

パルコ風の宣伝や店舗内装・商品など東京と同じようであったが、当時の水戸の風土とはなじまない点もあって、開店半年頃には閑散と云う状況になった。
当然のこととして撤退する店舗があり、バツを中心とした2階・3階は残ったが4階などは歯抜けの状況となった。

その頃、原宿はマンションメーカーが勢力を伸ばしていたので、それにあやかって、サントピアは地元の若い人たちに出店を呼びかけることに。
既に店舗を持っていた人もいたが、独立して開業したい人には入居条件を緩やかにし、開店の指導もした。

さほどの資金を用意できない若者は手作りの内装、什器備品は中古品と苦肉の策。しかし、その姿が新鮮であり共感を呼びアット云う間に繁盛するようになった。毎月の売り上げが入金されれば、現金手に商品を仕入れする自転車操業だったが好循環。
店によっては、次つと新たな店舗を展開した。

幾つかの成功した経営者や店舗があるが、その中の一つが「大内商店」(現・大内本舗)の大内勝さん。
1980年の創業だから、サントピア開業して2年後にこの様な動きが生まれたのだ。これを見ても、サントピア躍進は中央の店でなく地元の若者の力が大きかった。
いわば、サントピアの表看板はナショナルブランドだが、稼いだのは地元企業で「東京何するものぞ!俺らは俺らの道を行く」の気概が在った。
東京のテナントと水戸テナントの関係はいい意味の緊張関係がサントピアの躍進、全国紙・誌に取り上げられた。
現在も水戸を中心に活躍する人や店を順次紹介する。
宮下銀座(水戸東照宮門前)に4店舗を展開する前述の大内勝さん。

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大内さんは第一線を退き、チーフマネジャーの中島雄介さんに任せているが、この日は偶々,在店だったのでツーショット。

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「BABACOOL」
奥にブリティッシュな「Liquid」

アメリカンな「HonkyTonk」、

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レトロ&パンキッシュなレディース「BABACOOLⅡ」と、

大内本舗は4店舗を経営している。
何れもマニアック、拘りの品揃えだ。

2大内

1大内

サントピア時代の大内商店

自由な気風の大内勝さんの薫陶を受けた卒業生(元従業委員)からはファッション関連や飲食関連など多彩な人材が育っている。

  1. 2016/07/17(日) 23:02:04|
  2. 街づくり
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離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
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