よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

『ニュー・シネマ・パラダイス』

『ニュー・シネマ・パラダイス』
水戸テアトル西友 クロージング上映 2008年8月30日・31日




水戸市泉町のサンスポーツが閉鎖される話しに続いて、水戸駅前リビン内のテアトル西友が8月末をもって閉館される事となった。1988年の開館から20年、誠に寂しい話しだ。
開館当時、既に映画が娯楽のすべての時代ではなくなっていた。しかし、落ち着いた内装や、ゆったりした座席。
収容人員数が少ない特色を生かし、埋もれた名作等も紹介した。
2館が併置されたのも当時の水戸としては斬新だった。
単に物を売るばかりでなく、文化を事業とする西武グループの絶頂期で、その影響は身とまで及んだ。
その後、大作主義のハリウッド映画の影響が強くなり、シネコンと呼ばれる映画館群が主流となった。
映画も大衆娯楽の一端でしかなくなった。

戦後テレビが一般化する以前、映画は娯楽の全てといっても良かった。
映画が生活全般に影響を与える教科書でもあった。
僕の子供の頃は、西部劇や戦争映画、ヨーロッパ中世の剣豪物、ターザン映画などを観にいった。
青春時代はドイツ・フランス・イタリア映画を名画座のようなところで観た。

凝り性ではないから、“誰が監督した何年の作品で主演は誰で、音楽は誰。”ということも気にしないで観ていたが、映画を観る事は生活の一部で日常の事だった。

最近は映画を観る機会が少なくなった。
最後に観た映画は題名は忘れたが「エディトピアフ」の物語。

今回の、水戸テアトル西友の閉館の話はエビネンコ氏より聞いた。
「大好きな映画なのですが、残念ながら出張中で観られません。是非、代わりに観てきて下さい」とのことだった。

パンフレットの短い解説に拠れば『ニュー・シネマ・パラダイス』はイタリアの名匠ジュゼッペ・トルナトーレによる、映画史に残る至高の名作。戦後間もないシチリアの小さい村で、少年トトと映画技師あるフレードとの心のふれあいを描き、世代や時代を超え、今も愛され続けている物語。
監督・脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ。出演:フィリップ・ノワレ、ジャック:ペラン、サルバトーレ・カシオ。音楽:エンニオ・モリコーネ。(1989年・イタリア=フランス・123分)という事だ。

切なく美しいメロデーは、テレビ番組のナレーションにも使用されているので、何度も聞いた事がある。
この映画の主題歌とは知らなかった。映画好きの少年が無銭入場を図るエピソード等、僕も同じ経験がある。
パラダイス座を舞台に繰り広げられた悲喜こもごもの人間模様。
映画人口の減少による経営不振から閉館。更に爆破して解体され跡地は駐車場になる予定等。
1989年に制作された映画だが、日本と変わらない状況だ。
最後のシーンはこの映画自体、自分の体験を振り返る気がして涙ぐむ。
終了すると、ほぼ満員の客席から一斉に拍手が起こった。映画を観終わった時に、拍手が聞こえるなんて、久し振りの体験だった。

閉館に際して、7月から週代わりで上映作品が替わったが、最終の2日間の『ニュー・シネマ・パラダイス』こそ最後を飾る作品であったに違いない。
  1. 2008/08/31(日) 09:56:09|
  2. 趣味
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サンスポーツ21 さよならパーティー

サンスポーツ21 さよならパーティー

サンスポーツ21は1990年に水戸市泉町に開業した。
水戸芸術館開館の時期で、一階にはサントリーのパブも在った。
何れも懐かしい想い出だ。

以来18年、スイミングスクール、フィットネスジム、ヨガ・エアロビクス・ダンス・ピラテス等のエクササイズのレッスン。サウナや屋外のジャグジーバスなど多彩な内容は多くの人達に沢山の楽しみを与えてきた。
残念ながら、本日(2000年8月29日)をもって閉鎖される事になった。
夕方7時から会員有志によるさよならパーテーが開催された。

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僕は会員になって2年。短い期間であったが、十二分に楽しませて戴いた。
5階屋上に設置された屋外のジャグジーバスは雨が降ろうが、雪が降ろうがい一年中楽しめた。湯船から見渡す夕日の沈む頃の景色、或いは秋の空の月、星空、成田に向かう航空機の姿など印象深い。特に、元ユニーのビルが取り壊されて更地になり、水戸駅方面まで見渡されるようになった。風景は遠い新県庁舎まで望む180度のパノラマ。
プールと風呂場の脇に設置されたサウナも快適だった。
銭湯以上の大きさの浴場も良い気分であった。
10時の開館と同時に誰もいない朝風呂に入る、幸せは言葉にならない満足感を味わえた。
スポーツより風呂が楽しみだったが、ピラティス・ヨガ・ストレッチなどマットで出来るエクササイズは背筋を伸ばす事や呼吸方法等を学ぶ事ができた。

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7時から始まったさよならパーテーの参加者は約50人。
皆で名残惜しんだ。
縁があればまたお会いしましょう。

  1. 2008/08/30(土) 01:07:42|
  2. 水戸
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「祈りの痕跡」展  

21-21
地球文字探検家、浅葉克己ディレクション。
「祈りの痕跡」展  @21_21 DESIGN SIGHT(東京ミッドタウン・ガーデン内)


2007年3月六本木に、東京ミッドタウンがオープンした。
この場所は旧防衛庁の庁舎の跡地。さらに歴史を振り返れば、江戸時代は萩藩毛利家の下屋敷。
明治時代は陸軍の駐屯地、終戦後は米軍の将校用住宅地。
日本に返還後は防衛庁の庁舎として使用された。

45年前、この近辺で仕事をしていたが、六本木の交差点は本屋、アマンドコーヒー店、後藤花店等静かな街だった。
現在の状況は想像を絶する。

2,000年に防衛庁が市谷に移転した後、2001年東京都の再開発計画により三井不動産を中心とした6社のグループに売却された。2004年に着工した複合施設のビル群は2007年に完成し、3月にグランドオープンした。
ホテル、住居、事務所、商業・文化施設、レストラン、病院、公園など。
デザインを再開発のテーマとしている。サントリー美術館やフジフィルムのギャラリー、三宅一生デザイン文化財団が運営する21_21DESIGN SIGHTなど。
近隣の森美術館や新国立美術館と共に六本木アートトライアングルを形成する事になった。
更に、この開発の特色はミッドタウンガーデンや檜町公園など緑地の占める面積が広いことだ。
防衛庁時代からの桜の並木等移植されて入るが、以前の緑を保持されている。檜町公園は港区の管轄というがこれからの開発は官民一体となって十分な緑地を確保する事の重要性を感じた。

水戸市でも幾つかの大型な再開発が計画されているが、見習って欲しい。
予算のかかることで難しいとは十分承知するが。

ミッドタウン訪問は今回で2度目。
写真を趣味とする友人が公募展に入選して、フジフィルムギャラリーで展示されている作品を見るのが目的のひとつ。
更に、広大なミッドタウンガーデンの一角を占める、21_21DESIGN SIGHTを観ること。今は、浅葉克己ディレクション。「祈りの痕跡。」展を開催中(7月19日~9月23日)。
安藤忠雄設計によるこの施設は展示空間は地価に設置されて地上部分は平屋で緑の公園の景観に見事に馴染んでいる。


看板

=最初に痕を付けたのは、誰か。5000年前、シュメール人が粘土板に楔形文字を刻んだ瞬間、人間の思考、感情、芸術、科学は記録という行いによる永遠の生命を獲得した。「書く」という人類最大の発明から生まれる芸術や文化は、過去から未来に、個人から集団に伝染する軌跡の痕跡である。21_21DESIGN SIGHT の舞台に登場するこれらの痕跡は、現代人の意識に新たな痕跡を刻みつけるだろう。文字通り、浅葉克己が脚で探した地球発の表現を目撃するエキジビジョン。=(展覧会リーフレットより)。
それを具体的に13名の作家の作品と藤井有鄰館が所蔵する、秦の始皇帝が文字を統一した時の篆書体など、貴重な物も展示されている。
第一室は「古今東西、思いを記した痕跡」第二室は「さまざまな文字の世界」の2部で構成されている。
過去から現代、さらに未来へとつながるコミュニケーションのあり方を考えるヒントが展示されている。
文字の多様性、重要性を再認識した。
  1. 2008/08/28(木) 17:22:41|
  2. 美術展
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「船越桂 夏の邸宅」展

『船越桂 夏の邸宅』展 @東京都庭園美術館  9月23日まで
アール・デコ空間と彫刻、ドローイング、版画


東京都港区白金台に殆ど手付かずの武蔵野の面影を残す広大な自然が在る。
国立科学博物館付属自然教育園だ。江戸時代は高松藩の下屋敷だった。
其処に隣接して東京都庭園美術館が在る。
朝香宮邸として昭和8年(1933)に建てられた建物を、そのまま美術館として昭和58年(1983)開館した。
戦後の一時期、外務大臣・首相公邸、迎賓館等にも使われた由緒ある建造物。
1920年代から30年代に掛けてヨーロッパを席巻した美術様式「アールデコ」を現在に伝える。

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広大な庭園と歴史的建造物の室内に飾られる作品は、他の美術館にない特色だ。
僕のお気に入りの美術館一つである。
今回は彫刻家・船越桂の展覧会だが、彫刻に加えドローイングや版画も展示されている。

1980年代はじめから木彫彩色の人物像によって日本の現代彫刻をリードしてきた船越桂(1951-)の作品、彫刻19点、ドローイング約40点、版画約20点が展示されている。アールデコ様式の個性豊かな部屋、(バスルームを含め)置かれた船越作品はなまめかしく、妖しい雰囲気だ。近年のスフィンクスシリーズは獣のような長い耳、鳥の翼など今までの人物像を越えた謎めいた作品だ。

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船越作品は、テレビと那須の<ショウゾーカフェ>で小品を見たのみだった。
今回は邸宅の部屋という空間に見事に融合した作品を見ることが出来た。
  1. 2008/08/24(日) 16:12:52|
  2. 美術展
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トルコ ギリシャの旅 9

エフェンス発アイワルクに

途中にペルガモンの遺跡がが在るが、進行方向右側に20~30kmくらい入った所で残念ながら見ることは出来なかった。
昨年の今頃、ベルリンのペルガモン博物館で遺物を見たので遠くから通過するのみでよいから、見たいと思っていたのだが。

アイワクルは海辺の小さなリゾート地。
港の突端に江ノ島に似た感じの地形に建つホテル ハリッチパークに8時に到着。
完全なリゾートホテルでプールを初めプライベートビーチや専用の桟橋もある。
夏のトップシーズンには海外からの観光客で超満員になるらしい。今は、嵐の前の静けさという感じ。
食後、庭園、プール、ビーチを散策する。こんないいホテルに泊まりながら明朝に発つのは残念だ。

トロイ遺跡~イスタンブール

7:30 朝食後 トロイへ。(150キロ 2時間30分)10:00 トロイの遺跡着。
中学か高校時代にシュリーマン(1822-1890)の自伝『古代への情熱』《岩波文庫》を読み考古学者に憧れたことがあった。
考古学で飯は食えないとあきらめたが、好きな道で何とかなったかもしれない。想い出の地を訪ねるのは今回の旅の動機の一つ。

シュリーマンは既に伝説の人。
評価はまちまちで考古学に詳しくなかったとか、10ヶ国語程度をこなしたのは虚偽だった。など自伝にまつわる事項の真実は疑問視される事もあるようだ。しかし、ホメロスの『イーリアス』『オデッセイ』の物語からアギリシャに先立つミュケナイ文明の存在を明らかにした。ミケーネ、トロイの発掘は偉大な素人と呼ばれようと、素直に評価して夢を持たせたままが良い。
入り口に観光用に作られた木馬が設置されているが、造形的には稚拙で、笑ってしまう。
むしろ無い方が、と思えたがこれも必要悪なのか。

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この地に初めて集落が出来たのが、紀元前3000年ごろ。以降、繁栄と没落を繰り返し、アレキサンダー大王もアテナ神殿を奉納した。長期に渡って繁栄したので、遺跡は9層に分類されている。トロイの戦い(紀元前12~11世紀)は第7層といわれている。
遺跡は保存や修復が良くなく、分かりづらい。
狭いエリアだから1時間で十分に1周できる。古代、間際まで来ていた海岸線ははるか彼方の先だ。
遺された石組みに咲く赤い芥子の花がなんとも印象的。

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 夏草や兵どもが夢の跡     芭蕉  
この俳句と共通の世界を感じた。

トロイを後にイスタンブールに向かう。約345㌔・6時間30分の行程。
トルコが東西の接点という場合、イスタンブールのボスポラス海峡のみと考えるが、マルマラ海とエーゲ海をつなぐダーダネルス海峡を含めて考えなければ成らない。とは来て見て初めて分った。
トロイ遺跡の近くチャナッカレ郊外ラプセキ港からフェリーにてヨーロッパ側のゲリボル港に。
バスもそのまま積み込んで渡るのだが所要時間は30分位であっただろうか。東洋から西洋に渡る、これまた、楽しい経験だった。甲板でチャイを飲みながら景色を眺めている内に到着。   
船着場の脇に数軒のレストランが在り、その中の1軒で“ケフタ”の昼食。広場の一角に、軍の詰め所があり銃を手にした兵士が警戒していた。

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オリエント急行の出発・到着駅、シルケジ駅

時代がかった駅舎は、アガサクリステーの『オリエント急行殺人事件』の世界にいざなう。
待合室だった所がレストランになっており、壁面にはオリエント急行に関連したポスターや写真等が沢山飾られている。
観光客用のレストランとして人気のようで、客がひっきりなしだ。我々の夕食もこのレストランで、煮込み料理を食べた。


今日でトルコを離れる。「トルコ」はどんな国なのだろう?アジアでもなくヨーロッパでもない東西の接点としてのトルコ。
国の広さと多様性。今回旅したのは、おそらく三分の一くらい。
大まかに分けて、ヨーロッパ側のトルコはトルキアと呼ばれ東欧とギリシャと隣接している。
次に黒海沿岸、ここは今回行ってないが、静かで観光客も無くグルジア・ロシアに連なる。イ
ラン・イラクに接する地であり緊張を秘めた地域が中央アジア的トルコ。様々な民族が覇権を争って行き交った。そ
して今回旅した中央アナトリア。更に西側の地中海・エーゲ海沿岸のトルコ。
今回旅したところだが、美しい海岸と高級リゾート地。
トルコは多様性に富み、お互いが微妙なバラスで国としてまとまっている。何時も、そのバランスが崩れる可能性を含んでいるようだ。
ありえないことを願うが、トルコがまとまらなかったら、レバノン・シリヤ・イラクへの影響は計り知れない。
  1. 2008/08/21(木) 20:58:07|
  2. 旅行
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プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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