よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

瓦と塼

瓦と塼

今回の旅では大好きな塼や瓦が元来存在していた場所を訪ねルことが出来た。
山田寺、川原寺、橘寺、などの瓦や塼は大きな品ではないが、希少な価値がる。

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天人文の塼。
岡寺の本殿仏殿の壁面を飾っていたものと云われる。
飛鳥時代の岡寺は現在位より西、今の治田神社のところにあったとされる。
この優美な天女、現存するものは少なく、岡寺や飛鳥資料館の展示品は模造のようだ。
模造と云っても精巧な出来で、実物にほぼ近いように思える。
この様な塼で荘厳されたお堂は、いかなるものであったろうか。

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鳳凰塼。
正に飛び立たんと翼をいっぱいに広げた姿。
これも、鳳凰塼と同じく岡寺のお堂にあったといわれる。
現在は壺坂寺の寺宝らしいが、いかなる経過で壺坂寺に収まるようになったのか。
これまた、謎だ。この写真は飛鳥資料館に展示されている模造品だが、十分に鑑賞に堪える。

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橘寺、川原寺の塼。
どちらも聖徳太子ゆかりの寺で、道路を挟んで向かい合っている。
これらの塼は着色あるいは、金色に荘厳されていたのかもしれない。

塼や瓦が存在した場に立てたことを幸せに感じたが、飛鳥の宮跡や寺跡の位置関係や方角などが理解できたことも嬉しかった。現場に立つということが、何よりのこと。




粘土を雌型の原型に押しあててうつしとり,乾燥させて窯で焼いた浮彫状の像。

中国では周代に塼が建築に用いられ,漢代には特に発達した。
塼の表面に仏像をあらわした塼仏の遺品は北魏からみられ,斉,周(北周),隋,唐の遺品は多い。製作年代の明らかなものに東魏の興和5年(543)銘観音塼仏,唐の貞観元年(627)銘三尊仏塼仏などがある。
日本には7世紀後半ごろに伝わり,660年代前半創建の奈良県川原寺の裏山遺跡から,塑像断片などとともに1辺約20cmの方形三尊仏塼仏を中心とする大量の塼仏が出土している。

と云うことなのだが、理屈無しに好きである。

  1. 2013/12/28(土) 22:34:24|
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離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
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