よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

緑ゆたかな横浜の公園墓地

緑ゆたかな横浜の公園墓地

横浜のF君宅に泊めてもらい、ヴァンクーバーに1ヶ月のショートステイをした話しを聞いた翌20日は秋彼岸の入りの日だった。
朝食後「市営墓地の分譲があり、申し込んだ。高倍率の抽選だったのに、当ったんだよね。分骨したお袋の遺骨をお寺に預けてあったのを埋葬したので、一緒にお参りに行かない?」と誘われた。彼の母親には生前お会いした事が有る。
墓地は彼の家から車で30分程の距離で丘陵の頂上の見晴らしのいい場所。
以前の《大船ドリームランド》という遊園地の跡地だとのこと。跡地の半分は新設された薬科大学と成ったが、残りは市民の野球場と公園墓地として整備されたとのことだ。

墓域と公園が見事に調和してまるで外国の墓地のようだった。
宗教は問わないが、お線香は使えないとのこと。
占有する墓域は1平方メートルくらいで、骨壷6基程度が埋葬可能だという。
墓標のプレートはA4版位の大きさに統一されている。お花入れは小さいのが一基のみだ。他に納骨堂に収納するタイプもあるらしい。入り口には管理事務所もあり、花も売っている。鯉の泳いでいる池もあり、植栽された木や花壇も手入れが行き届いている。参詣者用のコインパーキングも30台分くらい完備している。

分譲価格は一基100万円で自分好みの墓碑銘代が別途に5万円程度かかるようだ。
それ以外は年間一万円の管理費のみだという。

水戸市にも浜見台霊園など公営の墓地も有るが、このように明るく整然とした感じはしない。核家族で少子化の時代このような維持管理の簡易な墓地の必要性は高まるだろう。
更に、犬や猫などペットも一緒に埋葬できる墓地なども分譲される場合もあるようだ。

お悔やみに出席する度に、葬儀のやり方やお寺や埋葬や墓地など多くのことを自分の身に置き換えて考えてしまう年齢になった。我が家は既に両親の墓地が在るが『千の風になって』がはやり歌から定着した唄になった感じを受ける。
人それぞれだが墓地という具体的なものでなく、こころの持ちようであることにも共感できる。
自分の葬儀や埋葬など、出来るだけ簡単にしてほしいと思っている。

緑ゆたかな公園墓地を訪れ、あれこれと思いをめぐらせる機会となった。
  1. 2007/09/25(火) 00:15:20|
  2. 庭園・公園
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短期の海外滞在

ヴァンクーバーからの手紙


F君夫妻が、この夏カナダのバンクバーに1ヶ月滞在した。
コンドミニアムを借りて生活し、観光の合間には社会人学級の英語教室に通って英会話力をつける目的で出発した。
定年後のライフスタイルとして、僕も以前からやってみたいと思っている。しかしながら、実行するのは難しいことである。
8月にヴァンクーバーの街を俯瞰する、きれいな絵葉書が届いた。
裏には、英語の文章が添えられていた。
英語力は確実に向上しているようだ。

Dear Yo,
How are you? I have been in VAC since Aug 1st. The apartment stayed by me is a high building near a green park, center of the photo(reverse side). A large green of the upper map (Starlay Park) is the rest place of VAC citizen. Upper right-hand over the bay is north VAC. A quiet residential area expending to the foot of mountains.
Every day, we walk and walk in this city. My wife has come to be a good speaker of English. But I・・・・・
See you again. By F

帰国後一段落した頃を見計らって、どうであったか?を聴きたくて連絡を取ると、「泊りがけでいらっしゃい」とのこと、ご厚意に甘え横浜の彼の家を訪ねた。
奥様のパエリアの手料理をいただきワインを飲み、撮影したビデオを見ながら話を聞いた。
残念ながら、ヴァンクーバーは市の職員がストライキ中で殆どの行政サービスが停滞しており、社会人学級の英語教室の授業を受けることが出来なかったとのことだ。
しかし、昼間は散歩をしながらの観光。夕方は仕入れた食材を調理し、二十数階の部屋から夕陽を見ながらシャンペンとワインの食事を愉しむ毎日。
シアトルにも行き(数時間で行ける距離らしい)マリナーズの野球観戦をしたり、と充実した日々。
天候は気温25℃位で湿気も無いので快適な生活を送ったとのことだ。誠にうらやましい限りである。

リタイヤ後は、何処の国でも良いから、最低一ヶ月以上の滞在型の旅行を経験することが夢だった。
4,5日から1週間程度の海外旅行は年に4回のペースで出かけたが、滞在しての旅は未だに実現していない。
はたして、来年は実現するでしょうか?
  1. 2007/09/24(月) 22:32:03|
  2. 旅行
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ヒビノアサガオと『佐川一信・追悼集』


ヒビノアサガオと『佐川一信・追悼集』

このところ、異常気象と言うのが当たり前な世界的な状況だが、今年の夏は猛暑日の連続だった。通常ならエアコンを点ける日は少ないが、今年は点けっ放しの毎日だった。
あまりの暑さに、気力体力を失いブログ書きも夏休みにしてしまった。台風の前触れで今日は蒸し暑いが、このところ大分涼しくなってきた。気合を入れて全てに頑張りたいと思っている。

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我が家の庭、というか洗濯物干し場に生えている朝顔が、毎朝美しい花を咲かせている。蔓を伸ばす為の支えや縄を添えてないから、ツル同士が絡みついたり植木に絡んだりしながら、次から次に花を咲かせる。早めに咲いたところは、種を付け始めた。家の東と西側の軒下は道路に面しているが、そこにも咲いて行き交う人たちを愉しませている。朝顔も各種の色が有るが、我が家の庭は赤紫系・青色系の2色だ。

この朝顔を、僕はヒビノアサガオと名付けている。
ダンボールを使った美術作品を創ることで知られる日比野克彦は、幅広い活動で日本全国はもとより世界各国で活躍している芸術家だ。『HIBINO EXPO 2005・日比野克彦の一人万博』というタイトルの美術展覧会が2005年8月6日から9月16日まで水戸芸術館で開催された。展覧会の一部として、2003年に新潟筋平で始まった『明後日朝顔 プロジェクト』も行われた。これは、朝顔の種・苗などを展覧会の会期の前に街中に植え、展覧会の会期中に花を咲かせる趣向だった。何処かの誰かが、我が家の軒先にも苗か種を植えたのだろう・・・日比野克彦の一人万博の会期中に朝顔の花を咲かせた。その後、花は実を付けた。その種を翌年に播くと、花を咲かせ実を付けた。今年もまた採取した種を播き、順調に育ちきれいな花を咲かせている。というわけである。

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このプロジェクトは毎年増殖し、今年の『明後日朝顔プロジェクト 2007』は福岡、金澤、岐阜、沖縄など全国14箇所で行われているとのことだ。水戸でも2005年以降続いており、水戸芸術館2階の回廊・水戸京成百貨店の東の壁面などに花を咲かせている。正式なプロジェクトより、我が家の例のようなアチコチの民家の庭に咲いた、隠れプロジェクトの朝顔が圧倒的に多いと思うのだが。

8月18日から10月14日まで水戸芸術館で『ひびのこづえの品品 たしひきのあんばい』と題した展覧会が開かれている。ひびのこづえ氏はコスチューム・アーティストとして若い女性から圧倒的な支持を集めている。舞台・オペラ・映画・バレエなどのための衣装のデザインをする傍ら、個展で展示発表している。NHK教育テレビの「にほんごであそぼ」の衣装・セットを担当し2004年には番組としてグッドデザイン賞を受賞して一般の人たちにも知られるようになった。

今回の展覧会では新しい分野としてテーブル・椅子・ベッド・風呂・棚・ラックや絨毯などまで幅広い作品が並んでいる。更に目新しい企画は展示作品の殆どに定価が付けられて販売されていることだろう。コスチュームでもコマーシャル撮影用などの奇抜なデザインの作品は実際に着るとなると躊躇する物があるにしても、着ようとすればどれも着用可能な作品だ。アーチスト・美術家・クリエーター呼び名は色々有るだろうが、才能ある人の無限な想像力はタダ感心するだけだ。今回の展覧会では会場のスタッフ(芸術館ではフェイスと呼んでいる)が着用しているユニフォームまでデザインしている。今回の展覧会のフェイスは皆さん生き生きした印象を受けた。

会場の出口付近には「こづえ本舗」と名づけられた特設売店が設けられハンカチ・バック・スリッパ・ポーチ等々、若い女性の好む雑貨も売られている。通常の美術展覧会の観客とはかなり異なる人達だが活気がある。ひびのこづえ氏の追っかけというかフアンらしい目立つデザインの服を着た観客も居る。

8月18日の展覧会の初日にはご主人の日比野克彦氏も来館して一般の人達と一緒に展覧会を観ていた。2階の回廊には『明後日プロジェクト』の朝顔が咲き夫婦の作品が競演している。日比野氏は前回の展覧会の際水戸に泊まりこんで制作した。その後も、事有る毎に水戸に足を運び多くの人達と交流を重ねている。僕は直接お話をした事が無いが、偉ぶらず気さくな方のようだ。小沢征爾さんを始め水戸芸術館に多くの音楽家・美術家・演劇人が訪れ、仕事をしてくれている。しかも水戸に愛着を持ち、水戸を故郷のように感じている人達も多いようである。

水戸芸術館の催事のために、遠路はるばる水戸においで頂く人達も多い。水戸芸術館は水戸市の誇りと僕は思っている。今年5月30日、水戸芸術館に尽力した故佐川一信水戸市長と吉田秀和水戸芸術館長に「水戸市名誉市民」の称号が贈られた。

8月1日に佐川一信元水戸市長の追悼文集『声低く語れ 佐川一信追悼集』が発刊された。執筆者83人、605ページ、写真も多用された豪華な本である。佐川氏の後援者であった吉田光男氏は序文のなかで『彼の考え方や行政手法をこのまま埋もれさせたくない、それが本書の編まれた第一の理由である』さらに『文化のことを第一に据える心意気。私心の無さ。それに国際性。いま日本の政治や行政にもっとも必要な資質を三つながら身につけていたといえる。異端児のように思われながら、彼ほど正統的に政治の理想を追った男はいない。』と述べている。

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佐川氏が尊敬して止まなかった吉田氏にこれほどまでに賞賛され、没後13回忌を迎える本年、吉田氏の自費出版によりこれだけの立派な本が編まれるとは生前の佐川氏の想像出来る事では無かったであろう。惜しむらくはもう少し活躍して欲しかったが、なんと幸せな男であった、といえる。花もしぼむ前の盛りに散るのが美しい。

僕が勝手に、ヒビノアサガオと名付けた我が家の朝顔は、毎朝きれいな花を見せてくれている。正式にはどの様な経過をたどったのか、日比野克彦『明後日朝顔プロジェクト 2007』のホームぺージには次のように述べられている。

明後日朝顔の基本理念
種は、未だ見ぬ先へ思いを馳せている。
種は、時を越えることの出来る乗り物である。
種は、見知らぬ土地に行くことが出来る船である。

一粒の種の中には今までの無数の記憶が蓄積されている。
一粒の種の中には次に伝えるたくさんの想い出が詰まっている。

記憶と思い出が今日を過ごして花を咲かせると、
明日の種が生まれてくる。
種の船に乗ればあすのあすへと繋がっていく。
そして・・・明後日の姿にと想いは広がる。

                   日比野克彦

この基本理念と偶然に出会った。日比野克彦氏の言葉は『佐川一信追悼集』への僕の思いを代弁してくれた様な気がした。

  1. 2007/09/06(木) 01:18:01|
  2. 水戸
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プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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