よーちゃんの雑記帳  

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「法然と親鸞 ゆかりの名宝」展

「法然と親鸞 ゆかりの名宝」展 @東京国立博物館

uid000071_20110727201205d1bb6d5d 歎異抄


歎異抄(たんにしょう) 上巻 重要文化財
蓮如筆 室町時代・15世紀 京都・西本願寺蔵


五木寛之の著書の一つに『他力』(1981年・講談社)というエッセイ集がある。帯には《困難を生きる100のヒント》。
ひとつずつは短い文章だがが、今の時代の生き方が述べられている。

表題の〈他力〉については、表紙裏に次のように書かれている。
〈他力〉と書いて、〈タリキ〉と読みます。よく〈他力本願〉などと安易に使わ
れますが、じつはこの〈他力〉は、出口なき闇の時代にキラリと光る、日本史上もっとも深い思想であり、すさまじいパワーを秘めた〈生きる力〉です。
もはや現在は個人の〈自力〉で脱出できるときではありません。法然、親鸞、蓮如などの思想の核心をなす〈他力〉こそ、これまでの宗教の常識を超え、私たちの乾いた心を劇的に活性化する〈魂のエネルギー〉です。この真の〈他力〉に触れたとき、人は自己と外界が一変して見えることに衝撃を受けるでしょう。


本文の「私を支えてくれた三人の言葉」には、
 法然は日本浄土教の祖とされている人ですが、私は宗派のことはあまり意識しません。むしろ親鸞がみずからの師としてすべてを賭け、慕い続けた先達として法然を受けとめています。そして、蓮如は親鸞に帰依し、その教えを乱世に生きる大衆に手渡すことに一生を賭けました。
 法然の教えの中で、私がもっとも感動するのは、
〈易行往生〉(いぎょうおうじょう)
ということです。
そして親鸞の場合は、
〈自然法爾〉(じねんほうに)
という言葉です。有名な〈悪人正機〉説よりも、はるかに深いものをかんじるのです。
そして蓮如について言えば、
〈他力本願〉(たりきほんがん)
 というところに惹きつけられるのですが、この三つの言葉は、つまるところ同じ一つのことに違った光を当てているような気がしないでもありません。どれも背後には、
 「わがはからいにあらず」
 という他力の声が響いているように思えてならないのです。

五木寛之の著作の影響もあるが、僕の尊敬する彫刻家・後藤清一さんは親鸞に帰依した方であったので、以前から法然・親鸞・蓮如について知りたいとは思っていた。


今回の展覧会、「法然上人800回忌・親鸞聖人750回忌」にちなむ展覧会。
法然と親鸞ゆかりの品々を観ることにより、幾分理解が深まればと、東京国立博物館に出かけた。 

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重要文化財 二河白道図(にがびゃくどうず)
鎌倉時代・13世紀 京都・光明寺蔵

uid000071_2011072119481503372ec1 阿弥陀如来像


重要文化財 阿弥陀如来立像(あみだにょらいりゅうぞう)
鎌倉時代・建暦2年(1212) 浄土宗蔵

保元・平治の乱などの戦乱や地震などの天変地異が続き、政治・社会が混迷した平安時代末期から鎌倉時代は、大震災と原発事故に見舞われている今日より、なお苛酷な時代であった。

時代背景は良く認識できたが、考え方などまでは至らなかった。
取りあえずは、五木寛之の著書を読んで、自分なりに考えてみたい。
この様に思ったのも、会期の残り少ない展覧会を観ることになった「他力」を感じた。
  1. 2011/12/03(土) 21:14:34|
  2. 美術展
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離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
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