よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

『魅惑の南仏料理』はフランス料理本の名著だ。

『魅惑の南仏料理』はフランス料理本の名著だ。

4ジゴ


巷にはホテルの宴会料理しかない時代に、渋谷の街外れにフランス人が日常食べている料理を提供する店が誕生したのが1969年で、今から45年以上前のことになる。

その後Chez Johnny “シェ・ジャニー”は予約が取れない有名店になるが、舌より頭で食べる客が増えたことに嫌気して、1986年安比高原のペンション街の一角に100坪の住まいを造り移住した。

それからの10年間はスキー・渓流の岩魚釣り・冬の狩猟など趣味の世界に遊んでいる。
1997年、敷地の一角に増築した部屋を改装して『シェ・ジャニー』を再開し、18年間に渡り営業した。
2015年7月には盛岡市材木町に移転、新装開店し現在に至る。
僕も1987年から2003年にかけて4回に渡ってお訪ねできたのは、今もって、素晴しい体験であった。
材木町の店は開店間もない7月に駆け付けた。

シェジャニー2015年7月
(2015年7月)

渋谷の時代に『春田光治・魅惑の南仏料理』(1981年 中央公論社)が刊行された~専門家の味をあなたの食卓に~と云う企画で、有名シェフの料理がにシリーズで刊行された。第4巻が『春田光治・魅惑の南仏料理』。

ラタトゥイユ(ニース風野菜煮込み)、ニース風サラダ、牛胃袋の煮込み、仔羊もも肉とジャガイモのロースト、仔羊背肉のロースト、羊とナスの型蒸し(ムーサカ)、仔羊ひき肉の串焼き(ケフタ)、クスクス等々が紹介されている。

テレビ東京「巷(チマタ)の噺」の番組中にインタビューに登場した春田光治さんが好き放題に語っていたので大笑いをした。

司会の笑福亭鶴瓶とゲストの元柔道日本代表監督・篠原信一は「このおっさん凄いな~」と羨んでいるが、一世を風靡した料理人とは知らず会話が面白かった。

そんこともあって、ジャニーーのブログを見たら、

ジゴ3

1ジゴ

「Gigot d'agneau à la boulangère」
暮から正月にかけてジゴ(Gigot)=羊の腿、3本焼きました。
ア・ラ・ブーランジェールはパン屋さん風の意。
昔はパン窯の余熱で焼いたのでしょうか?
羊も旨いけど、エキスを吸い込んだジャガイモが絶品
翌日はジゴをスライスしてマヨネーズ(市販は✖)、
ディジョンのマスタードで食べるのがフランス流。

2ジゴ

レシピも添えられている。

があったので懐かしく、食べたい気持ちになった。
写真とコメントを引用して食べた気分に。(写真と文の一部の引用了解いただきました)

そうの・こうの、していた時、自分のブログに見逃したコメントがあった。
『魅惑の南仏料理』の写真を担当された黒部徹さんからで、

●カメラマンの黒部です。
79年フリーになり、最初の本格的な料理単行本でした。
師匠(佐伯義勝)の姿に憧れ、フリーになってすぐにフランス放浪旅。
市場の捨てられた篭、牡蠣の篭まで拾って日本へ。ジャニーさんの本では活躍しました。その時のスナップも沢山使って頂き思い出一杯の本です。家庭画報の連載も毎回楽しかったです、単行本未完成は本当に残念でした。
魅惑の南仏料理の様な単行本が作れて良かったです、今日も机の上にありました。

この本の素晴らしさは、単なる料理本でなく南仏の街や人や風景がちりばめられているのでいっそう楽しい本だ。
今では流行の旅とグルメを先取りしている。

あらゆる点を勘案すると『魅惑の南仏料理』はフランス料理本の名著だ。

  1. 2017/01/14(土) 20:50:59|
  2. シェ・ジャニー 春田光治さん
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テレビ東京「巷(チマタ)の噺」に春田光治さんご夫妻が

テレビ東京「巷(チマタ)の噺」に春田光治さんご夫妻が

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2014年10月28日(火)夜11時58分スタートしたテレビ東京「巷(チマタ)の噺」は笑福亭鶴瓶とゲスト がよもやま話を展開するトーク バラエティ番組で、深夜にもかかわらず視聴率は高いらしい。

街中の様々な日常会話の中にある心温まるエピソードや意外な話などをベースに、VTRを製作し、それを見ながら鶴瓶とゲストが気ままにフリートークを展開する楽しい番組だ。

2017年1月10日放送のゲストは元柔道日本代表監督・篠原信一で柔道よもやま話が展開された。
インタビューVTRのコーナーで「シェ・ジャニー」の春田光治さんご夫妻が登場した。

放送に先立つ昨年の11月14日(月)銀座のジャズクラブ「No Bird」でサックスプレーヤーの寺久保エレナ・ライブコンサートを聴くため上京された。
演奏の素晴らしさと喜びで半分意識不明になるほどの感激だったとか。

翌日の17:30に日本橋の鰻「伊勢定」で待ち合わせ、鯛の塩辛・山芋の焼き物・里芋の揚げ物などをつまみに酒を飲んだ。
たっぷりの山葵で白焼き、さらには蒲焼をご馳走になった。

お礼を兼ねて新丸ビル7階の「丸の内ハウス」にご案内。
ウッドデッキからの東京駅や皇居の夜景を楽しみ「TIKI BAR TOKYO」で伝説のバーテンダーと言われるデニーこと愛川 誠次郎さんの「星子2016ヌーヴォー」ミスト・モヒート・マティニー、等を愉しんだ。
(この辺りについてはブログに掲載したのでご覧下さい)

飲んで食べて、11時前に東京駅でお別れしたがその後ホテルに向かう途中でテレビ東京の取材を受けたらしい。

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☆「衝撃の41歳差仲良し夫婦」とサブタイトル。


内容についてはインターネット配信で1月10日(火)放送分.は1月17日(火) まで配信予定.らしいから“テレビ東京「巷(チマタ)の噺」‘にアクセスしご覧ください。

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お訊きしたくても訊けないことなどを自らが赤裸々にご披露していたので、インタビュアーも大笑い。
8回目の結婚・41歳の齢の差・嫁さんは自分の娘より年下・夜の生活のこと、などなど、テレビ的な内容と思えるが事実の事柄。


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笑福亭鶴瓶と元柔道日本代表監督・篠原信一は春田さんより一世代下だから渋谷のジャニーの店を知らないだろうが、往時を知る人たちにとっては、「エ!ジャニーだ」と驚かれたことだろう。

お世辞無しの一本気のジャニーの性格だから、「好きに成ればすぐ結婚、厭になれば即離婚」の人生を繰り返したが、誠実であればこそ、で浮気者とは誤解なさらぬように。

偶々、8人の内、最初の奥さまだけはお会いしたことが無いだけで、それ以外は全てお会いし話もしているのはいささか不思議。
渋谷の時代から安比へ更には盛岡の材木町へ。
シェ・ジャニーの移り変わりを目の当たりに出来たことは幸せ。
「ジャニーの料理は日本一」.と思っている。

何方かが評伝を書かれることを期待しているが、今回の話の様なことも事実で、本人の口から話したことだから問題はないだろう。

別れたカミさん同士が仲良し、と言う話を以前に聞いた。
これもジャニーの人徳だろう。

久し振りに食事を共にし、酒を酌み交わした夜の出来事。
取材のお蔭で、振り返ることが出来る幸運に感謝。

●テレビ東京「巷(チマタ)の噺」
インターネット配信で1月10日(火)放送分.は1月17日(火) まで配信予定.
http://www.tv-tokyo.co.jp/chimata/?sc_cid=videotokyo
放送開始の13分から19分頃の時間が春田さんご夫妻。
(映像写真はPC画面を撮影のため鮮明でなく申し訳ありません)

テレビ東京「巷(チマタ)の噺」
  1. 2017/01/11(水) 18:18:48|
  2. シェ・ジャニー 春田光治さん
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「Johnnyさん」と「Dannyさん」@「TIKI BAR TOKYO」

「Johnnyさん」と「Dannyさん」@「TIKI BAR TOKYO」

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1969年、渋谷区神南の自宅の一角にフランス料理「Chez Johnny」を開店したジャニーこと春田光治さん。
内臓料理やフランスと縁の深いモロッコ料理・ベトナム料理など、当時日本初登場の料理は評判を呼んだ。
開店15年が経過した1985年、舌より頭で料理を食べる客が増えたことに嫌気して大繁盛の店を閉め、翌年、安比高原のペンション街の一角に100坪の住まいを造り移住した。以後10年間はスキー、渓流の岩魚釣り、冬の狩猟など趣味の世界に遊ぶ。
1997年、友人達の望みでゲストルームを改装して『シェ・ジャニー』を再開。
更に、2015年7月に盛岡市材木町に移転し話題となった。
パイオニアであるが、常に新たなことに挑戦し続けている。

伝説のバーテンダーと言われるデニーこと愛川 誠次郎さん。
僕は8月に来店し2度目の出会いだが、デニーさんの伝記とも言える『東京の夜は世界でいちばん美しい -』(倉石綾子/著)によれば、
1976年に5年に渡るアメリカ放浪の旅から戻り、原宿のレストランバーでドレッドヘアでカウンターに立ち、両手でシェイカーを振る姿は異彩を放った。
70年代から80年代にかけて麻布や六本木などのナイトシーン話題を呼んだ。
ハーレーなどのバイクにも興味を持ちアメリカのスタージスに2ヶ月のロードトリップで参加し、現地のバイカーにも認められた。
傍ら、梅リキュール「星子」の開発に携わり、今年はアメリカで販売するまでこぎつけた。

業界では知られた存在かもしれないが、一般的に知る人は少ない。
パイオニアであり、トップランナーであり続ける本物同士。

新たなことに常に挑戦している。

お互いを知らない本物同士が、出遭った現場に立ち会えたことは、僕にとって嬉しかった。

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デニーさん。

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ジャニーさん夫妻。

星子

「星子2016ヌーヴォー」ミスト。

1カクテル

モヒート。

2カクテル

マティニー、

でジャニーと新丸ビル

かなり酩酊した顔ですね。

何枚かの写真はイチさん撮影。

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素晴らしい時間でした。
  1. 2016/11/20(日) 23:00:43|
  2. シェ・ジャニー 春田光治さん
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ジャニー夫妻と久し振りに@日本橋

ジャニー夫妻と久し振りに@日本橋

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アルトサックス奏者の寺久保エレナのライブを聞きに上京する。
とのジャニーからのメール。

昨年7月頃にお会いして以来お目にかかっていないので急遽上京。
とは言え、コンサートの翌日に飯でも一緒にと言う話。

久し振りに、お二方と数時間をすごせたことは嬉しかった。

待ち合わせ合わせは、日本橋の老舗の鰻屋「伊勢定」。

蕎麦前はあるが、鰻前。

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鯛の塩辛をつまみにお酒。
色々な銘柄が揃っているので何にしようか迷った。

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山芋の焼き物。

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里芋の揚げ物。



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たっぷりの山葵で白焼き。

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鰻丼

ご馳走様でした。

  1. 2016/11/16(水) 21:17:46|
  2. シェ・ジャニー 春田光治さん
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ジャニーの厨房とファミリー @シェ、ジャニー

ジャニーの厨房とファミリー @シェ、ジャニー

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シェ、ジャニーのオーナーシェフ春田光治さんが子供の頃、家庭には外国人のお客様が多かったらしい。
お兄さんは何と呼ばれていたか分からないが、お姉さまはパッチー、春田さんはJohnnyと呼ばれたことから、当たり前のように多くの人が「ジャニー」と云う、僕も自然にそう呼ぶようになった。
渋谷の店が46年前に開店し、その数年後に友人の縁で知り合ったから、少なくとも40年は経っているが、歯に衣を着せない率直な言動や、優しさは変わらない。
ジャニーはどのような人とも分け隔てなく接してくれる。
従って友人・知人が多い。
僕は友人の友人と云う感じだから、お弟子さんや親しい友人程の付き合いはない。
だから、ジャニーの人柄や料理について詳しくはないが、ジャニーが教科書であり、味に対する基本となっていることを嬉しく、又ありがたく感じている。

時代と共に家族やお弟子さん、友人知人も変化しているが、渋谷時代は10人位のお弟子さんがいた。
毎日が予約で満席な状況で、厨房は戦場の様であった。
12時の閉店後に全員が揃っての食事は、店で出す品と同等以上の和洋中華の料理が並んだ。
何れもジャニーが全員分を調理した。
美味しい賄を目当てに多くの友人が真夜中に訪れた。

安比に移ってからの10年間は営業をせず、スキー、釣り、狩猟など毎日が遊びの世界、仕事は家族と訪ねてくる友人のために美味しい料理を作ることだった。
安比で育った長男と長女は現在は外国で暮らしている。
長女のアリスさんはNY在住で料理が好き、随時、ジャニーのブログに投稿している。

10年前、昔のお客の勧めで安比での営業を再開したが、ジャニーの料理を食べたい方たちが、遠路はるばる、とのお客が多かった。

移住後30年を経て、家の傷みの激しさと冬場の雪下ろしの労働を勘案し、移転を考えていた今年の1月、偶然に材木町の物件に出会った。
決断が速いのもジャニー流、話はとんとん拍子に進行した。

盛岡・材木町の家は安比と比べると随分狭い。
1階が店舗、2階が住居と倉庫として使っている。
以前の半分以下にするのだから、かなりのモノを整理しなければならなかったろう。安比に残したままの荷物も有るようだ。

肝心の厨房を大きく取ると、客席が無くなってしまう。
しかし、かなり大きな厨房を確保した。お弟子さんが来ても充分間に合いそう。

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移転まもない、にもかかわらず道具類はビシッと納まり、馴染んでいる。
さすが、名人の業ですね。

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奥さんのichiさんがホールでのサービス。
渋谷の店は厨房の人達が交互にホールに出てサービスしていた。

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Ichiママが盛岡に転居し、お皿洗いを担当。

ジャニーが全てを仕切るのは変わらない。
どんなに忙しくとも手を抜くこともない。
店を大きくしよう、多店舗展開しよう、等の野心は一切なしだ。
ひたすら、美味しいものを作り食べて頂くことを喜びとして生きてこられた。素晴らしい人生、正に伝説の人だ。

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渋谷・安比とジャニーを支えたハモ(中村美智雄)さん。
現在は盛岡材木町、ジャニーの店の真向かいに居住、忙しい時はお手伝いもするそうだが、この日は所用があって来店、久し振りにお目にかかりました。

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厚かましくも、記念撮影、有り難う御座いました。

多くを望まず、誠実に自分心のままに生きる。
少年のような純粋な心を失わず、常に前を向き振り返らない。
家族と言え、着かず離れずの適度な距離。

僕の憧れ、フランクシナトラの人生に重なります。
  1. 2015/08/04(火) 14:23:26|
  2. シェ・ジャニー 春田光治さん
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プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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