よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

新・旧茨城県庁エリアの桜まつり。

新・旧茨城県庁エリアの桜まつり。

旧県庁舎(現・茨城県三の丸庁舎)前の広場で開催された「第20回記念お堀の桜のライトアップ:夜桜コンサート」

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「星野由美子withフレンズ」(4月7日)

茨城県の県庁舎が三の丸から笠原に移転してから約20年経つ。
県庁と言えば、弘道館と城跡の濠に映える姿をを思い浮かべるのは我々の世代。
今は、県内で一番の高さを誇る新県庁舎を指す様になった。


県庁舎移転の前後の時期からボランテアグループにより始まった「お堀の桜のライトアップ(3月28日~4月15日)」

今年は4月6日・7日に「夜桜コンサート」が開かれた。

6日は春の嵐の様な天候だったが、ジャズや三味線、フォルクローレのバンドが出演した。

7日の出演は地元の他、福島のグルプープなど4グループ。


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仮設のステージのライブコンサートと、飲食の屋台が数軒。

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和服を召したご婦人も。

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「ポルタ—モ」(クラッシック・オペラ)

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生憎なことに始まるころはパラついた雨が終盤には本降りに。


今年は開花の時期が早く、ほぼ葉桜で名残りの花がチラホラ。
前日は強風、この日は小雨模様で観衆は少なく寂しい。


「県庁北通り桜まつり」

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「第1回水戸カーフェスティバル オールドカー in 茨城県庁」

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昭和の旧車が主だが、アメ車の改造車も、

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路上の特設ステージでは各種のパフォーマンスが、

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20年を経過し新庁舎のエリアは樹木も育ち、ビルの立ち並ぶ新市街が形成されている。
現庁舎の敷地は旧庁舎の何倍もあり、道幅も広く整然としている。

三の丸の様な歴史や風格は感じないが、それぞれの持ち味だ。

南町・泉町・大工町の旧市街地の衰退に歯止めが掛からない。
遡れば水戸市役所の駅南移転から始まり県庁舎の笠原への移転へと連なっている。

中心市街地の活性化とかで、多くの施策がなされ計画もされている。
しかし、歴史に永遠はありえず、常に替わり回り続ける。
既に、中心線は移動してしまった。

無駄な努力より、現状を認識し将来を見すえた計画を再検討すべき時期だろう。
決断をもって多くの計画をゼロから見直さないと大きな禍根を残すことになる。
  1. 2018/04/10(火) 00:37:51|
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水戸城大手門瓦塀の現地見学会

水戸城大手門瓦塀の現地見学会

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昨年から実施している水戸城大手門の確認調査の現地見学会が今日(16日)13:30〜16:00まで実施された。
明日(17日)も同じ時間帯で開催される。

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水戸市歴史文化財課の関口 慶久さんによる説明。
「ブラタモリ」にも登場したので、何故か知り合いのごとく感じてしまう。

「城門と土塁の間を塞ぐ構造物に着目した発掘調査で、瓦塀の厚さが2.1㍍から2、4㍍高さが5㍍あったことが分かりました。全国的に見ても珍しいことで、貴重な発見でした。」

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瓦塀の下からは「石組水路」の遺構。
大手門や土塁からの水をしっかり集めて排水することが重要。
笠原水道と同じ泥岩を使用した。


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明治時代まで存在した大手門だが、取り壊された。

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江戸時代の本丸(現在の水戸一高)及び二の丸(水戸三高。水戸二中・付属小)の復元図。)江戸時代の藩政の中心区域。

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発掘調査終了後に復元される「大手門と瓦塀」の完成予想図。


  1. 2018/01/16(火) 16:14:28|
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少友幼稚園創立100周年式典@水戸市備前町5-36

少友幼稚園創立100周年式典@水戸市備前町5-36

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10月22日(日) 10:00~11:00 、水戸市備前町5-36の少友幼稚園ホールにおいて「少友幼稚園・創立100周年記念式典」が開かれた。

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創立100周年記念事業実行委員長・遠山勤さんの「初めの言葉」に次いで園児たちの「讃美歌」、吉野悦子・園長の「お祈り」後藤久美子さんの「聖書朗読」など、キリスト教学園ならでの式次第であった。

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少友幼稚園は、英国人クエーカー教徒による水戸の伝道拠点として1912年(明治45年)開設された「水戸基督友会堂」に始まる。

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フィラデルフィアから派遣され1910年に普連土女学校教師として来日していたイデス・シャープレス(1883-1956)が水戸市天王町に居を定め、水戸の伝道に当たることになった。

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日本人最初のクエーカー教徒であった新渡戸稲造も1929年に来水し、講演会を開催している。

イデス・シャープレスは「幼児期は生涯に影響を及ぼす大切な時期」と考え1917年(大正6年)に私立幼稚園を開設することになった。
子供たちに英語を教えもしたが、自らは日本語を勉強して歴史に秀で、漢字を上手に読み書きした。
洋装よりも和服を好み、この地に根を下ろし理解しようと努力を重ねながら、幼児教育・女子教育を通じて日本伝道に努めた。

その後、日中戦争から太平洋戦争に至る頃には軍事色が強まり1943年に帰国。

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母国にあって幼稚園を案じていたが、終戦後の1950年に来日し、1951年に小友幼稚園を再開した。
この頃、僕は小学生でシャープレスさんから、外国郵便の切手を貰い、英語を教えてもらったりしたが、温和な優しい方だった。

この頃「ヤギのおじさん」として有名だった、ハーバード・ニコルソンさんも水戸基督友会や幼稚園にしばしば顔を見せていた。

シャープレスさんは余生を母国で送るため1954年にアメリカに帰国した。

その後、経営主体は水戸基督友会に移り、やがて学校法人に移管された。

僕の子供時代の遊び場であり、我が家の長男・長女もお世話になった。

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(1950年に再建された会堂)

2011年の東日本大震災で大きな被害を受け解体されることに。

水戸基督友会会堂及び小友幼稚園園舎は2012年3月に元の敷地おいて起工式を挙行、同年9月に竣工した。

100年前にミセス・シャープレスが個人で創業し、戦時下においては休園をやむなくされ、戦後再びミセス・シャープレスによって再建され、経営母体も個人立から教会立、さらには学校法人となり、「認定こども園」として100年を迎えた。
これからも、創始の精神を守り多くの人材を育てていくことであろう。

  1. 2017/10/24(火) 00:55:57|
  2. 水戸
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雨に濡れながら飲んでます@水戸市南町OPEN TERRACE ME-EAT

雨に濡れながら飲んでます@水戸市南町OPEN TERRACE ME-EAT

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何か不謹慎な感じもしますが。先週旅した友人が仕事で水戸に来ることになって「長兵衛」に行いたとのこと。

明日のグランパス戦に備え、体調充分、名古屋での0-1の借りを返し3-0で圧勝を念じ、更には関東大震災94回の追悼もあるし。

久し振りに「長兵衛」出だしは初めて。

ホッピー、焼鳥、一品の常温、秋刀魚の刺身、等で旅の思い出を語り合った。

久し振りの旧友に、新しい水戸を紹介しようと先月オープンしたばかり、南町の「OPEN TERRACE ME-EAT」に。


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台風模様の中でも賑わっていました。

飲み始め、食べ始めて間もなく雨が降りだした。

吹き降りの中で傘を差しながら、これも一興。 

明日は水戸芸術館での「青木フキ」のコンサート。

更にはケーズスタジアムが控えている。

幸い明日の午后は雨は降らないらしい、
今季初1万人の大観衆で名古屋を圧倒しよう。

名古屋グランパスのサポーターの皆様。
今晩、水戸の街で遭遇しなかったのが残念です。
明日、ケーズスタジアムで水戸の勢いを感じて下さ。
俊足2トップの活躍をお土産に。


  1. 2017/09/01(金) 22:07:17|
  2. 水戸
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千波湖の花火大会:水戸市千波湖畔

千波湖の花火大会:水戸市千波湖畔

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水戸の千波湖花火大会の第1回は1960年(昭和36)年のことらしい。
それから後に帰省の車窓から何度か眺めたが、故郷に戻ったと、感じた

水戸がアメリカ軍によって、1945年(昭和20年)8月2日に行われた無差別爆撃で灰燼に帰し、幾らか復興の気配を感じた頃だ。

1945年7月17日には艦砲射撃による攻撃を受け、母親に背負われ千波方面に避難した。記憶としては閃光の後に花火の様なポーンとした音が聞こえた。

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丁度、花火の打ち上げ地点の辺りを目指したらしい。・

その様な記憶もあるから、花火大会も複雑な気持ちが。

8月15日が終戦とすれば幾らも前の話。
全てに、もし、とか、で無かったら、とは話にならないが。
その前に停戦を受け入れていれば、水戸の空襲は無かった。

全て、つまらない面子のため。

間もなく戦後72年の夏。

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幾らか月が昇り、金星の辺りに青い光の物体が浮遊して消えた。


  1. 2017/08/05(土) 00:16:50|
  2. 水戸
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プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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