よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

飯野安 「鳥の形をした壺」

飯野安 「鳥の形をした壺」

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「鳥の形をした壺」と題された3号の油絵の小品は、1971年5月に日立市鹿島町の「長山画廊」で開催された第12回「飯野安個展」に展示された36点の内の一つだ。
飯野安(1917-1990)さんは、蒐集していた縄文土器や埴輪を主題にした作品が多く、この展覧会でも半数を占めている。
この鳥の形をした須恵器の壺は新羅時代であろう。
酒器だが、野草の数本を挿す花器として使えそうだ。
実物はもう少し灰色だろうが、明るい色調で描かれている。
写真で撮ったらさらに明るく見える。
子供が描いたように見えるが、天真爛漫な飯野さんらしい作だ。

飯野さんは1917年(大正6)多賀郡日高村(現日立市)生まれ、1937年(昭和12)に茨城師範学校(現・茨城大学教育学部)を卒業した。
駒王中学で教員生活を十数年続けたが、毎日を制作にあてたいと退職し、絵画一筋の道を歩んだ。
榎戸庄衛に師事し、1950年に創元会展に初入選して以後同会と日展に出品する。
1960年に香取徳、小又光らと共に創元会茨城支部を結成、後に支部長として、後進の育成と会のまとめ役を務めた。

後藤清一さんとも親交があったので、何度かお話を聞く機会が有った。
『僕と後藤先生の出会いは、昭和28年の日展会場の都美術館でした。遊びに御出で下さいとのことで、間もなく、谷田のアトリエにお邪魔しました。もっともその頃はアトリエは無く、自宅の板の間に油紙を敷いて、制作してましたが。それ以来、良くお訪ねするようになりました。先生は古陶磁が好きで、僕も土器や埴輪が好き、先生の座右のものを見せて頂くのも楽しみでした。
後藤先生との出会いによって生き方も変わったし、また、芸術家のあり方を教えられました』
出会いから、日立の美術家や蒐集家との交流談など、興味深い話を水木のご自宅や文化団体連合の教室で伺った。

後藤清一さんとは関係ない話だが、棟方志功にまつわる話の数々は興味深かった。、
機会をみて、改めて記したい。

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1989年(平成元年)長山画廊の個展会場で。
もう24年前のことだが、これから間もなく亡くなられた。

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新羅の台付壺

㊟新羅(しらぎ/しんら、紀元356年- 935年)は、古代の朝鮮半島南東部にあった国家。「新羅」という国号は、503年に正式の国号となった。
  1. 2013/10/05(土) 19:20:17|
  2. 人と作品
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離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
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