よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

高野山 奥ノ院

高野山 奥ノ院

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(奥ノ院への参道は杉や高野槇の古木が林立している。)


「熊野三山、8つの世界遺産めぐり」をテーマのパックツアー。

限られた日程で観る時間も少なく旅と云えるほどではないが、初めての南紀の地、念願の場に立てたことは嬉しかった。
知らないこと、分からないことだらけを実感し、戻ってから図書館で本を借り、読みはしたが、そう簡単なことではない。
宿坊や現地に宿泊しながら巡るべきところなのだが、取りあえずのまとめ書き。

高野山は和歌山県伊都郡高野町にある標高約1,000m前後の山々の総称。
平安時代の弘仁10年(819年)頃より弘法大師空海(774年-835年)が修行の場として開いた高野山真言宗の本山で、比叡山と並び日本仏教における聖地。

空海の肖像

(弘法大師肖像)

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(「一遍上人絵伝」国宝・奥の院での参詣の様子。)
卒塔婆が林立する参道を上った所にある空海の廟所・高野山 奥の院。
三間四方の宝形の建物が廟で、玉垣の手前 の礼堂の傍らで念仏を唱えているのが一遍上人。*廟所と玉垣は現在も同じ。

●「一遍聖絵」または、「一遍上人絵伝」は伊予国(現在の愛媛県)に生まれ浄土宗を修めたのち、新しく独自の宗旨である時宗を興した開祖一遍(遊行上人)を描いた絵巻。国宝。
奥書により、1299年(正安1年)一遍の弟子にあたる聖戒が詞書を起草し、法眼の地位にあった画僧の円伊が絵を描いた。
長時間たって編集される高僧伝と異なり、一遍死後10年に、一遍が遊行した足跡を再確認しつつ、記録を基に、聖戒が一遍に同行した時衆と共に再踏破した後に書かれた物であり、資料的価値が高い。
*空海没後、約450年を経過した時に描かれ、現在とはかなり様子が異なるのが窺える。


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歴史上の人物の墓所や霊廟が延々と続く。約20万基の墓地があると云われる。


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小さな五輪の塔など纏められて、大木の下に。

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この橋の先、燈籠堂と空海の廟所は別格の浄域につき撮影禁止。
弘法大師は今でも生き続けていると考えられていて毎日、食事が備えられる。
参拝した際、その僧侶の一行に出会った。

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奥ノ院の案内図の前、ガイドさんの説明。
  1. 2015/07/09(木) 19:05:23|
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離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
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