よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

第4回 植田久男(愚海)書展 

第4回 植田久男(愚海)書展 11月25日~30日
          @アートワークスギャラリー


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今日まで(11月30日)まで植田久男さんの書展がアートワークスギャラリーで開かれていた。
一昨日、偶然に立ち寄り拝見した。植田さんと言葉を交わし、作品と人柄に魅力を感じた。最終日の今日、再度拝見した。
今回の展覧会は「故郷」をテーマに近代詩文や自作の詩などを書作品として展示した。


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『千の風になって』の曲で知られる、新井 満の『この街で』と題する詩。
この街で 生まれ この街で 育ち
この街で 出会いました あなたと この街で

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『帰郷』と題する自作の詩。
トンネルを抜けて ふるさとがひろがり
田んぼの一本道を走る
はるかに鳥海山 今も変らず

『しずく』と題する母親に捧げた自作の詩。
好きな菊の季節に
母は静かに旅立った
わずかな衣類と身の回り品を残しただけで
そっと大地に帰依していった


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『顕無量寿真実相経』の一部

等の作品が並んでいた。

画家の中川一政の書が好みらしく、似た雰囲気がある。
子供の無邪気な作品を除けば、大人の物は大なり小なり物まね、ともいえる。
『よき模倣はよき創造に通じる』元から如何に脱するかが難しいのだろう
『書』の作品展や『書道団体の書展』は一般的に面白くない。のは、師匠の風をそのまま、古典をそのまま、というのが多い。
また、仲間内のみが理解しているのでは、とも見える。

その点、図版から知る、井上有一や須田剋太の字は情熱のほとばしるのを感じる。
中川一政もそうだ。良寛和尚の細書きの楷書も魅力的だ。
魯山人は秀吉、一休、良寛を日本の三筆としている。

書は人柄を映し出す。とも言えるだろう。
植田さんの『こころ』が滲み出ていた展覧会だ。

『書は万人の芸術だ』と井上有一は言ったが。
各自の字で良いのだろう。
僕も、筆を手に書いてみたい、と思った。


  1. 2008/11/30(日) 23:28:32|
  2. 美術展
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「朝鮮王朝の絵画と日本」宗達、大雅、若冲も学んだ隣国の美

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「朝鮮王朝の絵画と日本」宗達、大雅、若冲も学んだ隣国の美
@栃木県立美術館 2008年11月2日~12月14日


栃木県立美術館は昭和47(1972)年に日本の公立の近代美術館の先駆けとして鎌倉近代美術館に次いでオープンした。
現代美術をとり上げる珍しい美術館は話題を呼んだ。
大島清館長は従来の考えに拘らず、絵画・彫刻などばかりでなく、ファッションやインスタレーションなど、今では一般化した企画展示を繰り広げた。
主な展示室が地下にあり、流れるように蛇行する展示室は従来の美術館の概念を大幅に変えた。
庭は大理石の階段と池で、新しい魅力に満ちていた。

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あまりの新しさに批判が出たようで、館長が更迭された。
それから以後に、他にも新しい美術館も出来たり、水戸芸術館も開館した。
その様な状況で栃木県立美術館に足が遠のいた。
むしろ、宇都宮市立美術館に行く機会が多くなった。

しかし、ここ数年、新らたな企画を打ち出し評価を上げているらしい。
今回の展覧会も新しい視点で、朝鮮王朝の美術をとり上げている。

*展覧会資料に拠れば
朝鮮王朝は、太祖李成桂(在位1392~1398)によって1392年に創始されて以来、518年の長きに渡り続いた。
近隣の大国中国では明と清、日本では室町と江戸という2つの時代をも超える長命な王朝だった。
日本と朝鮮半島との文化交流の歴史は古く、弥生時代、古墳時代にまで遡る。
そして、その流れは朝鮮王朝時代になっても同様で、日朝貿易などによる物資の往来と共に文物の交流が盛んに行なわれた。中でも、王朝から将来された多くの絵画から日本画壇が受けた影響は決して小さなものではなかったはずです。そこで本展は、日本と同様に中国絵画からの影響を強く受けた朝鮮王朝の絵画を通観し、日本の有力画家たちの制作活動を中心とした室町・江戸絵画との影響関係を探ることによって、東アジアにおける同時代絵画に対する新たな見識を得ることを目的とした。
日本絵画史を考える上で極めて重要でありながら、今まで見過ごされてきた朝鮮時代の絵画を、民画や朝鮮通信使関係資料も含めて通観する初めての試み。また、それらの影響を受けたと思われる室町時代の絵画、宗達や池大雅、伊藤若冲などの近世絵画もあわせて紹介する。

僕も過去に2度ほど韓国を訪れた。
何れも30年以上前、骨董の世界に夢中の時代であった。
中央博物館や、骨董商を歩いた。
日本も現在ほどではなかったが、韓国は発展する以前で、郊外は日本の原風景を見る想いがした。
その頃、李朝《朝鮮王朝》時代の民衆絵画や白磁なども買い集めた。
それ以前の新羅や高麗の焼き物も集めた。
真贋の程は分からないが、何れも今は手放してしまった。

雨の中を、朝鮮王朝時代の品々の、お目にかかりに行った。
先ず、宇都宮駅前の餃子店で腹ごしらえ。先月、エビネンコ氏と餃子屋をはしごして、一番美味しいと思った店だ。
スタッフ全員が中国人。皮が厚く、大きく、本場中国の味。
杏仁豆腐とジャスミン茶で寛ぎ、美術館に向う。

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第一部朝鮮絵画の精華。(朝鮮絵画の流れ、仏画の美、絵画と工芸、越境する花鳥の美)
第二部日本人のまなざし。(交流の形、日本絵画に与えた影響)
の二部に渡って構成されていた。
僕の好きな朝鮮の民画は赤、黄、青、黒、白の5色で描かれていること。これは中国の五行説に基づく「五方色」と呼ばれる。
日、月、山、水、石、不老草、松、鶴、亀、鹿の10の文様は「十長生文」と呼ばれ、縁起の良いものとして多く描かれた。

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伊藤若冲の升目のような描き方は、朝鮮絵画の「紙織」という技法が原点なのでは?という感じの説に納得する。若冲の絵にはコンピューター・グラフィックのような、升目と点で描いたものの原点は、一度描いた絵を細く切り離し、再度織り上げる技法の絵画によるのかも。
室町時代から江戸時代にかけて、中国絵画が珍重されたが、朝鮮絵画を中国人作家の作と偽り流通したらし。
従来、中国人作家と思われた作品が、最近の研究で朝鮮王朝時代の作品とされることが多くなったようである。
何時の時代も、産地の偽装は行われていたようだ。

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宗達や大雅や蕪村も朝鮮絵画の影響を強く受けているということも良く分かった。
どちらにしても、中国、朝鮮、日本は兄弟のようなもの。
お互いがもっと理解して、よき交流を積み重ねられればと思った。

  1. 2008/11/28(金) 09:21:12|
  2. 美術展
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「大ナポレオン展」  @茨城県近代美術館

千波湖周辺の散歩に出かけた。
近代美術館周辺、銀杏は黄葉の盛りだが、桜やポプラは葉を落とした。
作業員が落葉を掃き寄せ、集めている。最近はエンジン付で吹き寄せる便利な器械がある。
これがあれば、“西の谷の清掃も楽なのに"と思った。
帰りがけに、西の谷へ回ったら清掃作業が行なわれていた。草刈りと、落葉集めをしていたが、ここでもエンジン付の吹き寄せ機を使用していた。

「大ナポレオン展」  @茨城県近代美術館


ナポレオン名前は知っているが、どの様な功績かを良く知らない。
この展覧会、学校教育にも役立つのだろう。先生に引率された小・中・高生が多数訪れていた。
海外では美術館に行くと学生が多いが、僕は日本の美術館であま出会ったことが無い。
もっと美術館・博物館で授業をすればいいのにと思う。教科書で学ぶのとスケールの違いが有る。
茨城県立近代美術館で宝石のコレクションが展示されるのは初めての事だろう。
本展の作品は、海外でも有数のナポレオンの個人コレクションと東京富士美術館の所蔵品を加えた絵画、彫刻、書簡、家具、ジュエリーなどの資料により、ナポレオンとその時代を浮き彫りにする試み。大変勉強になりました。
東京富士美術館は宗教団体の運営に依るが、多くの美術館は宗教団体が設立した物が多い。
宗教と美術は一心同体なのだろう。教祖は美術品がお好きなのかも。

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アカジのから揚げ

「ちゅう心」での食事

一旦、家に戻る。夕方は大洗の「ちゅう心」での食事会。
何せ、同行諸氏の顔ぶれが最高。
期待通りの料理に大満足。

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〆の地魚のにぎり

料理は言葉じゃなく自分の舌で味わう以外にない。

水戸に戻ってもう一軒。ジントニックを2杯戴いてお開き。
このような一日は、年に何度もないでしょう。

  1. 2008/11/27(木) 01:00:14|
  2. 美術展
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BankART Life Ⅱ

BankART Life Ⅱ

横浜トリエンナーレ2008と連動するプログラム「BankART Life Ⅱ」は横浜市の中心部の南北2キロ×東西1キロの街の中に多くのイベントが埋め込まれている。
鑑賞者は催事の記されたのマップを片手に、巡り歩く事になる。これは水戸で開催された「カフェイン水戸」と同様な仕掛けだが、街の規模が異なるので、とても一日では回りきれない。
移動手段もバスや地下鉄などを利用することになる。
次回水戸で行う際、地域を広げてみるのも良いのではと思った。

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中心となる展示施設は《BankART 1929 Yokohama.》と名付けられた、石造りで2階まで吹き抜けのあるホール、を含めた地下1階地上3階建の元銀行の建築物(1929年竣工)を、美術展示室として再利用している。
場所はJR桜木町から徒歩5分くらい。ランドマークタワーを望む超近代的な町並みの一画。
再開発によって生まれ変わった。ホテルや観覧車などを含め、正に新横浜の中心と成るのだろう。
未だ手付かずの保留地もあり、数年後に開催される開港記念祭?に向けての新たな施設造りも始まったようだ。


僕が始めて桜木町に降り立った時、もう45年以上前のことだろう、その頃、国電は桜木町駅が終点だった。
記憶は定かでないが、駅前の運河には多くの船が係留され、船上で生活しているような人たちもいたように思う。
当時としては当たり前のことであったろうが、現在の整然と整備された状況から想い出すのは難しい。

再開発に伴ない、由緒あるビルも空き家となるところも多くなった。
元は銀行だった、このビルの再利用が始まったのは2004年。
横浜市が推進する文化創造事業の一環として、歴史建造物や港湾施設を利用しながら都心部再生の起爆剤としようとして事業を展開する拠点と成っている。
毎年多くの企画を立て展覧会やイベントを繰り広げ、その活動は全国から注目されている。
先日の水戸での講演会に代表の池田修さんも講師として招かれ、その手法を話してくれた。

今回のテーマは「心ある機械たち」展。
IT機器の進化による超精密に動くロボットなどが益々進化している中、機械的に動く作品はテーマのように《心ある》様に思え、愛らしく微笑ましい動きをする。原始的な機械の動き。ともいえる。

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中央に、以前に水戸芸術館で放射線感知服や大型ロボット作品を発表したヤノベケンジの大型動物のロボットのような物が据え付けられている。僕が見たときは、調整不良で動かなかったが、そこが又今回の展覧会の特色だろう。
日立在住の田中信太郎の作品は、自動演奏のピアノ。ベルトと棒で、危なげに鍵盤を押しながら演奏する。
川瀬浩介のボールベアリングが落ちながら木琴の鍵盤を叩きながら音を奏でる。

このほかの作品も電源を切らない限り、永遠に同じお動作を繰り返してゆくから見飽きることはない。
3階の人形に襤褸の服を着せ、頭部の紙袋が持ち上がったり、下がったりする作品の作者は磯崎道佳で水戸出身である。
同じ3階に中原浩大の空を写した長大な写真。何か計画性を持って撮影したらしいが詳しい事は分からない。
判らないというのもいいことで、そのうちなぞが解ける楽しみも有る。
2階に上る階段の天井にも作品が吊るされている。外光が採り入れられ狭い階段が広く明るく感じる。
中二階は美術館グッズを販売しているが本なども沢山の種類をそろえている。

同じバンクアートが運営する《日本郵船の海岸倉庫》のビエンナーレ会場に行く。今回の目玉は、大体この会場に集っている。元倉庫を展示室に使っているから、多少迷路の様でも有る。
屋上も「ルーフトップパラダイス」と名付けられて約24のグループがイベントを開催。都市の中で空に続く台地の屋上。野菜を栽培したり、同時多発的なダンスイベントも有るらしいが、完全予約なので残念ながら観る事はできなかった。

その後、赤レンガ倉庫を観て、内部展示は映像が主体でザーと見たのみ。
大桟橋に豪華客船「飛鳥」が停泊しているのを眺め、街中に戻る。

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馬車道に面した、神奈川県立歴史博物館(旧正金銀行本店本館)をみて、伊勢崎モールから黄金町に。
以前は怪しげな町、多少その感じは残っているが、その一帯を画廊や展示場に改修し、これから新たな街を創ろう!という感じだが、マダマダ道は遠くに感じた。京急線の」線路土台の改修工事と平行して進めているようだ。



  1. 2008/11/25(火) 06:33:34|
  2. 美術展
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横浜本牧・三渓園

かねてから、横浜の三渓園に行ってみたいと思っていた。
僕の好きな、鎌倉東慶寺の仏殿が移築されているからだ。
現在開催されている「横浜トリエンナーレ2008」(9月13日~11月30日)の会場の一つとなっているので、トリエンナーレ鑑賞を兼ねて行くことにした。

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三渓園は、生糸貿易で財を成した横浜の実業家・原三渓の元邸宅。
彼はここに京都や鎌倉などから歴史的に価値の有る建造物を移築し、明治39(1906)年"三渓園“として一般に公開した。
175,000㎡(約5万3000坪)の園内には、10棟の重要文化財を含む17棟の古建築物が四季折々の自然の景観の中に巧みに配置されている。第二次世界大戦では大きな被害を受けたが、昭和28(1953)年原家から財団法人三渓園保勝会の手に移されたのを機に復旧工事が行われ、5年後にほぼ昔の姿を取り戻した。(入園時のパンフレットに拠る)

とにかく敷地が広い。
僕の調べたところでは、水戸の偕楽園が約15㌶で三渓園は17.5㌶だから、如何に大きいかだ。
三渓園の名のごとく谷合から3本の水脈があり池に流れ込んでいる。中央の小山の頂上には旧灯明寺の三重塔(1457年)聳えている。関東地方では最古の塔とのことである。

トリエンナーレの第4会場としては、丁度、旧東慶寺仏殿周辺が会場。

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中谷芙二子の作品は。
「雨月物語-懸崖の滝」とだいされ、流れに落ちる小さな滝周辺に人工的な霧を発生させ、幾つかの照明を当て、幻想的な空間を演出している。隣り合わせの旧東慶寺仏殿まで霧が流れてくる事もある。

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ホルヘ・マキとエドガルド・ルドニッキーの作品は。
旧東慶寺の仏堂内に、毎回10名が入場して約20分間、退出不可能な中で、瞑想状態に成ることらしいが、お堂の外観を拝見し、写真を撮影したので、十分と己を納得させて辞す。

隣は白川郷から移築した合掌造りの住宅。
ティノセガールの作品は。
旧矢箆原家の住宅(上記の合掌造り)の広間で、男女2人のダンサーが絡み合ってスローモーションのごとくの動き(ダンスの一種という事なのだろう)を無音の中で、延々と繰り広げる。作家は何もせず、観客がある体験をするような状況を設定するだけで、観客の心に留めることのみが、作品ということらし。
内藤礼の作品は。
「横笛庵」という茶室の部屋に灯明をともし、くもの糸の様な細い繊維が、灯明の熱の対流効果で揺らめいて観える。繊細な素材を用いて穢れなき静謐な空間を織り上げ、小さな存在を慈しみ、空気、光、時は取り込まれて、そこに佇む人たちと一体化する。

何れの作品も三渓園の自然と古建築に融合し、現代美術から受ける軽さを感じなっかた。
如何にに環境が重要かとも言える。



  1. 2008/11/24(月) 12:34:34|
  2. 美術展
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プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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