よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

玉ひで  @日本橋人形町

玉ひで  @日本橋人形町

東京下町散歩のテレビ番組、必ず登場するのが日本橋人形町。
「浅草」「上野」「神田」「日本橋」にならぶ東京の観光名所だ。
安産・子授けの神様である「水天宮」の門前町として発展した。
現在は金融機関や会社の本・支店の並ぶ商業地区だが、脇の通りは「甘酒横丁」と呼ばれ、江戸時代から続く伝統工芸店や、老舗の料理店や菓子店などもが多く残っている。
浜町の明治座も近い。

久し振りに「水天宮」をお参りした。
都会の中の神社ゆえ、2階が神社の境内のような作りになっている。

玉ひで1

周辺のビルと社殿のコントラストが面白い。

近所の「大観音寺」に鉄の鋳造の観音様があることを知った。
珍しいので是非拝見と思い探したが、見つからず。
その界隈をうろうろした。やっと発見したが、ここも2階に上がる階段を登ったところの小さなお寺であった。
観音像は何時でも拝観することが出来ない様だ。

玉ひで2


残念と思いながら、路地を散歩すると「玉ひで」の看板が眼に入った。
宝暦時代に創業以来250年、親子丼の元祖の店として有名だ。
昼食限定の軍鶏を使用した「親子丼」が人気で、いつも行列が出来る。
どの様なものか、と思っていた店だ。

僕の東京散歩は、夕方になって昼飯を食べる。ということが多い。
この日も既に5時、夜の部の営業が始まっていた。

戦後の建築ではあろうが、風情が残る木造2階建。
土間ではないが、下足を預け、急な階段を登って2階の入れ込み式の部屋に案内される。
いかにも下町風なしつらえだ。

昼限定の「親子丼」はないが「極・親子丼」と言うメニューがあった。
夜は「軍鶏のすき焼き」など割烹料理の時間帯では、一番お手軽な品だ。

3玉ひで

大きな椀に炙った軍鶏肉に軍鶏肉のすき焼きを載せた丼物。
農家で放し飼いされた軍鶏肉に比べれば、炙ってはあるが、さっぱりとした味。
玉子も、ふわーり・とろとろ、として上品な感じ。

昔、八郷の農家の庭先で、ひねったばかりの軍鶏をアルミの鍋で醤油で炒めただけの軍鶏肉を食した。
こんなに旨い鶏肉があったのか!と感激した印象が強すぎるかもしれない。

外食する機会は少ないが、池波正太郎が好みそうな店が好きだ。

鰻、どじょう、すき焼き(牛・桜肉・鳥)天丼など。
老舗の味は、昼の混雑時を避け、夕方も早めの時間帯が狙い目だ。

  1. 2010/03/31(水) 23:14:48|
  2. 食生活
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西の谷への進入路

西の谷への進入路

昨年11月頃から工事が始まった、西の谷への進入路が完成した。
未だ供用はされていないから、一部は未完成なのかもしれない。
それにしても、たった50メートルばかりの進入路に5000万円以上の事業費を投じて、利便性が増すような利点が何処に在るのだろうか?
はなはだ、疑問の残る工事であった。
水戸市においても、公開された事業の仕分けが必要だと思う。

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2枚の写真は、取り付け道路の入り口と、出口に向かって。

到るところに辛夷や木蓮の花が咲いている。
どちらも春を告げる季節の花。
辛夷の葉は、匂いもすごく良い。
僕の大好きな花々だ。

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西の谷には、階段の脇に3本植えられているが、他の場所にも欲しい。
成長が早いから、若木を植えれば直ぐに大きく育つだろう。

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木蓮は隣の神崎寺の境内の樹木だが、西の谷と神崎寺の境内は一体化している。
元々、西の谷の敷地は神崎寺の所有だったらしい。
  1. 2010/03/30(火) 23:33:06|
  2. 西の谷
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菜の花(なのはな)

菜の花(なのはな)。

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Uさんのお宅で沢山の菜の花を戴き、春を味わうことができた。
何かがあると、同様なことが続くのはよくあることで、次の日の朝に「菜の花が食べ頃ですよ、摘みに来たら如何ですか」とSさんから電話を戴いた。
Sさんの住まいは水戸市岩根で農業地帯。すぐ近くを那珂川が流れている。
那珂川の堤防と河川敷には3月から4月にかけて菜の花が自生する。
農家のアブラナの種が飛んで自生するようになったのか、或いは国交省が堤防の補強と修景を兼ねて蒔いたのか、は分からない。
大方の河川で、一面に広がる菜の花畑は壮観で、春の風物詩だ。

菜の花畑も綺麗だが、「花より団子」食べるのも大きな楽しみ。
未だ10センチ足らずの頃から、Sさんの近所の堤防に行き「菜の花摘み」をするのは20年来の恒例行事になった。畑で栽培されたもの、八百屋で売られているものに比べ苦味が強く、味わいが深い。
2月頃の北風が吹く中、堤防を上り下りしながら出始めを摘む作業は良い運動にもなる。
今年は、行く機会が無いままに過ぎた。

すでに花盛りとなったが北風の中で約2時間、買い物袋2つがいっぱいに成る程摘むことが出来た。
「菜の花」はアブラナまたはセイヨウアブラナのこと、本来は菜種油採取用として栽培されたのだろうが、今は菜種油採取の目的で栽培されることは少ない。

我が家は、軽く茹で、からし醤油で食するか味噌汁の具とする。
塩漬けにして、少し発酵してからご飯にのせて食べるのも旨い。
足が早いので、取り敢えず湯掻いて、冷凍保存して、適宜使用する。
ジャニーのブログの「ほうれん草の腐乳炒め」を見たのをヒントに「腐乳合え」にしてみたが、これもけっこうな味だ。いろいろと試してみるのも楽しい。
ジャニーのような専門家ではないので、手軽なことしか出来ないが、それはそれなりで。

収穫は毎年、何人かの知り合いに配るがTさんは「オリーブオイルで炒めて、塩・コショウの味付けが好み」と言う。
人それぞれの食べ方があるようだ。


  1. 2010/03/30(火) 00:16:59|
  2. 山野草
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横浜中華街と氷川丸

横浜中華街と氷川丸

横須賀美術館と称名寺・金沢文庫を巡っても時間に余裕が有った。

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久し振りに、中華街に行くことにした。

中華料理は世界で一番の料理だと思う。
豪華料理を食した経験は少ないが、中国本土や香港や台湾を何度か旅した。
北京・広東・上海など、地方ごとの特色も有る。

僕はB級志向で、屋台料理が大好き。
横浜の中華街には屋台はないが、路地裏には食堂のような料理屋も在る。
その中の1軒の店頭で「モツ皿」の貼紙を見た。
どの様なモツ(内臓)料理なのか?

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牛の胃袋(俗にハチノスと呼ばれている)のネギ炒め、だった。
あっさりとした塩味ではあったが、このような調理法も在るのだ、と納得。

次に、有名店の店頭で「肉まん」を買って立ち食い。

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餡が肉イッパイの固まりで、1個でかなりのボリューム。
ついでに「あんまん」も食べる。
これはゴマ餡だから、こってりとした味だ。

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料理屋の他に、中華料理の味噌・醤油・野菜など食材を商う店も点在している。
食材店を覗くと、ついつい買い込んでしまう癖が有る。
自分で調理する訳ではないから、カミさんに文句を言われるのが落ちなのに。
さらに、瓶詰め・缶詰などは目方が有るから、持ち歩くのも大変なのだが。
ピータン・ザーサイ・腐乳・肉糸豆鼓等を買う。

重いリュックを背負って、山下公園に足を伸ばす。

かなり前に、氷川丸が係留されてホテルになった。

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ブリッジに「誕生80年」のような横断幕が掲げられていた。
高校時代、友人がアメリカ留学した時、中央埠頭から「氷川丸」で旅立った。
見送りに来たのは、50年前のことだった。
その友人も、今は亡き人となってしまった。

数年前に懐かしくなり、入場料を払って乗船し見学したことがあった。
「こんな小さな船で何日もかけ太平洋を横断し、シアトルまで行ったんだ」と思った。

かって、沢山のテープが連なり銅鑼の音と汽笛と共似に船出した中央埠頭に眼をやる。

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そこには、大型の豪華客船が停泊しているのが見えた。

  1. 2010/03/27(土) 00:25:18|
  2. 旅行
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称名寺と金沢文庫


「金沢文庫の絵画」2月18日~4月18日


称名寺や金沢文庫、名前は聞いたが、行ったことがない。
と言うのが、大方の人だろう。僕もその内の一人だ。
「横須賀美術館」を訪ねた帰り道「京急・金沢文庫駅」で下車した。
駅から徒歩15分、で称名寺の赤門に到達する。

「称名寺と金沢文庫」と題する地図付のパンフレットによる概略は、

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称名寺ができたのは鎌倉時代で、北条実時(さねとき)の時代。
実時の持仏堂が称名寺になったのは1267年のこと。実時は学問を好み、本や書を集め金沢文庫が誕生した。
建物が建てられたのは1277年頃と言われ、多くの学僧が利用した。
「徒然草」で有名な兼好法師も利用したという。
1333年に北条氏が滅亡した後は、次第に建立当時の姿を失っていった。
金沢文庫もその時々の権力者が資料を持ち出し、特に徳川家康は江戸城の富士見文庫に多くの資料を移した。

時が過ぎ、1930年(昭和5年)神奈川県立金沢文庫として復興。
県立図書館として活動してきた。

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1990年(平成2年)には新館が完成し、現在は、中世文化に関する博物館兼図書館の役割を果たしている。中世の金沢文庫の跡に建つ現在の文庫には、称名寺の文化財などを展示する展示室と図書閲覧室があり、所蔵の文化財は、本尊弥勒菩薩像など一部を除いて、金沢文庫に寄託されている。度々展示もされている。

境内は国の史跡に指定され、赤門、仁王門、金堂などがある。
金堂前の浄土式庭園は、1320年(元応2年)、金沢氏3代貞顕の代に整備されたもので、1987年(昭和62年)復元された。

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浄土式庭園とは、浄土曼荼羅に基づいて配置された庭園のことで、平安時代末期に盛んにつくられた。
僕が訪ねた中では、宇治の「平等院」平泉の「毛越寺」やいわきの「白水阿弥陀堂」などが典型的な浄土式庭園だ。

金沢文庫では「金沢文庫の絵画展」2月18日~4月18日が開催されていた。
鎌倉時代の絵画は、殆どの作品が褪色してしまっている。
従って、ちょっと視ては良く分からない。
古画を理解するには、それなりの知識が必要だ。

仏像絵画について、何も知らないのが残念であった。
  1. 2010/03/25(木) 23:32:11|
  2. 旅行
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ラッパ水仙 

ラッパ水仙  @Uさんのお宅の庭の

宅の庭今日(25日)は一日中雨だった。しかも、最高気温が7~8度で冬に逆戻り。
お彼岸の頃、横須賀・横浜を訪ねた時は20度近く、汗をかくほどだった。

久し振りに、Uさんのお宅を訪問した。
Uさんご夫妻はクラッシク音楽が大好き。
広い庭の一部は菜園だ。
雑草の間に野菜が育つ、自然農法。
パソコンやオーデオにもつよい。
持参のチップをテレビに映し楽しんだ。
京都や横須賀等の旅の記録だ。

Uさんのデジカメは新機種で、上下・左右に移動しながら映し出す。
BGMも付いていて、動画を見るように楽しめた。
技術進歩は目覚ましい、正に日進月歩だ。

抹茶やハーブテイーをご馳走になりながら話をした。
Uさんのお宅で過ごす一刻は僕にとってのオアシス。

ご夫妻は4月に「吉野の桜を」愛でに出かけるらしい。
僕は「吉野の桜」は未体験、実現したいと願っている。

帰りしなに、雨が降っているにもかかわらず、奥様が菜の花を摘んでくださった。
何時もこの時期に、僕は那珂川の河川敷に「菜の花摘み」に出かける。
今年は未だだった、ありがたく頂だいする。

庭には沢山の水仙が咲き乱れていた。
一枝を摘んで、菜の花に添えてくださった。


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家に戻って、中国の戦国時代の銅器に挿してみた。
春先は黄色の花をつける植物が多い。
何故なのか?何時も疑問に思う。

水仙の種類は多いが、は大きく分けて和スイセンとラッパスイセンの2種。
原産は地中海沿岸が原産らしいが、いかにも日本的な花だと思う。
  1. 2010/03/25(木) 21:04:57|
  2. 歳時記
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横須賀美術館  @神奈川県横須賀市観音崎公園内

横須賀美術館  @神奈川県横須賀市観音崎公園内

三浦半島の観音崎周辺は「観音崎公園」として整備され、美術館、ホテル、森のロッジ、自然博物館、ビジターセンターなどが設置されている。


その一角に、横須賀市の市制100周年を記念して2007年4月開館したのが「横須賀美術館」。
別館として谷内六郎館が併設されている。

横須賀線や京急本線の駅から離れた場所、交通の便は良くない。
滞在型の観光施設を目指しているようだ。


「横須賀美術館」



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京急本線、馬堀海岸駅より京急バス「観音崎」行きで約10分、終点で下車する。
せっかくの機会、バスターミナルから灯台を目指す。


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この辺一帯は幕末に黒船が押し寄せ、防御の砲台なども作られ歴史的な遺産が多い場所。


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一方、名も知れず死んでいった人たちも多いのか、浜辺には無縁さんの墓地も在った。

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灯台と東京湾海上交通センターの大きな電波塔への登り口には、西脇順三郎の「詩碑」が立っていた。

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程なく灯台に到着する。

沖を航行する大型船舶、上空は横須賀のアメリカ軍のヘリコプターの訓練か?爆音を轟かせて飛び回っている。
30キロくらい離れている、横浜のランドマークタワーも遠望できる。


浜辺の水は透明に澄んでおり、あまりの素晴しさに驚く。
ワカメを採取する人(漁師らしいが)もいる。

帰り道は駅まで海岸沿いに約1時間歩いたが、昔ながらの漁村(走水港)を見ることが出来た。

大洗から北茨城にかけての漁村は今や壊滅状態の感じがするが、この近辺は沿海漁業が生き残っている感じがした。
外洋と違って内海は魚の成育に適当な環境なのだろうか。

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「横須賀美術館」は芝生のスロープの上に全面ガラスに覆われた建物。

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塩害を防ぐため、特徴的な構造となったと言うが、吹き抜けの展示ギャラリーは自然光を取り込むために天井に穴が開けられていたる。
屋上は芝が植えられ、流行の環境に配慮したユニークな設計だ。

展示室の主な部分は地下になっている。
企画展「ワンダーシニア30」展(2月13日~4月11日)が開催されていた。
60歳から70歳にかけてのベテラン洋画家32人の仕事を紹介しているが、昭和時代の作品1点と近作1点を対比させて、その作家の歩んだ道程を浮かび上がらせる。
横尾忠則、絹谷幸二、島田章三が眼を引いた。

この美術館は島田章三が館長を務めている。


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別棟は「谷内六郎館」が併設され、「週刊新潮」の表紙を飾った原画1300点の内から50~60点が展示されている。

谷内六郎と言えば「週刊新潮」。


創刊当時の谷内六郎の表紙絵は人気を呼んだ。
誰にも共通する、古き良き日本と、幼い頃の郷愁を感じさせてくれる。
さらに、想像力の豊かさは、夢や物語が連想させられる。

使用した画材も展示されているが、誠に粗末なチューブ入りの水彩用具やチビタ筆。
直ぐに道具立てから入る人が多いが、(僕もそう)
描く気持ちと、想像力があれば、それでいいのだ。
しかし、天性の感覚を持っていた方なのだろう。
其の後も、似たような絵を書く人達が次々と現われるが、彼を越える人はいない。

谷内館を観たこと。
それだけで心が洗われ、充分に満足できた。
  1. 2010/03/25(木) 10:36:41|
  2. 美術展
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無鄰菴(むりんあん)@京都市左京区南禅寺草川町

無鄰菴(むりんあん)@京都市左京区南禅寺草川町

瓢亭の隣りは明治の元老・山縣有朋の造営した別荘「無鄰菴」。
東山山麓、南禅寺の近くは高級住宅地の一つ。
野村別邸など、お金持ちの別荘も多い。
その先駆けが「無鄰菴」で山縣有朋が自ら設計・監督した。

無鄰菴2

庭園は七代目小川治兵衛による。
東山を借景とし、明るい芝生に琵琶湖疏水を引き込み浅い流れを配した池泉廻遊式庭園だ。
近代的日本庭園の嚆矢とも言えるものであった。
その広さは約3,135平方メートル。1941年に寄贈されて京都市が管理している。

無鄰菴2


数寄屋造りの母屋、藪内流燕庵写しの茶室、煉瓦造り二階建て洋館が建っているが、庭園が殆どを占める。
母屋の廊下に腰をかけて流れに遊ぶ鴨や小鳥の姿。
東山を望む絶好の場所。
食後のひと時、ノンビリと過ごした。

無鄰菴3

京都には訪ねきれないほどの、名園が沢山在る。
何れも、長い時間と手間がかけられている。


  1. 2010/03/18(木) 10:54:42|
  2. 庭園・公園
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瓢亭の「鶉がゆ」

瓢亭の「鶉がゆ」

40年前頃、骨董・古美術の世界に入門した。
以来、日本文化の源流は奈良と京都にあり、と通った10年間。
年毎に、古きよき日本が失われてしまう。
今のうちに見ておきたい。願いは切であった。

未だ、市電も走り京の町屋の家並も残っていた。
土曜の午後11時発の「ドリーム号」で翌朝朝7時着。
寺社を巡り、又夜行バスで東京に戻る、宿代を浮かすための苦肉の策も編みだした。
貧乏旅行で、殆どが交通費だった。
京都に泊まったら、南禅寺脇の瓢亭の「朝がゆ」を食べてみたい、と思ったこともある。

瓢亭は、今から三百年ほど前(元禄中期)南禅寺へお詣りする人びとの休息所として庵を結んだ、のが始まりという。
当時の東海道の裏街道すじ、京へ上る旅人は、ここで旅衣を更え草鞋を新たにして三条大橋へ向かった。

念願がかなって「鶉がゆ」を味わうことができた。

瓢亭1

瓢亭2

観光案内の写真のように、玄関にある床几・茶つぼ・草鞋などが、往時の名残りを演出している。

瓢亭3

瓢亭4


案内を請うと、茶室に向うような路地を進み、部屋に案内れた。
全部で行く部屋在るかは訊かなかったが5~6部屋くらいだろう。

瓢亭5

瓢亭6

すべての部屋は茶室と同様の造り。

瓢亭7

瓢亭8


瓢亭9

瓢亭10


「鶉がゆ」が主題だが、名物の「瓢亭玉子」を始め、季節の味や香りが加わった会席料理。

瓢亭11

瓢亭12

和敬静寂を心としている瓢亭の滋味豊かなもてなしを受けた。
老舗の味は、もてなしの心だと思う。

  1. 2010/03/18(木) 01:05:44|
  2. 旅行
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プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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