よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

芝桜まつり@東京ドイツ村

芝桜まつり@東京ドイツ村

PAP_0055.jpg


今回の東京湾を半周する旅、鎌倉・葉山~久里浜~金谷をフェリーで渡り、君津の「大江戸温泉物語」に泊まる。帰途はアクアラインを通過し「海ほたる」を見る。と云うのが概略で観光などは成行き次第。

「ドリプレ・ローズガーデン」が開園時間前で入場できなかったので、袖ケ浦市の「東京ドイツ村」に向かうことに、「芝桜まつり」が開催されているとのこと。君津から袖ヶ浦まで40~50分位を要する。
今回の旅で、千葉県の地形は複雑で、地域により地形、天候、産業、更には、イメージもかなり異なると知った。

P4242730.jpg

「東京ドイツ村」と言っても「東京」ではないし、いくらかの建物は「ドイツ」風だが特別に「ドイツ」ではない。

「自然と人が共に過ごせる」共生の追求が基本コンセプトで。
敷地面積は27万坪と東京ドームの約19倍、芝生の丘を中心にボート池や、アミューズメントエリア、子供動物園、フラワーガーデンのエリアがある。

P4242741.jpg

P4242748.jpg

駐車場も在るが、周遊路の端の好きな場所に駐車する形式。
広大な敷地を巡るには、誠に便利な方法だ。

この時期は「芝桜」がメイン、あちこちに広がっている。

「国営ひたち海浜公園」は初夏のネモフィラと秋のコキア(ほうきぐさ)が売りで、多くの人が訪れるが、袖ケ浦の「東京ドイツ村」もフラワーパークとして有名のようですよ。


地形や芝生の状況から、廃業したゴルフ場の再生事業と思ったら、ゴルフ場計画を変更し2001年3月に開園した、とのこと。

P4242733.jpg

「シイタケ」栽培の温室や、鉢植えの売り場などもあります。

特に、冬季のイルミネーションが有名で大賑わい、だそうです。
  1. 2015/04/30(木) 12:03:54|
  2. 山野草
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ドリプレ・ローズガーデン@君津市

ドリプレ・ローズガーデン@君津市

P4242725.jpg


房総半島の君津市の山の中に泊まって、朝のバイキングの朝食。
普段の朝食は簡単だが、食い意地が出て、何かと食べてしまう。

さて、朝食も終わって、何処に行く?
フロントに在ったパンフレットを検討し、ホテルの近辺、或いは「アクアライン」の方面から探すことに。
ホテルから間もない所に「イングリッシュローズガーデン」が在るようなのでそこを目指す。

山を削って山砂や砂利を採取しているところへのダンプが多い道だ。
植木栽培の農園も多い。
程なく、それらしいところに着いたが,閉まっている。
中に係員が見えたので声をかけた。

10時開園で、準備中。
約1時間近くあるので、中を観るのは諦めて周辺を散策。
どちらにしても、薔薇の季節には早過ぎで、未だ咲いてはいない。

外から見ると、まるで「イギリス」。
西の谷の「ワイルド・フラワー・ガーデンも」歩み出したので参考にしたい気持ちもあった。
戻ってから、調べた結果では、、
イングリッシュローズとオールドローズを中心に7年をかけて作られたガーデン。園内の建物や風景もすべて英国調で統一されている。
P4242724.jpg

看板の「デビッド オースチンのイングリッシュ ローズガーデン」
「デビッド オースチン」は英国の有名なバラの専門業者、其処の品種もありますよ。と云う意味のようだ。

P4242726.jpg

P4242727.jpg

P4242728.jpg

英国アンティーク雑貨のお店と、カフェやワーク ショップも。
四季の花が咲く個人邸、森の中の手作りローズガーデン。

随分前の話だが、コッツウォルズ訪ね、感激したことを思い出した。
特にウィリアム・モリスのマナーハウス.とバイブリ―村

EBP10-13141A_2[1]

バイブリー。
「イングランドで最も美しい」と称えた村、ここのオーナーもそのよなところを再現したいと望んでいるように思えた。

短時間、外を観ただけではあったが、充分感激に浸れた。
  1. 2015/04/30(木) 06:35:21|
  2. 庭園・公園
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

水戸1点を守りきって勝利@笠松運動公園陸上競技場

水戸1点を守りきって勝利@笠松運動公園陸上競技場

岡山の


毎日が日曜日の年金生活者にとって、ゴールデンウイークといえど通常と変わりはないが、今日4月29日は「昭和の日」。
昭和天皇の誕生日ゆえに「天皇誕生日」と云われた。
今年は平成27年で《昭和90年》、昭和も遠くなりにけり。

ファジアーノ岡山を迎えての水戸ホーリーホックのホームゲームとあって、
久し振りに笠松運動公園陸上競技場に行った。
1974年 の「水と緑のまごころ国体」に合わせて造られた施設なので、老朽化を感じた。
2019年に開催予定の「いきいき茨城ゆめ国体」までには手直しが行われるのだろう。

試合は前半20分のセットプレーから、船谷が見事なミドルシュートを沈めて先制し、前半をリードして折り返した。前節は先取点から逆転されたので、追加点が欲しいが決まらない。後半は前への攻勢を強める岡山に苦しめられる展開となる。後半早々にPKを献上したが、本間の好セーブで得点を許さない。

岡山戦

1点を守り切って勝利した。
岡山のサポーターも多勢で元気良かったので、5000人位と思ったが、4471人の入場者だった。
  1. 2015/04/29(水) 20:39:16|
  2. 水戸ホリーホック
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

岡山の皆さん、ようこそ。@笠松運動公園陸上競技場

岡山の皆さん、ようこそ。@笠松運動公園陸上競技場

三公園


今日(4月29日・昭和も日)J2第10節  水戸ホーリーホック vs. ファジアーノ岡山戦が笠松運動公園陸上競技場で13:00にキックオフ。

今シーズンは試合の日に都合がつかず、今日が初めての観戦だ。
本日の相手は7位のファジアーノ岡山。
水戸は前節の大宮戦、先制するも逆転されて2連敗となり17位。

J2の水戸・金沢・岡山で『アラウンド・ ザ・日本三名園』。

昨年11月に倉敷の大原美術館・岡山の後楽園を訪ねた。

PB201348.jpg

後楽園は川の中州の全てが敷地、再建された城を背景とした素晴らしい大名庭園であった。
今年の3月、金澤の兼六園も金沢城址に隣接した前田家の池泉回遊式庭園でこれまた、加賀百万石の歴史を感じる名園だった。
水戸の偕楽園は岡山・金沢と性格は異なるが「日本の三公園』と云われている。

今回はファジアーノ岡山を迎える。
ハーフタイムには「おかやま観光キャラバン隊」の「桃太郎」「ももっち」「うらっち」が挨拶&ピッチ周回するらしい。

Jリーグは、スポーツを通して地域が連携して行くことも目的の1つ。
試合の度にお互いの都市を訪問して親善を深める。
「岡山の皆様、ようこそ茨城に」

10月4日(日)に水戸は岡山でアウェー戦。
是非とも4岡山を再訪したい。
昨年「オリエント美術館」を見逃している。

さて、今から笠松運動公園陸上競技場へ。
連敗を食い止め勝利したい。
  1. 2015/04/29(水) 11:34:16|
  2. 水戸ホリーホック
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

森の中のポツリと温泉施設 @「大江戸温泉物語 君津の森」

森の中のポツリと温泉施設 @「大江戸温泉物語 君津の森」

P4232720.jpg

金谷のフェリー港に着いて宿を目指した。「大江戸温泉物語 君津の森」は
《君津市法木384-119》と云う住所だが、だんだん人気のない山間部、着いて見れば、よくこんなところに造ったものだ、とあっけにとられた。

訊いてみれば厚生省関連団体が作った施設で、運営がうまくいかずに売却されたものの1つらしい。
「こんなところに、こんなものを作ったものだ!」素直な感想。

P4242722.jpg

再生を引き受けたのが「大江戸温泉物語」のグループ。
日本初の温泉テーマパークとして、お台場に2003年3月1日開業して好評を博していると、聞いてはいたが、庵愛のパンフレットを見れば、今では国内各地に30ほどの温泉施設を運営しているようです。

茨城県内には無いが、栃木県なら那須・塩原・鬼怒川もある。
リゾート再生企業として著名な会社を聞いたことがあるが、この企業集団も温泉等の宿泊施設を運営し、急速に発展しているらしい。

P4242721.jpg

駄目になるのはそれなりの理由(わけ)、再生するのも、それなりの理由(わけ)が在ると感じた。

人工温泉ではあるが、露天風呂などに浸かる。
風呂場などの洗い場も、若干手直ししたらしい。

骨格は設立当初のままだろうが、金を使って無駄の多い施設を作ったものだと、あきれた。

食事は、この様な施設の例でバイキングスタイル。
我々を含め、じいちゃん・ばあちゃん、が多い。
飲み、かつ食べながらの話をと思っていたが、そんな落ち着いた雰囲気ではなかった。

都市部のビジネスホテルグループもどんどん拡大し、安く便利になったのは有り難い。観光地においても同じ様な状況なのかを理解できたし、様々な業界で急速に変化が進行していることも実感する。
  1. 2015/04/29(水) 07:18:04|
  2. 旅行
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

フェリーで久里浜港から南房総金谷港へ。

フェリーで久里浜港から南房総金谷港へ。


P4232712.jpg

P4232711.jpg

P4232710.jpg

城ケ島の燈台をあとに、横須賀市久里浜の「東京湾フェリー」のターミナルに。


久里浜と云うとペリー提督を思い浮かべる。


ペリー提督久里浜上陸

1853年7月8日(嘉永6年6月3日)、ペリー率いるアメリカ海軍の艦隊が浦賀沖に来航した。
ペリーはフィルモア大統領の国書を携えており、日本側を威圧しながら国書受け取りを要請した。
ペリーの強圧に屈した幕府は長崎での対応を諦め、浦賀の隣の入江である久里浜でアメリカ大統領の国書を受け取ることになった。
1853年7月14日(嘉永6年6月9日)、ペリーは久里浜に上陸して国書を日本側に引き渡した。
これを記念し「ペリー上陸記念碑」が1901年7月14日に建立された。
フェリー乗り場から徒歩20分位の公園に在るらしいが、見てくる時間が無かったのは残念だ。

久里浜港のフェリーターミナル。

久里浜港から南房総金谷港まで約40分間の航行。
対岸が目視できる距離だ。

P4232715.jpg

P4232718.jpg

東京湾内で波もさほど高くなく、快適な航海だが、船の往来が激しい。
そこを、横切るように進む。
海上からは房総半島と三浦半島を一望できる。

離岸着岸の際は180度回転するが、航海士の技術は素晴らしい。

P4232719.jpg

富津市金谷港。
  1. 2015/04/28(火) 15:48:31|
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:0

城ケ島燈台@三浦市

城ケ島燈台@三浦市

P4232701.jpg


P4232697.jpg

念願であった「神奈川近代美術館葉山」に行き、三浦を目指して海岸線をドライブ。
この日は地平線にいくらか雲がかかって、好天であれば相模湾越しに「富士山」を拝めるはずなのだが、微かに、それかな、と云う程度にしか見えない。

昼食に向かった先は「葉山ホテル音羽の森」。
ここの旅の設定、運転は横浜在住の高校時代からの友人。
更に、やはり高校時代で大阪在住の友人も加わって、爺の3人旅。

この辺りは南仏やスペイン風のレストランなどが多く、地中海をドライブしている感じを受ける。2011年にドバイを経由してニースに入り、北上しながらモンサンミシェル~パリに向かった旅を、ふと思い浮かべた。

P4232699.jpg

このホテルのレストラン、相模湾を望む崖に立地し、海を見ながら食事が出来るのが魅力。
入り口でカギを渡せば、車はパーキングに運んでくれる。

PAP_0060.jpg

P4232698.jpg

南欧風のテラスで、昼食。
ここからの眺めは最高です。

城ケ島に向かう三浦半島の先端部は、近郊野菜の産地。
三浦ダイコンが有名だが、今はキャベツ。
変化に富んだ地形に、次々と畑が現れる。

三崎港を見下ろす橋を渡れば、北原白秋の『城ケ島の雨』で有名になった城ヶ島。♪雨はふるふる 城ヶ島の磯に 利休鼠の 雨がふる・・大正ロマンあふれる旋律と相まって、「利休鼠」という言葉が知られるようになった。
橋が出来る前の話で、風情が在ったことは推測できる。
現在は、マグロを買いに三崎港に行っても、城ケ島を訪れる人は少ないようだ。

P4232706.jpg

南端は相模湾に面し、崖岩礁が広がる。
標高約 30 m の崖上に建つ燈台は太平洋を望む景勝地。

P4232707.jpg

日本で5番目に点灯した西洋式灯台で、現在の灯台は2代目。
  1. 2015/04/28(火) 08:13:03|
  2. 旅行
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「神奈川近代美術館葉山」@神奈川県三浦郡葉山町一色

「神奈川近代美術館葉山」@神奈川県三浦郡葉山町一色

P4232686.jpg


神奈川県立近代美術館は、日本で最初の公立近代美術館として鎌倉の鶴岡八幡宮の境内に1951年に開館した。
敗戦まもない時期、新たな文化の発信地として多くの人の共感と支持を得ることと成った。
鎌倉と云う「文化的」なイメージと、20世紀建築の巨匠ル・コルビュジエに学んだ坂倉準三の設計による建築も話題を呼んだ。

開館時は副館長だが、後に館長を務めた土方定一(1904年~1980年)の運営方針が人気を集め、日本における公立美術館の基準となった。
土方は旧制水戸高等学校時代から文学活動を開始し、東京帝国大学文学部美術史学科を卒業。1930年にドイツに留学し、詩誌『歴程』発足(1935年)とともに同人となり、美術批評を執筆。以来、日本における美術評論の先駆者となった。
旧水戸高等学校在学時(1924年頃)水戸の彫刻家・後藤清一などとの交友が生まれた。水戸を離れた後も、茨城の美術界との繋がりは継続し、顧問的な立場で貢献した。

鎌倉近代美術館は1966年に新館を増築、1984年に鎌倉別館、2003年に葉山館を開設し、60年以上に渡って活動している公立美術館。
本館の敷地は鶴岡八幡宮からの借地で、契約は本年(2015年度)で終了し2016年1月末をもって閉館することになった。誠に残念なことだ。
今年度は「近代美術館は鎌倉からはじまった」として1951-2016の活動を振り返る企画展が開催される。

この展覧会も是非見たいところだが、2003年開館の「葉山館」には一度も行ったことがない。
念願が叶って、訪ねることが出来た。
P4232688.jpg

P4232691.jpg

P4232693.jpg

P4232689.jpg

葉山の御用邸の近く、一色海岸の風光明媚な公園の一郭に在る。

P4232683.jpg

《ふたたびの出会い 日韓近代美術家のまなざし―『朝鮮』で描く》
と題し、20世紀前半の日本と韓国の美術、美術家同士の交流に焦点をあてた展覧会。 藤島武二、土田麦僊、山口蓬春、浅川伯教・巧、山口長男など日本近代美術を代表し韓国に縁の深い作家たち、高羲東(コ・フィドン)、李仁星(イ・インソン)、李仲燮(イ・ジュンソプ)、李快大(イ・クェデ)、金秉騏(キム・ビョンギ)ら、日本との交流をもつ韓国近代美術の巨匠たち。
さまざまな矛盾に満ちた「近代」という時代の中、芸術の力で個々の世界を深めていった日韓120余人、それぞれの美術に隠された物語の数々がある。
1922年、朝鮮総督府による統治政策の一環としての文化交流・美術交流。

CA3G0236[1]

その時代のエピソードで、今回の展覧会と関係は無いが、後藤清一が1941年の新文展に出品した『薫染』が李王家の買い上げとなり、「李徳寿宮美術館」に展示された。
この作品は行方不明であったが、ソウルに2005年開館した「韓国国立中央博物館」3階の日本室に展示されていることを知り、2011年12月に対面出来たのは嬉しい思い出だ。


1945年の日本の敗戦による植民地支配からの解放。
1965年、日韓国交正常化を経て、現在に至っているが、最近の両国の関係はぎくしゃくしている。
この様な機会をとらえ、お互いを分かり合えればいいのに、と切に感じた。

  1. 2015/04/27(月) 19:30:15|
  2. 美術館
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

寿福寺@鎌倉市扇ヶ谷

寿福寺@鎌倉市扇ヶ谷

P4222618.jpg

P4222619.jpg

P4222624.jpg

英勝寺の手前に「壽福金剛禅寺」と云う立派な石碑と山門が建っていた。
山門から一直線に続く参道はかなり長い。

臨済宗建長寺派の寺院で、鎌倉五山第3位の寺院である。
本尊は釈迦如来、開基(創立者)は北条政子、開山(初代住職)は栄西である。
源頼朝が没した翌年の1200年(正治2年)、妻の北条政子が葉上房栄西(明庵栄西)を開山に招いて創建した。

寿福寺のある付近は、奥州に向かう源頼義が勝利を祈願したといわれる源氏山を背にした、亀ヶ谷と呼ばれる源氏家父祖伝来の地であり、頼朝の父・源義朝の旧邸もこの地にあった。

P4222622.jpg

P4222621.jpg

現在は総門から参道正面に中門と本堂があるが、境内には入れない。
境内裏手の墓地には、陸奥宗光、高浜虚子、大佛次郎などの墓があり、さらにその奥のやぐら(鎌倉地方特有の横穴式墓所)には、北条政子と源実朝の墓と伝わる五輪塔があるらしい。

P4222604.jpg

鎌倉駅西口から寿福寺・英勝寺に至る「今小路」は横須賀線を隔てた東側の「小町通り」の雑踏と異なり、古都鎌倉を感じる静寂な雰囲気だ。

P4222606.jpg

P4222609.jpg

P4222610.jpg

通りに点在する民家やお店は落ち着きと瀟洒な感じがする。

P4222602.jpg

秋田の蔵造の民家を移築したという設計事務所の建屋。

鎌倉は尾根や谷津が多く地形の変化に富み、その谷間などに寺が散在している。
次に鎌倉を訪ねる時は、英勝寺・寿福寺の背後に源氏山に至るハイキングコースを歩いてみたい。
  1. 2015/04/26(日) 22:07:51|
  2. 神社仏閣
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「ガーデンハウス」のレストラン@鎌倉市御成町15-46

「ガーデンハウス」のレストラン@鎌倉市御成町15-46

P4222581.jpg

P4222583.jpg

P4222585.jpg

P4222586.jpg


鎌倉駅西口から徒歩数分、鎌倉市役所の手前に「GARDEN HOUSE」がある。
古いアトリエをリノベーションして、レストランやジェネラルストア、グリーンショップが併殺されている。


P4222588.jpg

P4222589.jpg

レストランは地元産の野菜を使用し「鎌倉ハム富岡商会」・「鎌倉ビールブリュワリー」も味わえる。


屋外の椅子やテーブルも充分に用意されている。

P4222592.jpg

店内で使用しているテーブルウェアやオリジナルのコーヒー豆、パンケーキミックス等も取り揃えたショップインショップ。

P4222591.jpg

寒い時期は薪ストーブが使用されるようだ。

P4222599.jpg

P4222600.jpg

鎌倉らしい洒落た複合店舗で大繁盛。
水戸にもこんな店が在ったらと思うが、現状では難しいかもしれない。
多くの観光客が訪れるような街になりたいですね。
  1. 2015/04/26(日) 14:13:45|
  2. カフェ・喫茶
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

鎌倉の水戸の御寺・英勝寺(えいしょうじ)@鎌倉市扇ガ谷

鎌倉の水戸の御寺・英勝寺(えいしょうじ)@鎌倉市扇ガ谷

P4222630.jpg


P4222670.jpg


P4222669.jpg


鎌倉駅西口の乗降客は東口よりかなり少ないが、横須賀線の線路に並行する「今小路」は小町通とは異なって洒落た店や住宅が点在する。
目指す「英勝寺」は駅から、徒歩10分程度の距離だ。

創建・開基について(Wikipediaによると)
徳川家康の側室で、大田道潅四代の太田康資息女とされるお勝の方は、家康との間に生まれた市姫が幼くして亡くなった後、家康の命により、後に初代水戸藩主となった徳川頼房の養母を務めた。家康の死後は落飾して英勝院と称したが、その後、三代将軍家光より父祖の地である扇ガ谷の地を賜り、英勝寺を創建した。
創建にあたっては、徳川頼房の娘小良姫を7歳の時に玉峯清因と名付け得度させ、これを門主に迎え開山とした。英勝院尼は寛永19年(1642年)没し、英勝寺裏山に葬られた。寛永14年(または15年)に寺領朱印地として池子村(現逗子市池子)420石を与えられたほか、裏山にあたる源氏山(旗立山)も与えられている。

創建の経緯から、その後も代々の住持は水戸家の姫が務め、このため英勝寺は「水戸御殿」や「水戸の尼寺」とも呼ばれた。
高貴な姫である住持は人前に出ることはなく、折々の法要は芝増上寺や、鎌倉材木座光明寺の僧が勤めていたという。
しかし明治維新を機に水戸家からの住持は絶え、寺勢は衰えた。その後、明治28年(1895年)に松平家より住持を迎え、さらに大正8年(1919年)以降は東京青山善光寺より住職を招請し、今日に至る。

と云う水戸に縁の深い寺だが、現在は花の寺としても知られている。
専門の庭師さんがおられるようだが、ほどほどに手を加えられた境内に、季節の花が咲く。

P4222638.jpg

P4222640.jpg

山門には葵の紋

P4222654.jpg

P4222657.jpg

P4222668.jpg

P4222665.jpg

P4222667.jpg

 苔むした五輪の塔や宝篋印塔、手水石、石垣石段など。



P4222659.jpg

住職が暮らした姫御殿跡、今では竹林と成っている。

その他の僧侶、寺侍、医師、料理人達の下御殿、御長屋、代官所も整えられていたので、水戸家のお寺として歴史を重ねてきた。

今では、小さな寺と成ってしまっているが、落ち着いた武家風な感じを受ける寺であり、再訪したいし、多くの人にも訪れて頂きたいお寺さんだ。
  1. 2015/04/26(日) 06:38:02|
  2. 文化財
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ

プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する