よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

大晦日

大晦日


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並木の『藪』の前は長蛇の列。

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王子『狐の行列』

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広重『狐の行列』の木版画


激動の一年でしたが、間もなく新しい年を迎えられそうです。
有り難う御座いました。
  1. 2011/12/31(土) 21:45:28|
  2. 歳時記
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ソウル駅旧駅舎

ソウル駅旧駅舎

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北朝鮮の金正日総書記が12月17日死去した。
これからの朝鮮半島の情勢がどうなるのか。
なるべく早い時期に、北朝鮮の民主化が進み、さらには統一されることを願いたいが、道は遠いのかもしれない。

朝鮮半島は中国、ロシア、日本などに翻弄されてきた。
日本の植民地であった時代に、破壊した朝鮮王朝時代の建物もあれば、植民地化したことのシンボルとして建築された建物もある。


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1925年に建設された、ソウル駅の赤レンガの旧駅舎は今も健在だ。
駅舎としての機能は隣の新しい駅に移っているが、今年になって「ソウル駅文化館」としてリニュアールされた。


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韓国語が分からないが、「オープン記念展」の様なものが開催されていた。
旧駅舎の駅長室・貴賓室などを改装して展示空間とした現代美術の展覧会が開催されていた。

今回、後藤清一さんの『薫染』を拝見に韓国中央博物館に行ったが、日本室の展示品がさらに充実すればいいのにと感じた。

僕が韓国に行ったのが12月6日~9日。
帰国して間もなくの頃から日韓関係がギクシャクしてきた、
北朝鮮情勢も先行き不透明。

言葉は異なるにしても、顔つきもそっくり。
ルーツは同じ、兄弟の様なもの。

美術品や文化財が国家間の友好を深める、大切にしたい。

  1. 2011/12/25(日) 14:22:44|
  2. 後藤清一
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本橋 成一さん @ギャラリー・しえる

本橋 成一さん @ギャラリー・しえる

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「スズキコージさんが僕の事務所にあらわれ、チェルノブイリノ写真お借りできますか?と言うことで渡したら、徹底的に切り刻まれまして。作者としては、つらい出来事でしたが、出来上っ作品を見て、良かったな、と思いました。」
と本橋 成一さんは話し始めた。

それから1時間以上、ロシアでの体験を話された。
終了後、何かいくらい訪れたのですか、とのし質問に30回以上と思います。
とのこと「初めの数回は、とても写真など写す心境になれなかった」抗がん剤で頭の毛が失われてしまった少女に対面すれば、自分がしたことではなくとも責任を感じてしまった。と体験の一端を語った。

その後の話は、感動的。
とても、僕の言葉では表現しようも無い。
戻ってからネットで検索したら、以下のような方、
世の中にはすごい人がいるものだと思った。

1963年 自由学園卒業。東京綜合写真専門学校入学。
1965年 筑豊文庫の上野英信を訪ね、その後 九州・北海道の炭鉱の人々を撮り始める。
1965年 報道写真家岡村昭彦と出会い1年半アシスタントをする。岡村の代わりに連絡係としてベトナムに赴く。
1968年 作品「炭鉱〈ヤマ〉」で、第5回太陽賞受賞。
1971年 『太陽』の仕事でユーラシア大陸を6ヶ月かけて横断する。
1972年 色川大吉『ユーラシア大陸思索行』でデンマーク、オーストリア、ギリシャ、トルコ、インドなどを撮影。
1972年 小沢昭一『諸國藝能旅鞄』(写真/本橋成一)6回連載。
1973年 フジテレビ『動物家族』のムービーカメラマンとして羽仁進と9ヶ月間東アフリカに滞在。
1974年 仲間と共同事務所JPU(ジャーナリスティック・フォトグラファー・ユニオン)を構える。
1976年 小沢昭一編集『藝能東西』の仕事で初めてサーカスを撮る。
1977年 日産自動車新聞広告の仕事で再びユーラシア大陸を3ヶ月で横断。
1980年 上野駅を撮り始める。個展『サーカスの時間』(新宿・ニコンサロン)写真集『サーカスの時間』(筑摩書房)刊行。
1983年 写真集『上野駅の幕間』(現代書館)刊行。
1985年 画家丸木位里・丸木俊のスライド集『ひろしまを見たひと』(監督・土本典昭)の作品を撮影。
1987年 独立して「ポレポレ坐」を立ち上げる。
1988年 写真集『魚河岸 ひとの町』(晶文社)刊行。
1989年 立松和平に同行して、パリ・ダカールラリーを撮影する。
1990年 『砂の水平線』共著・立松和平(平凡社)刊行。正式に事務所「ポレポレタイムス社」を設立。
1991年 チェルノブイリ原発とその被災地ベラルーシに通い始め、汚染地域で暮らす人々を撮影。
1993年 写真絵本『チェルノブイリからの風』(影書房)刊行。写真集『サーカスの詩』(影書房)刊行。
1994年 写真集『無限抱擁』(リトル・モア)刊行。
1995年 写真集『無限抱擁』で日本写真協会年度賞、写真の会賞を受賞。
1998年 写真集『ナージャの村』で第17回土門拳賞受賞。ドキュメンタリー映画『ナージャの村』を初監督。 ベルリン国際映画祭に出品。
2002年 二作目映画『アレクセイと泉』で52回ベルリン国際映画祭にてベルリナー新聞賞及び国際シネクラブ賞受賞。第12回サンクトペテルブルク映画祭でグランプリなど受賞多数。
2002年 雑誌の連載で開戦前のイラク国内を旅する。翌年『イラクの小さな橋を渡って』(池澤夏樹との共著)を緊急刊行。
2003年 毎日新聞にて“生命の旋律”を一年間連載し、翌年、写真集『生命の旋律の旋律~本橋成一が撮る人間の生き様集~』を刊行。
2006年 歌と三線一本で流浪の人生を送ってきた石垣島のおばあを描いた映画『ナミイと唄えば』を公開。
2007年 徳山ダムに沈んだ岐阜県徳山村に最後まで住み続けた村人たちの暮らしを15年追った映画「水になった村」を初プロデュース。
2009年 ドキュメンタリー映画『バオバブの記憶』公開。
2010年 プロデュース作品『祝の島』公開。
2010年 個展『昭和藝能東西』(銀座・ニコンサロン)写真集『昭和藝能東西』(オフィスエム)刊行

写真集
『炭鉱〈ヤマ〉』1968年(現代書館)
『サーカスの時間』1980年(筑摩書房)
『上野駅の幕間』1983年(現代書館)
『ふたりの画家 丸木位里・丸木俊の世界』1987年(晶文社)
『魚河岸 ひとの町』1988年(晶文社)
『サーカスが来る日』1989年(リブロポート)
『老人と海』1990年(朝日新聞社)
『サーカスの詩』1993年(影書房)
『無限抱擁』1995年(リトル・モア)
『ナージャの村』1998年(平凡社)
『アレクセイと泉』2002年(小学館)
『生命(いのち)の旋律〜本橋成一が撮る人間の生き様集〜』2004年(毎日新聞社)
『バオバブの記憶』2009年(平凡社)
『昭和藝能東西』2010年(オフィスエム)
『屠場』2011年(平凡社)

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単行本
『パリのお菓子屋さん』共著・山本益博 1980年(文化出版局)
『砂の水平線』共著・立松和平 1990年(平凡社)
『砂の旅人』共著・立松和平 1993年(駸々堂)
『ナージャ希望の村』2000年(学習研究社)
『イラクの小さな橋を渡って』共著・池澤夏樹

写真絵本
『チェルノブイリからの風』1993年(影書房)
『アレクセイと泉のはなし』2004年(アリス館)

文庫
『サーカスがやってくる』共著・西田敬一 1982年(旺文社)

映画
『ナージャの村』1997年(監督)
『アレクセイと泉』2002年(監督)
『ナミイと唄えば』2006年(監督)
『水になった村』2007年(プロデューサー)監督・大西暢夫
『バオバブの記憶』2009年(監督


  1. 2011/12/23(金) 22:48:26|
  2. 人と作品
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サンタクロースが

クリスマスイブを前に
サンタクロースが現れました。






Nさん宅に
サンタクロースが
来ました。

  1. 2011/12/23(金) 19:57:24|
  2. 歳時記
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「ゲンパツイラナイ展」@ギャラリー しえる 

「ゲンパツイラナイ展」@ギャラリー しえる ℡:029-241-5696-
本橋成一(写真)×スズキコージ(アート)


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1999年9月30日の東海村JCO臨界事故を機に、電子力の安全性を考えようと集まった女性達が「子供たちの未来を考える会Air」を結成した。
今回の、震災に伴う原発事故の発生で、原発について勉強しようと「ゲンパツイラナイ展」を企画した。


写真家・本橋さんのチェルノブイリ三部作は、事故後のウクライナの村人の日常を写した白黒写真、絵本作家のスズキさんが切り刻んでコラージュした作品。

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二人の想いが共鳴し、新たな世界を作り出した。
タイトルは「ゲンパツイラナイ展」だが、声だかに反原発を唱えてはいない。
その後の、村の人達を淡々と描きながら、自然や命の大切さを訴えている。


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作品の他にTシャツや缶バッチなども販売されていた。


本橋成一さんのギャラリートークが開催される。

明日23日(金)の午後1時~と午後3時~の2回、写真家・本橋成一さんのギャラリートークが開催される。
  1. 2011/12/22(木) 14:58:23|
  2. 美術展
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瓦や塼仏など @韓国中央博物館

瓦や塼仏など @韓国中央博物館

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瓦や塼仏が好きだ。
幾つか買ったこともあるが。手元には残っていない。
残念ではあるが、いたし方ない。

日本の瓦の源流は朝鮮半島から、仏教伝来と共にもたらされた。

韓国中央博物館には、個人が寄贈した品を展示する個別の部屋が、沢山あった。
各部屋に、寄贈者の名前が付けられている。
これなら、コレクションを寄贈した方も満足だろう。
日本人が寄贈したコレクションの展示室もあった。
韓国や中国の品々、どれも素晴らしかった。
日本の博物館に寄贈せず、韓国に寄贈したのは受け入れ側の体制にある。
博物館や美術館が寄贈を受けやすい方策を講じる必要がある。

歳入不足が続き、購入予算はゼロに等しい。
博物館や美術館は寄贈を受けやすい方策を考えるべきと感じた。




  1. 2011/12/20(火) 00:36:33|
  2. 骨董
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プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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