よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

会沢正志斎の像・小鹿尚久作・@水戸市南町3丁目

会沢正志斎の像・小鹿尚久作・@水戸市南町3丁目

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茨城県立歴史館の「会沢正志斎」展(9月29日迄)の記事をアップしたら「水戸市内にある会沢正志斎の銅像は父の作品です」と書き込みを受けた。
はてさて、その像は何処か?と一瞬迷ったが、住友生命水戸ビル前のポケットパーク建立されていたのを思い浮かべた。
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餌差町(旧・鷹匠町、現・梅香2丁目)生まれとも伝えられる、会沢正志斎(1782年~1863年・82歳没》は9歳にして四書五経を学び、10歳で藤田幽谷に入門、18歳で彰考館に入り、22歳で江戸に移り1820年39歳で水戸に転居。
その間、任地の大阪で死亡した父の遺骨を受け取る旅に出で、伊勢・吉野。京都を巡った。41歳の時は駿河、伊豆を巡り富士山に登る。42歳で彰考館総裁代役となる。1824年・43歳の時、大津浜に上陸したイギリス人の捕鯨漁船員の取り調べの筆役と赴き、海外の事情に触れ危機感を感じ翌年『新論』を著わし藩主に提出。

『新論』沈滞した民心を振いおこして国防を強化し、内外から迫りくる政治的危機を克服し、国家の富強を実現するための方策を明示するところにあり、尊王と攘夷は、その民心糾合の手段としての意味をもっていた。
幕府にはばかる内容と出版は禁止されたが、写本が行く末を案じて活動した吉田松陰などの志士達を中心に広く流布し,水戸に発達した学風である水戸学の書物としても伝わった。刊行されたのは1857年76歳の時で、斉昭復権運動の罪に問われ1846年(65歳)から4年間幽閉され復権した後の事だ。
1852年吉田松陰は永井政介宅に1ケ月逗留し会沢正志斎に教えを乞うた。

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南町の旧宅の反対側に建つ会沢正志斎像は、小鹿尚久(1922-2011)作で、平成4年3月に建立された、『下級武士出身の正志斎があの大津浜の岸頭に天の一角をにらんで、潮風に吹かれながら立つ姿を思って制作しました』と生前語っている。
優しい女性像、或いは男女の子供、小鳥などの小動物を得意とした小鹿さんの作では珍しい作品だ。

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安政時代の地図と照合すると、この辺りらしい。

江戸時代に82歳まで生きられ、長命な方で、更に江戸に住まい、京にも旅し、抜擢されたり幽閉されたりと波乱の人生を送ったから、住まいも何度か変わった。一晩をかけて足跡をたどっって、いくらかの理解は深まった。
混迷の時代、将来を見据えた政策を提言した会沢正志斎を見直してみる必要がありそうだ。
  1. 2013/09/26(木) 11:01:57|
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鉾田カボス@真家柑橘園

鉾田カボス@真家柑橘園

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ミニカーの店「リトルレガード」に行った。
車に憧れた時代も有ったから、ミニカーで世界の名車を見るのは愉しい。
ミニカーばかりでなくフィギアなども有るが、ビートルズのドラムセットや、トライアンフのバイクなども。
イギリス人のライフスタイルなどについてオーナーの加藤さんと雑談。


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ケースの上の竹籠にカボスが山盛りになっていた。
鉾田の友人が送ってくれたとのこと。

カボスと云えば大分の名産品だが、茨城でも栽培しているのかと思った。
農作物が特定の場所でなく、全国で栽培される様になって、身近な産地から新鮮な品物が手に入るのは嬉しいことだ。

カボスの果汁は、酸味に富むとともに独特の香りで、焼き魚等の薬味として或いは焼酎の風味にと用途は広い。

スダチとの差が良く分からないがスダチは実が小さいし皮も薄く、香りが爽やかな感じがする。
この辺りではユズは栽培されているが、スダチ・カボスの類は馴染が少なかったから、一寸ばかり高級品と云う感じだ。

何個かを戴いた、今晩は、焼きたての秋刀魚に。
  1. 2013/09/25(水) 16:42:28|
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室オーディオラボ@水戸市泉町3丁目7-30

室オーディオラボ@水戸市泉町3丁目7-30

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随分前の話だが、銀座生まれで常磐大学の教授がいらっしゃった。
友人Nさんのお知り合いで、喫茶店で何度か席を隣にした程度だから詳しいことは分からない。
ぶしつけながら、水戸の印象がどうか訊ねたら「文化度の高い街と思います」とのお答えなので、「どのようなところが」と重ねて質問したら「泉町に金物屋さんが在るでしょう、あそこの店には並でないものが沢山あります」と言われた。確かに、間口は狭く見栄えはしないが、品ぞろえは確かで、蕎麦庖丁をはじめ、各種の道具類が揃っているので納得した。
時が移り、今でもその店が通用するかい否かは分からない。

マニアックな店は観る人は観ていると云うことだ。

最近と言っても何時かは、これまたはっきりしないが、アンプやスピーカーなどオーディオの専門店と思える店が泉町3丁目に出来た。
興味はあるが、音さえ聞こえればと云う貧乏性だから覗いても見なかったが、前述のこともあり、興味半分で入ってみた。

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たまたま、知り合いのKさんがいた。
この方はソウルバーの店主でやたら音楽に詳しい。

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「僕の友達ですよ、と店主の室さんを紹介してくれた」
それをいいことに、いくつかの機種を試聴させてもらった。

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確かに、それぞれの音が違う。
単純に云えば「素晴らしい」素人としてはそれしか言いようがない。

こんな店が存在するのは“水戸の誇り”と思った。
この店の奥並びにはフォーマルウェア ・ブライダル衣裳の「ラ・コラソン」や
ミニカーの「リトルレガード」ミシンと手芸の「モチズキ」など、小さいながら個性的な店が軒を連ねている。
  1. 2013/09/24(火) 23:35:29|
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「歿後150年 会沢正志斎」展@茨城県立歴史館

「歿後150年 会沢正志斎」展@茨城県立歴史館

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会沢正志斎

茨城県立歴史館の開館は1974年、40年を経過した。
開館後しばらくの間、多くの企画展が開催されて楽しみだった。
10年前頃か(正確には覚えていないが)2階が常設のジオラマ展示になってから、これぞという展覧会が少なくなった感じがする。
予算の減少によるのだろうが、文書館としての役目もある博物館ならではの企画展に期待するほかはない。

さて、今回の「会沢正志斎展」は幕末の歴史に大きな影響を与えた水戸学の理論を確立した人物に焦点を当てた企画展。

歴史館のHPには次のように記されている。
水戸藩の儒者会沢正志斎(天明2年〈1782〉~文久3年〈1863〉)は、幕末の尊攘運動の理論を確立したことで有名ですが、近年、その思想が再評価されてきています。たとえば、評論家の中野剛志氏は「プラグマティックで健全なナショナリズムから学ぶべきことは大きい」とし、伊藤仁斎、荻生徂徠、福沢諭吉と同列に位置づけています(同氏『日本思想史新論』)。

 正志斎は10歳のとき、8歳年上の藤田幽谷のもとに入門、35年間にわたりその教えを学び、生涯に『新論』をはじめとして多くの著作を遺しています。それらは、深い儒学の素養、的確な世界情勢の認識に支えられていました。
 とくに、文政8年(1825)に著した『新論』は、幕末の尊攘運動の理論的出発点となった名著です。当初出版されなかったにもかかわらず密かに写されて広まり、全国の志士たちに大きな影響を与えています。久留米藩の真木和泉(保臣)、長州藩の吉田松陰らは水戸を訪れ、正志斎から直接教えを受け深い感銘をうけています。

今日(23日)11:00から学芸課長永井博氏の展示解説があり、お聞きしたこと
を纏めてみた。

大津浜イギリス人上陸1
文政七年(1824)異国人上陸図

ペリーがやってくる30年前、水戸藩の大津にイギリスの捕鯨船員が上陸。
この出来事によって水戸藩では外国人を追い払おうという攘夷思想が広がっていく。

新論

会沢正志斎は筆談役として現地に赴き、報告として藩主に提出したのが『新論』だった。
いわば内部文書が、書き写され全国に広まっていった。

その後、斉昭のもとで、藩政改革ブレーンの一人として活躍、とくに弘道館創設には、組織、内容の制定に情熱をもって取り組んだ。
教育の総責任者たる教授頭取をつとめ、幼き日の徳川慶喜など斉昭子弟の教育にもかかわった。

『新論』のあらましは幕府を中心とした内政改革、国家としてのまとまりを実現する。単に鎖国を維持するのではなく国力を増し、将来的には海外進出を目指すとした。

1824年(43歳)大津浜にイギリス人が上陸。
1826年(45歳)『新論』藩主に献上。 
1852年(70歳)吉田松陰が訪れる。     1
1853年(72歳)ペリー来航に際して、対応策を斉昭親子に提出。
1858年(77歳)朝廷に返納すべきと主張。
1860年(79歳)桜田門外の変の襲撃を「天誅の事その身の職に非ず」として非難。
1862年(81歳)『時務策』は軽挙妄動を戒める。
1863年82歳で死去。

40代後半から70代にかけては、徳川幕府や水戸藩の事情により、幽閉や史館の辞職と復帰など歴史の波に翻弄された。
  1. 2013/09/23(月) 23:35:51|
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「第17回水戸短編映像祭」@水戸芸術館

「第17回水戸短編映像祭」@水戸芸術館
9月21日[土]~ 9月23日[月]

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「第17回水戸短編映像祭」が水戸芸術館演劇ホールで、9月21日から二三日までの日間開催されている。今日は、コンペティション部門の上映と審査結果の発表及クロージングパーティで今回のフィナーレ。
僕は、初日のAプログラム『黒薔薇の館』を観た。
本年(2013)、没後十年を迎えた水戸市出身の深作欣二監督の異色作。
主演は若き美輪明宏と田村正和。
撮影は水戸出身で日本映画史上屈指の名キャメラマン川又昻。
1969 年の松竹株式会社 作品。
今では、殆どの作品がDVD化されているが、この作品は未だフィルムのみ。
スクリーンに映る線や傷など「映画を観ているな」という時間が在った。

主演は若き丸山明宏(現・美輪明宏)が妖艶な演技を見せている。
江戸川乱歩原作の舞台劇『黒蜥蜴』が1968年大成功だったことを受けて、丸山主演の深作作品として制作された。
共演者は田村正和、小沢栄太郎、西村晃、室田日出男、川津祐介、松岡きっこ等、懐かしい顔の芸達者揃い.セリフを含め、舞台劇のようだ。
現在の妖怪のような美輪明宏と異なり、年齢不詳の容貌に少しくぐもった声色も相まってミステリアスな雰囲気を漂わせ、歌もうまく魅せてくれた。
横尾忠則がタイトルデザインだが、約50年前頃から、多くの人がマルチタレントぶりを発揮しはめた時代の雰囲気が在った。

上演後の約25分間、千葉真一さんのトークショウが有った。

深作第1回監督作でデビューし、深作監督とともに俳優人生を歩んできた千葉真一さんは「親のようでもあり、師匠でもあり、或いは兄弟で同志、という存在でした。監督無くして、現在の僕は有り得ません」と思い出を語った。
水戸は特別な存在に感じておられるようだ。

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18:30からタワーの下に設置された巨大スクリーンで「キッズシネマプロジェクト」のメイキング映像と作品が上映された。
おとなの助言が有ったにせよ、小学生が映画を作れる時代になった。
これらのワークショップの出身者で、未来の映画監督が登場するかもしれない。

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19:00からは「インディ・ジョーンズシリーズ」第1作の『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(1981年)の上映会。
これは、ハラハラドキドキの冒険活劇。
月夜の晩の映画会、周りには飲食屋台も営業中。
飲みながら、食べながらの映画鑑賞。
広場に、寝転がってみた。
家族連れも多く、映画の楽しさを体験できたろう。

今日23日で最終日、全てのプログラムが成功することを願っている。
多くの人達の協力で出来たとは思うが主催された「シネマパンチ」の皆様、ご苦労様でした。
  1. 2013/09/23(月) 07:44:26|
  2. 水戸芸術館
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「あおぞらクラフトいち」@水戸芸術館広場

「あおぞらクラフトいち」@水戸芸術館広場

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1990年に水戸芸術館が開館すると同時に、ヨーロッパの町の中心にある広場をイメージして作られた芝生と石の広場もオープンした。

北側の巨大な石を吊ったカスケードは夏の期間は水を吹上て、子供たちの遊びの場であり、市民の憩いの場と親しまれている。
会館以後多くのイベントが企画され、ほぼ日曜ごとに催事が行われるようになった。当初考えた以上に利用されているのは嬉しいが、さらなる利用も考えたい。

通常、都市広場に通じる道路は歩行者天国で、昔ながらの店や、飲食店が繋がり、路上の椅子やテーブルで飲食し、通る人たちを眺める楽しさも重要だが、残念ながら、アプローチの歩行者天国の通路が無いことだ。


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無い物ねだるりはともかく,9月21日(土)と23日(日)に広場で開催された「あおぞらクラフトいち」はクラフト飲食のブースが約140軒も出店師、大賑わいだった。ライブ演奏やDJなども有って、大人から子供まで楽しめる集いだった、幸い天候に恵まれたこともある。
  1. 2013/09/23(月) 00:53:14|
  2. 水戸芸術館
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一久@水戸市河和田町

一久@水戸市河和田町

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『歎異抄』の著者とされる唯円が1240年に開いたと伝えられる報佛寺。
浄土真宗の寺ならでは親しみやすさと、手入れされた庭のお寺さん。

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特にシダレザクラが見事で、同時に咲く赤の山椿との対比が素晴らしい。
桜の時期には必ず訪ねる。

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サルスベリが咲いていた。

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境内の一郭といえる処に、手打ち蕎麦「一久」が在る。
外観はログハウス風の建物で、店内には靴を脱いで上がる。
靴置き場の前が、ガラスで仕切られた石臼の粉挽と蕎麦打ち場。

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店内は、半円形の変わった形で、外周沿いにテーブルが並ぶ。
この配置が、とても落ち着く。

一定量が出ると、次に打つまで待たされることがあるが、今日はセーフ。

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「つけトロロそば」粘りの強い自然薯だ。

間もなく、新蕎麦の時期となるのが楽しみだ。
  1. 2013/09/20(金) 22:33:56|
  2. 食生活
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プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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