よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

ビエルタンの要塞教会

ビエルタンの要塞教会

P7200151.jpg

P7200156.jpg

P7200154.jpg

IMG_2852.jpg


南トランスシルバニア地方は、13世紀にはじまったドイツ系・ハンガリー系住民の移住により造られた。
彼らの文化や建築様式の色濃い村が点在している。
のどかな農村地帯だが、1394~1690年の3世紀にわたり、オスマントルコに14回も侵略された。
このため、村民を守れる強固な、城壁の厚い要塞を建てる必要に迫られた。
聖堂が見張り台の役割を果たした。
外敵に包囲されても、しばらくは暮らせるように教会を要塞化し、水や食料などの生活物資を備蓄していた。

1600年頃、このような教会は600ヶ所があったが、現在ではその半分しか残っていない。
これらは要塞教会群としてユネスコの世界遺産に登録されている。
その一つであるビエルタン教会を見学。

P7200158.jpg

IMG_2845.jpg

P7200161.jpg


祭壇
ドイツ・ハンガリー系住民は、商・工業を生業とし、宗教はカトリックやプロテスタントでルーマニア正教ではない。

現在の要塞教会はドイツ系住民の減少で、通常使われる機会は少なく、輪番でミサなどが行われているとのこと。

P7200160.jpg

会堂の中で重要な品などを保管した、部屋のドア。
鍵も何十と施錠が可能。

P7200159.jpg

柱の掲示はこの教会の建築された期間の年号。

IMG_2847.jpg

教会内から集落を望む

P7200167.jpg

この辺りは、アフリカから飛来するコウノトリの繁殖地。
以前、ハンガリーでも沢山見たが、この辺りに飛来してから分散するらしい。
白鳥等の習性と同じだ。
  1. 2013/07/31(水) 16:30:14|
  2. 旅行
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「ルーマニアの宝石」@シギショアラ歴史地区

「ルーマニアの宝石」@シギショアラ歴史地区

P7200132.jpg

P7200130.jpg


今回の旅でどこが良かった?と訊かれたら、シギショアラ歴史地区は候補の一つだろう。
トランシルヴァニア・ザクセン人によって12世紀以降に建造され、現在もなお人々が暮らす中世的城塞都市で「ルーマニアの宝石」とも称えられる。
中欧・東欧の中で、一番よく中世の建造物が保存されている町らしい。

P7200109.jpg

IMG_2835.jpg

城門。
丘の上で、三重の城壁に囲まれているので何か所かの門をくぐって市街に入る。市内は、ルーマニア語とドイツ語の両国語で併記される程にドイツ語が使われ、ドイツ語で教育する中・高校もある。

IMG_2803.jpg

IMG_2800.jpg


シンボルの「時計の塔」は昔の市役所が入っていた。
高さ64mで14世紀に建てた。

IMG_2833.jpg

IMG_2831.jpg

IMG_2787.jpg

IMG_2783_201307310050444cf.jpg

広場の周辺はカフェ・レストラン・土産物店など。
850年に及ぶ歴史と文化の例証として、1999年にユネスコの世界遺産に登録されたので、観光客も多い。

IMG_2816.jpg

土曜日とあって、市役所の前は何組かの新婚さんと、祝福する友達。

P7200138.jpg

P7200145.jpg

丘を登る木の囲いの附いた階段。
冬は豪雪のため、この様な階段が必要らしい。

P7200144.jpg

IMG_2828.jpg

階段を登れば、ドイツ語教育の学校と14世紀の「山上教会」

IMG_2804.jpg

旧市街から見下ろすと、新市街の建物。

  1. 2013/07/31(水) 00:54:29|
  2. 旅行
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ブラショフ@ルーマニア

ブラショフ@ルーマニア

空からbrasov2
(空からのブラショフ)

今度の旅で印象に残った街の一つが、ブラショフ。
ルーマニアのほぼ中央に位置し、首都ブカレストから約150キロ、トランシルバニア地方の南部の中心都市でもある。

12世紀、ドイツから植民したトランシルヴァニア・ザクセン人が建設した街で「クローンシュタット」というドイツ語名を持つ。
当時は、ドイツ人居留区は大きな城壁で囲まれていた。

IMG_2718.jpg

ルーマニア人、ドイツ人、ハンガリー人の3民族によって発展してきた。
今も、当時の城門が遺されており、基本の街区は変わりない。

250px-BrasovTroster.jpg

クローンシュタット(1666年発行の本の挿絵)

IMG_2713.jpg

IMG_2714.jpg

「聖ニコラエ教会」
ドイツ人入植に伴い先住のルーマニア人が移り住んだSchei (シュケイ)地区のルーマニア正教の会堂。

IMG_2720.jpg

14世紀の創建時頃のフレスコ画がのこされている。

IMG_2716.jpg

時計塔でなく、裏庭に設置された鐘楼。
毎時、人力で鳴らされる。

IMG_2728.jpg

シュケイ地区との境界の「シュケイ門」

IMG_2729.jpg

IMG_2732.jpg

シュケイ門と旧市内を結ぶ道。
中世にタイムスリップしたようだ。この様な通りを今回の旅行で至る所で見ることが出来た。

IMG_2757.jpg


IMG_2758_20130730161954e76.jpg

「黒教会」旧市街の中心広場近くにある、高さ65mに及ぶトランシルバニア地方で最大の後期ゴシック建築。
14世紀後半から15世紀初頭まで、約80年かけて建設された。
1689年にはプスブルグ軍の攻撃で外壁が黒焦げにおなり、この名がついた。

IMG_2743_20130730162105264.jpg

IMG_2745.jpg

IMG_2746.jpg

中心の広場

IMG_2742.jpg

IMG_2737_201307301621082fe.jpg

レブプリチ通り
中央広場から連なる約500㍍に及ぶ繁華街。
歩行者天国で夜間は、飲食客でにぎわう。

IMG_2751.jpg

貸自転車もあったが、残念ながら借りて乗るほどの時間がなかった。
  1. 2013/07/30(火) 16:52:08|
  2. 旅行
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

シナイア僧院@シナイア

シナイア僧院@シナイア

P7190046.jpg

P7190042.jpg

17世紀にワラキア公が、モーセが十戒を授かったとされるシナイの地を訪れた記念として建てられた修道院で僧院の名前が町の名前タオなった。

IMG_2687.jpg


コの字型の僧坊の中央に創建当時の教会堂。

P7190044.jpg

IMG_2689.jpg

IMG_2688.jpg

入り口のフレスコ画がかなり原状を留めている。
聖書の物語だが、聖書をよく知らない僕でも絵柄の良さには惹かれる。

P7190038.jpg

19世紀にルーマニア王により建立された「シナイア僧院の教会堂」
ルーマニア正教など、ロシア・ブルガリア・ギリシャ等の正教の会堂は椅子などの座席が無く、床に座るか立ったままで祈りを捧げるようだ。
蜜蝋(蜂の巣から作られた蝋)で作られたロウソクはいくらか甘い香りがする。

P7190029.jpg

IMG_2695.jpg

IMG_2694.jpg

P7190031.jpg


僧院の近くの道路で、翌日は山岳ラリーが開かれるらしく、一部の道路が閉鎖されていた。

IMG_2691.jpg

スタートラインのゲート。
明日をひかえ集結するラリー車。

IMG_2693_20130729201753.jpg

少し山道を下ると、旧カジノ。
20世紀初頭、この辺りは大きな観光地で、カジノもあった。

聖なる場所には俗なるものが付随するのが、人間の社会nの常ね。

  1. 2013/07/29(月) 20:28:17|
  2. 旅行
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ペレシュ城 @シナイア

ペレシュ城 @シナイア

P7190007_20130729172806.jpg

P7190009.jpg

P7190010.jpg


ブカレストから50km、ルーマニアの中央を“つ”の字型に走るカルパチア山脈のブチェジ山の中腹に位置する標高800mの景勝地シナイア。
17世紀にシナイ半島に由来して名づけられたシナイア僧院が建立されてから発展し、18世紀にはブカレストの王族貴族たちの別荘地として栄えた。
現在も、夏の避暑地、冬のスキーリゾート地として別荘やホテルがある保養地。
旧共産圏時代は、各国の要人が訪れたでとのことだ。

P7190012.jpg

P7190015.jpg


中でも「ペレシュ城」は1875年、荘厳なドイツ・ルネッサンス建築でカロル1世の夏の離宮として建設された。

P7190011_20130729172658.jpg

中庭のフレスコ画も見事で、部屋の内装は絢爛豪華らしいが、内部の見学は出来なかった。
IMG_2682.jpg

IMG_2684_20130729174140.jpg

少し離れたところに、規模の小さい「ペリショル城」が在る。
王妃の為に建設された。現在、王家の係累の所有とのことだ。
旧共産圏の私有財産は、城に関わらず、個人住宅でも所有権は複雑のようだ。
この城の奥には、チャウシェスクの別荘も在った、とのことだが、これは現在国有の施設。

この辺りは天然ガスが噴出するので、燃料用として黄色のパイプが露出で配管されていた。また、電気の使用のため、渓流の流れを利用した発電所も有していたが、その設備は使用されてはいない。
  1. 2013/07/29(月) 17:49:22|
  2. 旅行
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「黄門祭り」が間近だ@水戸市

「黄門祭り」が間近に@水戸市

CA3G0137_20130729145956.jpg

島根などでは、集中豪雨の被害が報じられている。
水戸も、今日は曇りか雨の天気予報、
雨が降ら無いうちに、と散歩に出た。

CA3G0135_20130729145957.jpg

南町の商店街では、8月2日からの「黄門祭り」の飾り付けが始まっていた。
祭りの提灯が飾られると、雰囲気が盛り上がる。

CA3G0132_20130729150000.jpg

水戸芸術館の2階の回廊のデッキには朝顔の花。
日比野克彦さんが03年、新潟県十日町市などで開催された「大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ」で始まった『明後日朝顔』プロジェクト。

05年には、水戸芸術館で開かれた日比野さんの「日比野克彦の一人万博」展の一環で、新潟で育てた苗を水戸芸術館で育成し、水戸での開催は9年目。
朝顔を育てることで、地域のコミュニティを育み、収穫された種を通して人や参加地域をつなぐ運動は新潟、岐阜、金沢、福岡、太宰府、徳島、熊本、四万十など全国に広まった。
日比野さんの芸術家の枠に収まらない活動が、地域のつながりを深めている。
水戸にとっても大恩人だ。

CA3G0129_20130729150049.jpg

藝術館の現代美術ギャラリーでは7月27日[土]から曽谷朝絵の「宙色(そらいろ)」展が始まった。
近いうちに、観に行こうと思っている。

CA3G0127_20130729150051ce8.jpg

CA3G0133_20130729150000.jpg

CA3G0134_20130729145958.jpg

CA3G0126_20130729150052.jpg


芝生の広場で、ラジコンのヘリコプターを飛ばしている方に出会った。
充電式で音も静か、操縦も簡単らしい。

藝術館の広場は街の核として多くの催事が行われる。
開館以来、年々イベントが増えて楽しいが、周辺の商業地の賑わいは低下してしまった。新たな企画も考えられないだろうか?

夏には、音楽を聞きながらのビヤガーデンが昼から開催されるなども有り、としいたが。

今週末には「黄門祭り」だ。
  1. 2013/07/29(月) 15:05:38|
  2. 水戸
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ルーマニヤとブルガリアの旅

ルーマニヤとブルガリアの旅

IMG_2743.jpg

P7200168.jpg

P7190007.jpg


18日から27日までルーマニヤとブルガリアを旅した。
隣同士の国だが民族や歴史も異なり。似た点もあり異なるところも有った。
旅の記録を順次、纏めたいと思っている。

どちらも発展途上の国。
EUに加盟はしたが、通貨の統合には至らず、旧来の独自通貨を使用している。

IMG_2943.jpg

どちらも、基本的には農業国。
この時期は小麦の収穫は終わり、向日葵やトウモロコシの畑が一面に続く。
国の基本は食糧の自給力、日本も再考しなければならない時期だ。

IMG_2783.jpg

東ヨーロッパの、中世の田舎町の雰囲気を感じたい、との旅。
至る所で、その様な風景に出会えた。

伝統ある広場は現代も生きていた。
水戸芸術館の広場も益々活用される事を、期待する。
IMG_3575.jpg

急速に都市化が進み、再開発も進んでいる。
歴史ある中心部は保存されるだろうが、周辺部の開発は進行している。
経済発展がお題目にしても、先進国の経済至上主義による、多くのゆがみの徹は踏んで欲しくないと感じたが、難しいことなのだろう。

戻ってから、両国の歴史や文化について、少しは勉強しようと思っている。
カタール航空で行ったが、乗り継ぎのドーハで中東について学ぶことも必要と思った。
外国に行くことは、改めて、日本を見直すことと再認識した旅だった。
  1. 2013/07/29(月) 09:05:23|
  2. 旅行
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

『竹山道雄と昭和の時代』平川祐弘著 藤原書店

『竹山道雄と昭和の時代』平川祐弘著 藤原書店

昭和の時代

水戸を中心に配布されている隔月のミニコミ誌『おとな日和』はこの手の雑誌では群を抜いた内容で、編集者と版元の「茨城弘報社」に心からの尊敬の念を捧げたい。さらに、息長く継続されんことを願っている。

特に、創刊以来連載されている吉田光男氏のエッセイは、内容豊富で“読みやすくためになる”ので楽しみにしている。
前回18号の『竹山道雄と加藤周一』を興味深く読んだ。

竹山道雄は『ビルマの竪琴』の著者だが、市川崑が監督した二度にわたって制作した映画が有名で、原作者はあまり知られないらしい。僕も。勿論知らなかった。
先ずは、市立図書館で『ビルマの竪琴』を借りて読んだ。
昭和22年から23年にかけて、童話として書かれたそうだが、単なる児童文学でなく、国のために死んだ人達への鎮魂歌だ。
この映画の一部はYouTubeでも見られる。

さらに、
竹山道雄を思い出したのは『竹山道雄と昭和の時代』を読んだからとあった。
そこで、再び水戸市立中央図書館に行ったが、収蔵していないとのことであったが、リクエストしておくと購入されることもある、とのことだった。

予想以上に早く、図書館から入庫したとの知らせがあり借りに行った。

『竹山道雄と昭和の時代』は竹山道雄の評伝で、人名索引を含めて五百三十ページに及ぶ大著で、読破するには難儀だったが、とにかく読み終えた。
竹山道雄は戦前戦後を通じ、日本の軍部、ヒトラーのドイツ、共産主義のロシア、毛沢東の中国を批判してぶれなかった、自由と中庸の精神を鮮やかに浮かび上がらせている。
「中庸」を行くのは一番難しい。
誰しも、その時代の波に巻き込まれてしまう。
昨今の政治状況を見ても、僕もそうだし、多くの人が時流に流されている

巻末に教え子であった芳賀徹の弔辞が掲載されている
「時流を恐れるな、時流から隠遁いんとんするな、時流を見つめよ、しかし時流に惑わされるな、時流をこえて人間と世界を思え、そのために歴史を学べ、古典に触れよ、コレルリの音楽にも海北友松の絵にも神魂(かもす)神社の建築にもおののく深い広い心をもて」とある。

  1. 2013/07/18(木) 14:54:33|
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:0

凌霄花(ノウゼンカズラ)

凌霄花(ノウゼンカズラ)

CA3G0131_20130713223726.jpg


梅雨明けして猛暑が続いたが、本格的な夏という感じがしない。
今日(7月13日)からお盆だが、新暦より月遅れの8月13日から16日までが、夏休みの期間で里帰りする人達も多いので馴染んでいるのが現状だ。

この時期、目に着くのがノウゼンカズラ。
漢字では凌霄花と難しい表記だ。
橙色あるいは赤色の大きな美しい花をつける、つる性の落葉樹。
樹木や壁などに付着してつるを延ばし繁殖する。
中国原産で、平安時代に渡来したといわれるが日本の風土に良く似合う。
  1. 2013/07/13(土) 22:38:41|
  2. 植物
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ

プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する