よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

スーパー銭湯 やまの湯 @水戸市笠原町144-1

スーパー銭湯 やまの湯 @水戸市笠原町144-1


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明日(6日)は水戸ホーリーホックのホームゲーム。
ギラヴァンツ北九州を迎えて13:00試合開始。

10月30日のザスパ草津戦、前半リードするも、後半は同点にされて引き分け。
吉原宏太選手のけがによる退場も影響した。
その後の発表で、右肋骨の骨折および肺挫傷と発表されたが、全治は不明で、
一日も早い回復と戦線復帰を願う。

この試合のハーフタイム抽選で「スーパー銭湯 やまの湯」の招待券が当たった。
今年は、何時だったか「野菜の詰め合わせ?」が当たったので2度目。

早速、3日の「文化の日」に行ってきた。
銭湯は、日本の文化。
面白かったのは、高濃度の炭酸ガスが溶け込んだ「炭酸ガス風呂」
入ると、肌の表面に細かい炭酸ガスの泡が付く。
ヌルヌルとして、肌が甦る感じだ。
もう一つは「電気風呂」
これは、ピリピリとしびれるうえに、低周波の電気でマッサージされる他感じで、コリや疲れがとれそうだ。

入場料は平日490円で、日曜祭日が590円だ。
休憩所や食堂も在り、半日くらいは過ごせそう。
市町村運営の温泉施設は1000円位が多いから、割安かもしれない。
招待券は1枚だったが、2枚にしてくれれば嬉しい。

「スーパー銭湯 やまの湯」の隣は水戸ホーリーホックの球団事務所でした。

  1. 2011/11/05(土) 15:50:37|
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蛇骨湯(じゃこつゆ)

蛇骨湯(じゃこつゆ)
台東区浅草1-11-11 営業時間:午後1時から午前0時 定休日:毎週火曜日


銭湯にも名湯と呼ぶべきか、人気のお風呂がある。
浅草の蛇骨湯もそのうちの一つ。地下鉄・田原町駅の直ぐ近く。
交番があったので訊くと、「向いのビルの後ろ側です」とのこと。
その辺りを見回してもお店ばかりだ。銭湯らしき建物はない。

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やっと、細い路地の奥に「蛇骨湯」の看板を見つけた。

下足箱はかなり塞がっており、空きを探すのに手こずるほど。
脱衣所に入れば、かなりの人だ。
銭湯でこれほど混み合っているというか、活気が在る店は少ない。
近所のお店の人達の利用が多いのだろう。

事前の情報によれば、江戸時代に蛇骨長屋と呼ばれていた場所に、大正時代に創業された。
地下100メートルから汲み上げた鉱泉で、黒湯と呼ぶ水は鉱物の色でなく古生代に埋もれた木の葉の成分が溶け込んでいる、とのこと。
身体の心まで温まる成分らしい。
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正面には大きな富士山のタイル絵。銭湯の常道だが大きさと高さが別格だ。
湯船は茶褐色で、這いっると肌にスベスベの感じが伝わる。
二畳位の露天風呂があり、その先には小さな滝も在る。
サウナもあるが別料金。

とにかく、下町らしい活気のある銭湯だ。
散歩の上がりには最高だ。

番台の脇に張り紙が在った。『マンションの計画は中止になりました』
訊いてみたが、どの様な事情で中止になったか、明確ではなかった。
地価の高い繁華街の中、上部をマンションにして存続しようとした計画であったのか?
都心での、銭湯経営は厳しい状況なのだろう。
都会のオアシス、銭湯が存続してくれるのは嬉しい。

ウェブで検索したら、沢山の画像があった。
*動画で内容が良く分かります。御覧下さい。
蛇骨湯
  1. 2009/09/22(火) 22:19:58|
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「六龍鉱泉」@台東区池之端3-4-20。

「六龍鉱泉」@台東区池之端3-4-20。

谷中の銭湯で一緒になった方に『この辺のお薦めの銭湯は?』と訊くと『池之端の六龍鉱泉は身体が温まるよ』とのことだった。
川崎からの帰り道、立ち寄る事にした。
上野駅の不忍口を出て池沿いの道を進む。

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遊歩道に何軒もの屋台のおでんやが営業しているのには驚いた。
以前から在ったのか、は分らないが、街の楽しさを演出するにはよい手だ。
水戸の千波湖畔に、この様な屋台が出現したら、どうなのだろう?
賛否両論かもしれないが、昼から酒が飲める屋台は反対が多いだろう。

酒を飲んだ人の自己管理は難しい。
”酒は、命を削る鉋“でもあり”酒は百薬の長”とも言う。

どちらにしても、水戸の市内に屋台の”おでんや”が1軒も無いのは寂しい。
昨年の秋に、水戸芸術館の関連催事で『妄想屋台村』という企画が有ったが楽しかった。
屋台の許可は、警察・保健所などの規制が厳しいらしい。

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『精養軒』の下を進むと森鴎外の旧居で今は『水月ホテル 鴎外荘』が在る。
そこの細い路地を曲がると、『六龍鉱泉』だ。
何度か訊きながら探し当てたが、誠に分りづらい。

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殆どの銭湯が入り口にコインランドリーを併設しているが、ここには無い。
ランドリー設置の敷地の余裕が無いのだろうが、この方が感じが良い。

脱衣所の脇には池がついた坪庭がある。庭のある銭湯は少ない。
洗い場の正面は、錦帯橋に桜が咲いているタイル絵。
鉱泉だから色は褐色、いくらか味もするのかも。

東京の銭湯は概して高温だ。
熱くて湯船に浸かれない事も多いが、ここもかなり熱い。
水をうめながら入った。それでも熱い。
確かに、身体は暖まりそうで、冬場は最高だろう。

脱衣所の壁面に東京市の泉質分析表が掲示されてあった。
昭和6年の日付だから、その頃創業したのだろう。75年以上前だ。
住所は下谷区花園町と在る、現在は台東区池之端3-4-20。
重炭酸ナトリュウム・重炭酸カリュウムが主成分。舐めてみれば塩っぱかったのかも。

出がけに番台の人に訊くと。
地下500メートルから汲み上げた鉱泉を湧かして使用している。
湯船の温度は45度~46度に保つようにしている。
創業は昭和6年だが、現在の建物は昭和40年。
という様な事であった。源泉の温度は訊き忘れた。

上野の鈴本亭や博物館の帰り道『六龍鉱泉』で一ツ風呂浴びて、も良いもんだ。
池之端、精養軒下の道は上野とは思えぬ程静か。
  1. 2009/04/27(月) 23:12:46|
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銭湯は日本の文化

としま湯 北区豊川3-19

子供の頃は銭湯で育ったから、銭湯に入ると落ち着き気が安らぐ。
水戸市内には1軒も無くなってしまったの残念だ。
東京都内も廃業する所が増えているらしい。
銭湯は日本人の文化、存続して欲しい。
なるべく銭湯に通い、営業が継続する一助に成りたいと思っている。

あちこち行くが、行きつけも出来る。

1としま湯

豊川中央通の『としま湯』もその一つ。
創業は昭和32年との事。50年以上経過した建物だが傷みは感じない。
正面は唐風で銭湯建築としては一番多い。

2としま湯

中央に松と鶴の彫刻が彫られている。
脱衣所は格天井で2階分くらい迄の吹き抜け。
湯船の正面はタイルで描かれた滝の図。
売れっ子洋画家、千住博の描く滝を想像させる。とは,褒め過ぎか。
洗い場の壁面は白いタイルだが、所々ハイビスカスなど南国の花のタイルが貼られている。
見事なミスマッチとも言えるが、これも有りか。

さらに良いのが,サウナが有る事。
ミストサウナと称しているが、蒸気式という意味か。
確かに湿気が多い。
スポーツクラブに行かなくなってからサウナに入る機会が無い。
サウナの効能がどうなのかは知らぬが,身体が軽くなった様な気がする。

としま湯3

4としま湯

風呂屋の先には,焼き鳥やピーマンの肉詰め等が美味しい総菜屋がある。
安くて新鮮な八百屋も在る。
銭湯を中心として昔ながらの町並みがかろうじて存在するのは嬉しい。

脱俗の世界に憧れ、奈良か京都の山里に住む事を夢見たこともある。
願いは叶わず、東京の下町に棲んでいる。
これはこれで嬉しい、隠者の心を偲べば所は自由だ。
銭はなくとも銭の湯。優雅な毎日である。

  1. 2009/04/23(木) 17:49:33|
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朝日湯 台東区谷中2-18-7

朝日湯 谷中2-18-7

散歩の途中、何時でも銭湯に入れる準備はしておく。
子供時代は銭湯で育った。
懐かしさも有るが、銭湯独特の雰囲気は心地よい。
銭湯は日本残念ながら、東京でもだいぶ減少しているようだ。
水戸には銭湯が一軒も無くなってしまって、数十年は経つだろう。
スーパー銭湯と称するのが何軒か出来たようではあるが、行く気にはならない。

客と番台の人達の言葉のやりとりは”昔の人間関係が生きているな”と嬉しくなる。
隣近所の交流が少なくなった時代だからこそ、銭湯の必要性を感じる。
しかし、ほとんどが年寄りで子供を見かける事はがないのは残念だ。

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谷中三崎坂の中程で『朝日湯』を見つけた。

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道路の向かいには、あなご寿司で有名な『乃池』。
味わった事が無いが、何れの機会に実現したい

谷中は古い町、行き止まりや袋小路も多い。
そして、寺の町だ。
僕の尊敬する郷土の彫刻家・木内克さん、後藤清一さんも谷中に住んだ。
木内さんは朝倉文夫のアトリエに。後藤さんは常在寺に。

『朝日湯』は創業90年近く経つとの事だ。
若しかすれば、お二人とも、この銭湯に入ったかもしれない。
当時は、銭湯は当たり前。内風呂の家は珍しかった。

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何れにしても、当時のお二人が三崎坂を上り下りした事は間違いない。
その辺りに自分が現在居る事に感慨深い気がした。

湯船の上の絵は10センチ角のタイルでヨーロッパの小さな城が描かれていた。
銭湯の絵としては誠に珍しいのではなかろうか?
  1. 2009/03/08(日) 22:19:58|
  2. 銭湯
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プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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