よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

ヴェルサイユ宮殿 (Château de Versailles)

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ヴェルサイユ宮殿 (Château de Versailles)

小田実の『何でも見てやろう』や北杜夫の『どくとるマンボウ航海記』、少し時代が下がって、沢木耕太郎『深夜特急』のような旅がしたい。
と思いながら、実現しないままに過ぎた。
とは云え、何処かに出かければ、裏通りや路地をほっつき歩くのが好きだ。

時には、「はとバス」的な名所廻りも面白い。
ヴェルサイユ宮殿の見学も、とにかく半日で見て仕舞おう、は無理を承知だが、どんなものかを体感できそうに思った。


ガイドブックなどによれば、
パリの南西22キロに位置し、イヴリーヌ県ヴェルサイユにある。
宮殿の周辺はパリ近郊の高級住宅地。


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”太陽王“と称されたルイ14世が類を見ない絢爛豪華な宮殿の建設を指示し築き上げた、ヨーロッパ最大のバロック宮殿と100万㎡に及ぶ広大な庭園。


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遥か先まで続く広大な眺め。


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丸天井の彩色画や豪華な装飾の部屋が延々と続く。


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警備の兵隊さんもいます。

どちらにしても、観たのはほんの一部です。
  1. 2011/09/14(水) 20:10:45|
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エスカルゴ(les escargots)

エスカルゴ(les escargots)

フランスの旅の帰国前日が、ルーヴル美術館とヴェルサイユ宮殿の観光だった。
このツアー、朝食以外は食事がつくことは少なかったが、この日はオプショナルツアーで昼食付だった。

ルーヴル美術館を観て後、ヴェルサイユ宮殿に向かう前に昼食。

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前菜のエスカルゴ

日本で「フランス料理」を代表する一皿が、何故かエスカルゴだった時代が有った。
ガーリックバターで風味をつけたエスカルゴはブルゴーニュの郷土料理。
古代ローマ時代から珍重された食材だったそうだ。

子供の頃「フランス人はカタツムリを食べるんだって」と云うような話を聞き、試したこともあった。
どんなカタツムリでも良いわけではなく、また食べられる状態にするには大変な手間をかける食材らしい。


社会人になって、大工町に在った「トレビ」と云う店のメニューがピザとエスカルゴだった。イタリア料理とフランス料理が混在していたのだが、地方都市では良くある話。
とにかく、皆で集まってはワインとピザ、時にはエスカルゴと云うことが多かった。30年近く前のことで、エスカルゴ缶詰だったろうが。
しばらく行かないうちに、数年前に閉店した。
最近、場所と名前を変えて再開したという。
店名は「レトロ」としたらしいが、昔と同じで良いのではと思う。
是非行こうと思いつつ実現しないでいる。

昔のことを思い出したが、久し振り、しかも本場のエスカルゴは美味しかった。

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メインは魚料理だった。

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デザート

  1. 2011/09/13(火) 19:46:34|
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旧軽井沢銀座通り。

旧軽井沢銀座通り。 

友人の車に同乗しての、信州への2泊3日の旅。
数日前から、台風12号の影響で時には強い風雨に見舞われる。
出発は無理かと思ったが、進路はかなり西にずれ走行に障害はなさそうだ。

テレビ報道によれば、台風は紀伊半島に居座って大雨を降らせ、山間部のがけ崩れ、河川の氾濫など多大な被害をもたらした。
大震災と同じように『未曽有の大雨』と云うことだが、天災は人知をはるかに超えたことをしでかす。
どの様な対策も役立たずだ、

3月に北関東自動車道路が全通し、東北道・関越道を経由して上信越道と云う具合に走れば、軽井沢方面に以前の半分の時間で行けるようになった。
ところが、台風の影響で一部の区間が通行停止。
一般道路を走行しなければならず、予定を1時間オーバーして軽井沢に到着。

青春時代をこの辺りで送った哲ちゃんは、軽井沢は庭の様なもの。
当時の思い出を語りながら案内してくれた。

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プリンス。プリンセス出会いのテニスコート。



「カフェ水野・クチュール水野」


僕も、昭和50年代「軽井沢」に憧れ、何度か訪ねたことが有る。
特に銀座通りは避暑地として、異次元の世界だった。
「カフェ水野・クチュール水野」は、水野正夫・和子ご夫妻が経営する、お洒落なお店だった、
たまたま、ご夫妻とご縁があり、店舗裏の茅葺屋根の茶室に家族で泊めて頂いたことがあった。広い中庭には何本かのカラマツの大木も在った。
中庭のテーブルでの朝食は、いまだに忘れない想い出だ。

水野正夫・和子ご夫妻は日本のファッション界と日本文化の海外への紹介に大きな役割を果たした方で、生活全般の『美』を願った。
存命のはずだが、どうなされているだろう?

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「カフェ水野・クチュール水野」の跡地らしきところを探したが、確定は出来なかった、彼は「たぶん。この靴屋の所がそうと思う」とのことだったが確定は出来なかった。

元来、軽井沢の店舗は避暑客へのサービスとして、東京からの出店が多かった。
「水野」も同様で6月から9月中旬までの営業だった。

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近所の、「鈴や・ベルコモンズ」も当時の先端の店だったが、今では別な店だがが、当時の面影を残している。

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「大城レース店」や「土屋写真展は」昔からの地元の店。

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旧軽井沢郵便局,今は観光案内所と軽井沢物産品の販売所。

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「わかどり」独自の窯で焼かれた鳥肉。
皮はカリカリで身はふっくら。
それに、独自のたれをつけて食べる。

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「腸詰屋」自家製ハムとソーセイジの店。

好みのソーセージでホットドックも食べられる。

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雨模様、さらに9月としても銀座通りの賑わいは少ない。

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軽井沢駅南口側の広大なエリアに約220のショップを展開する「軽井沢アウトレットモールショッピングモール」などに人の流れが変わった。これも時代といえる。
  1. 2011/09/06(火) 15:17:39|
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ヴィラデストガーデンファーム アンド ワイナリー

ヴィラデストガーデンファーム アンド ワイナリー
@長野県東御市(とうみし)



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友人の哲ちゃんは、長野県東御市(とうみし)の出身。
例年、9月の第一日曜日に小学校の同窓会が開催されるという。
8月にお伺いした際「ご一緒しませんか」とお誘いを受けた。

今から30年前の頃、彼が帰郷する際、同行した。
その当時は東部町と云ったが、実家で手厚いもてなしを受けたのを懐かしく思いだす。
その際、すっぽん鍋をご馳走になった「とんちゃん家」が、同窓会の会場だとのことで是非と、お願いした。

さらに、『パリ旅の雑学ノート』(1977年)でデビューし多くの著書があるエッセイスト・玉村豊男が経営する「ヴィラデストガーデンファーム アンド ワイナリー」を訪れてみたいと思っていたからだ。

1991年に東部町(現・東御市)に移住し、荒れ地を開墾し野菜やブドウの栽培を始めた。2003年には「ヴィラデストガーデンファーム アンド ワイナリーワイナリー」として営業を開始した。
上信越自動車道・東部湯ノ丸インターから4キロの位置だが、眼下に上田盆地を遠くに北アルプスの稜線を望む素晴らしい景色が広がる。

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広大な敷地に、ワイナリー・ハーブ園・ブドウ畑が点在する。
本館はレストラン・カフェ、オリジナルグッズが並ぶショップ、ギャラリーが併設されている。
エッセイスト、画家、料理研究家、農園経営者と多彩な方だ。

案内のパンフレットには、
『ブドウ畑の風景を見ながら、そのブドウからつくられたワインを飲む。野菜畑やガーデンを眺めながら、そこでいま採れたばかりの、新鮮な素材を素直に生かした料理を囲んで楽しい時間を過ごす。そんな田園のリゾートを、信州の自宅の庭先に作りました。美しい景観の中で、自然と折り合いをつけながら暮らす事に、多くの人々の共感を得られればと願っています』
とあるが、その願いは達せられたようだ。

この日も多くの方が訪れていた。

  1. 2011/09/02(金) 19:19:09|
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アヴィニョン(Avignon)

アヴィニョン(Avignon)


フランス南東部のローヌ河岸に位置する商業都市。

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「アヴィニヨンの橋』の歌で有名な街。

フランス王とローマ法王庁の対立により、1309年教皇クレメンス5世がローマを離れ、移転したのがアヴィニヨン。

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事実上「キリスト教界の首都」となったアヴィニヨンには法王庁宮殿や現在はプティ・パレ美術館として利用されている大司教館など当時の建築が残されています。

毎年夏には国際的な演劇祭が開催され、地方都市の文化活動としての模範となっています。水戸芸術館もそうありたいですね。


プチ・パレ美術館 (MUSEE DU PETIT PALAIS)



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ボッティチェリやカルパッチオなど、300点以上の中世~ルネッサンス期にかけてのイタリア絵画が収蔵されています。

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この美術館の代表作がボッティチェリの「聖母子」。
女性が幼子を抱きかかえている絵画です。




  1. 2011/07/18(月) 13:06:49|
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プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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