よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

上代香 後藤清一作 (木彫・1940年)


上代香 後藤清一作 (木彫・1940年)


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後藤清一さん作の『薫染(くんぜ)』(木彫・1941年)が李王家の買い上げとなり、太平洋戦争前に海を渡った、
久しく行方が分からなかったが、最近になってソウルの「韓国国立中央博物館」に収蔵され、日本室に展示されていることが分かった。
昨年(2011年)11月ソウルに赴き『薫染』と対面することが出来た。
太平洋戦争や朝鮮戦争による戦火を潜り抜け、制作当初と変わらない姿を拝せたのは、作品の持つ生命力を感じた。
展示室中央の『薫染』の像は、日本室を代表する作品と思えた。

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『上代香』(1940年)と題する作品は『薫染』と同じ桜の木で制作された。
縄文・弥生時代の土器や古墳時代の埴輪など、日本古来の文物に美しさを感じていた後藤さんは《埴輪》を現代の作品に移したいと考えておられたようだ。
『玉』(1944年・乾漆)は埴輪を思わせる女性像だが、ほぼ同じ姿だ。
両肘を張り腰に手を当て、髷を結った髪、刳り貫かれた眼は埴輪を甦らせたかのごとく微笑を含んでいる。

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この作品も行方が分からなかったが、所在が確認された。
寸法は23×28.5×61・サクラ材に彫られ着色されている。
後藤さんの作品で木彫は稀、着色された作品はさらに少ない。

携帯で撮影した写真では作品の素晴らしさを理解してもらうのは難しい。
僕も、白黒のはがき大の写真しか見ていなかった時は想像できなかった。

彫刻作品の良さを写真で映すには撮影の技術が重要だ。
写真家に撮影していただいてから、改めてご紹介したいと思っている。

  1. 2012/07/31(火) 16:19:12|
  2. 後藤清一
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ジャズ喫茶 「オリンパス」@千代田区神田小川町3-24

ジャズ喫茶 「オリンパス」@千代田区神田小川町3-24

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前回、1960年代のジャズ喫茶の想い出を書いたが、50年以上前だから、記憶違いもあったかもしれない。
喫茶店以外でジャズを聴くのはラジオだった。
特に、FEN(アメリカ軍の放送・810KHZ)深夜0時の「Midnight Jazz」は英語だから詳しくは分からないが、今でいうデスク・ジョッキー、話をしながらジャズを流す番組で楽しみだった。

話はあちこちするが、今でも昔のジャズ喫茶の如く聴ける場所が幾らか存在する。水戸市内では泉町の「アンバーハウス」は名の如くウイスキーの銘酒を飲ませてくれる店で、品ぞろえは日本一かもしれない。ジャズレコードのコレクションも日本で有数、オーディオのセットも凄い。
凄すぎなので、詳しいことは後程に。

お茶の水から神田にかけては学生街で、昔からジャズ喫茶が在った。
小川町に昔ながらのジャズ喫茶があると知り、出かけてみた。
交差点の近くだが、1本路地裏で、探すのにいくらか手間取った。

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ホテル「昇龍館」の一画で、繋がってはいないがロビーのバースペースと云う雰囲気だ。
2009年の6月ホテルの改築に伴ってテナントとして入居・開店したようだ。
店主はアナログレコードでジャズをフル音量で再生したい、との夢を持ってスタートし、時には、特殊なレコードやCDを再生するイベントも開催されるとのこと。

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明るく落ち着いた空間で、インテリや家具は高級感がある。
昔のジャズ喫茶の様な、小汚く暗い感じはまるでないのだが、懐かしさを感じる雰囲気を感じる。

中央部のスピーカーはフル音量とはいえ、うるさくは感じない。
デジタルの音に慣れてしまったが、アナログの音は懐かしくもあり、当たり前の音とも感じた。

この店はアナログレコードとオーディオセットが特色だが、赤いチキンカレーも有名らしい。

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赤いチキンカレーは、野菜と鶏肉を店で調合したスパイスで作られているとのこと。
素材を生かしたシンプルで奥深いカレーに新潟産コシヒカリのご飯。
今まで食べたことのない味でレストラン以上、と感じた。

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せっかくの機会、赤ワインも戴く。

店内には「お茶の水 神保町 JAZZ SPOT GUIDE」と云うパンフレットが有った。このエリアには12軒のジャズ喫茶やライブハウスが有るらしい。
他のお店にも行ってみたいが、「オリンパス」は何度でも訪れたい。
  1. 2012/07/27(金) 00:56:57|
  2. 音楽
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「ファンキー・ジャズ」の時代

「ファンキー・ジャズ」の時代

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アート・ブレイキー( Art Blakey) モーニン(Moanin')


昭和35年(1960)に高校を卒業し、東京で生活するようになった。
住まいは中央線の大久保、学校は新宿で国電(今のJR)の初乗り運賃が10円だった。
東口には三越や伊勢丹が在ったが、西口の駅前は3階建のスバルのビルだけ。京王線は路上を入っていたし、脇を神田川が流れていた。
少し先には東京瓦斯の大きい丸いガスタンクが2基見えるだけ。
現在の都庁舎の辺りは、浄水場で広大な敷地内は外から見えない。

今にして思えば、水戸とさほどの違いは無かったが、沢山のカルチャーショックを受けた。
その一つが「アートブレイキーとジャズメッセンジャーズ」の来日公演。
ブルースやゴスペルなどの黒人音楽の影響が強く、「モーニン」は大流行した。
訳は分からずに「ファンキー・ジャズ」「モダンジャズ」を聴く様になった。
演奏者は殆んどが黒人、白人を中心に流行したウェスト・コーストジャズからイースト・コーストのジャズへ変わる時代だった。

LPレコードやオーディオ機器は非常に高価で、普通の人は所持出来ない時代、、ジャズ喫茶で聞くのが当たり前で、学校帰りに新宿駅周辺のジャズ喫茶に通った。コーヒー1杯で数時間を過ごす毎日。
薄暗い店内のスピーカーから流れる大音量の曲を、深刻な顔で耳を傾ける客が大勢いた。お喋り厳禁で、店内の会話といえば、注文とリクエスト程度。

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Sonny Clark / Cool Struttin' (1958)

カウンターに置かれているレコードジャケットを見て曲を感じ、演奏者も曲名も知らずに聴いていた。何といっても、ジャケットのデザインがよかったな。

南口の近くの「ヨット」「汀」「キーヨ」。
都電の角筈駅前の「木馬」(のち歌舞伎町に移転)
ジャズ喫茶ではなかったが、当時の進歩的な学生や文化人の溜り場の「風月堂」にもたまに行った。独特の雰囲気で馴染めなかった。
僕には分からなかったが、「モダンジャズ」は文学や哲学や学生運動と関連するものが有ったようだ。

新宿ばかりでなく有楽町と八重洲の「ママ」上野の「イトウ」渋谷の「スイング」、店名は忘れたが巣鴨、浅草、御茶ノ水などのジャズ喫茶にも遠征した。
何処にでも多くの店が在ったが、今では数少なくなったようだ。

「モダンジャズ」も50年以上を経過し、旧世紀の遺物かもしれないが、良いものは好い。自分の気持ちが弱い時は、曲に負けてしまって聴き続けることが出来ないこともあるが、ともかくイイのだ。

今にして思えば、ジャズ喫茶ばかりでなく、東京の下町の江戸情緒の名残を探っておくべきだった。との後悔することもある。
  1. 2012/07/25(水) 23:37:18|
  2. 音楽
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『オフェーリア』 サー・ジョン・エヴァレット・ミレー作。


『オフェーリア』 サー・ジョン・エヴァレット・ミレー作。


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テレビ番組「極上美の饗宴」で『オフェーリア』を観た。
サー・ジョン・エヴァレット・ミレー(Sir John Everett Millais, 1829- 1896)は19世紀のイギリスの画家でラファエル前派の一員に数えられる。

ヴィクトリア朝の最高傑作と名高いこの作品は、1862年のロイヤル・アカデミー展に出品したもので、シェイクスピアの『ハムレット』のヒロインを題材にしたものである。川の流れに仰向けに浮かぶ少女のモデルは、後にロセッティの妻となるエリザベス・シダル。
明治期の日本の作家や画家にも影響を与え、ロンドンに留学中だった夏目漱石は『草枕』の中で温泉宿に逗留中の主人公の画家の言葉をかりてこの作品について述べている。
  1. 2012/07/18(水) 23:24:33|
  2. 人と作品
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「サッシペレレ」@東京都新宿区本塩町9番地

「サッシペレレ」@東京都新宿区本塩町9番地 光丘四谷ビルB1階

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夏になるとボサノバやサンバが聴きたくなる。
20年前頃、ブラジルを訪ねたことがある。
とは言え、8月頃で現地は冬でサントスの浜辺には誰もいなかった。
サンパウロ周辺のみでリオデジャネイロには行かなかったから、イパネマにも行かず、本格的なボサノバを聴く機会も無かったのは心残りだが、今でも懐かしく思い出す。


小野リサを初めて聞いた時、日本人が唄っているとは思えなかった。
ブラジル音楽が好きな父がライブハウスを経営しようとブラジルに移住し、サンパウロで「クラブ一番」という店を営んでいた両親の下、ブラジルで生まれ、その後10歳の時に日本に帰って来た経歴と知り納得した。

父親が四谷に「サッシペレレ」というブラジル料理とライブ演奏の店を開き、現在も営業中とのこと、一度は行きたいと思っていた。


念願かなって「サッシペレレ」に。

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ビルの地下一階、狭いドアを潜ればかなりの広さ。
本来がライブ演奏の店、バーカウンターやステージも有る。

ランチタイムのセットメニューはサラダ&スープが付き、ブラジリアンコーヒー、パッションフルーツジュース が飲み放題。
近所の会社の人達が、次々と入ってくる。

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「フェイジョアーダ」(豆と肉の煮込み)のセットを注文。

今回は場所の確認という感じ。
次はライブ演奏と本格的なブラジル料理を味わいたい。

  1. 2012/07/04(水) 21:55:43|
  2. 街歩き
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プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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