よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

ボードワン博士像@上野恩賜公園

ボードワン博士像@上野恩賜公園

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上野恩賜公園の数年をかけて改修が行われていた上野恩賜公園の工事が昨年(2012年)完了した。
噴水広場の改修、大きくなり過ぎた樹木の伐採、園路の整備などにより、薄暗い感じから明るく大変身、両脇には今風のカフェが2店舗開業して、都市空間の公園らしいくなった。

この地、江戸時代は東叡山寛永寺の境内地で、明治維新後官有地となり、大正13年に宮内省を経て東京市に下賜されたので、いまどき「恩賜」の名称が付いているのが奇異に感じる。
明治6年の太政官布達によって、芝、浅草、深川、飛鳥山と共に、日本で初めて公園に指定された歴史を有するが、「公園」という考えを提案したのがアントニウス・フランシスカス・ボードウィン(Anthonius Franciscus Bauduin、1820年6月20日 - 1885年6月7日・オランダ出身の医師で、ボードワン、ボードイン、ボードウァンとも表記される)。

1862年、日本の出島に滞在していた弟の働きかけにより、江戸幕府の招きを受けて来日。長崎養生所の基礎科学教育の充実に努め、教頭となる。その間、東京、大阪、長崎で蘭医学を広めた。
いったん帰国するが、明治になって再来日する。

上野に病院を立てる計画が持ち上がった際、上野の自然が失われることを危惧して一帯を公園として指定することを提言したことが、日本国内でも有数の都市公園となった。
国立博物館・科学博物館・動物園・芸術大学を始め、文教施設が多数存在しており、一帯が文化・芸術の集合地域を形成している。

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1973年 公園指定100周年を記念して、ボードウィン博士の銅像を建立。
しかし、顔がボードウィン博士の弟のものに取り違えられていたことが後日判明し、2006年 正しい顔への建て替えが行われた。

「公園」や「公共」「社会」という概念は日本には無かったらしい。
水戸は「偕楽園」を始めとして多くの公園が在る「公園都市」と思う。
四季折々の花が咲き競い、人々が憩い、交流し、文化が香る。
名実ともに「文化公園都市・水戸」であることを願う。
  1. 2013/10/03(木) 21:43:05|
  2. 庭園・公園
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離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
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