よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

焚き火師・矢部英雄さん【Tabi-ぶらin真壁&石岡】・其の4

焚き火師・矢部英雄さん【Tabi-ぶらin真壁&石岡】・其の4

han1-1.jpg

「菖蒲沢薬師」を拝観し、泰山窯・渡辺兼二郎さんのお宅に到着した頃に天気予報の通りに、雨が降り始めた。

han4.jpg

屋根付きの駐車場の下で休憩することに。
既に、矢部英雄さんが焚火の準備を始めていた。

han1-1-2.jpg


●渡辺兼二郎さんは1939年東京生まれ。
1959年 武者小路実篤の始めた「新しき村」に共感して入村。
1971年 武者小路より小さな窯の寄贈を受けて陶芸の道に。
1997年 37年間暮らした「新しき村」を離れ、現在地に移住し作陶を始め現在に至るという経歴。
村での生活に身についた謙虚で誠実な人柄がにじみ出ている。この日も、我々の休憩のために駐車場を開放してくださった。

han3.jpg

作品を見せていただいたが、白い釉薬に優しい野の花が絵付けされた、使い勝手の良さそうな器だ。

【Tabi-ぶら】のメンバーは特異な才能をお持ちの方が多い。
趣味ではあるが、プロ並みの技能を有しているから驚く。

矢部英雄さんもその一人、
休日と勤務時間以外に、各地の河川敷や海辺などに出没し、時間帯も早朝から日没と不定らしいが、持参のストーブで焚火。
お湯を沸かして飲み物を。
或いは、鉄板や網でバーベキューを楽しまれる、らしい。

「旅ブラ」に参加した際、何度かお世話になった。

大きさの異なるストーブを持参、新聞紙や木っ端で着火し、あっという間に火を熾す。
BBQなどが終了すれば燃え残りを日消壺に入れて、5分もかからず撤収する見事なさばき。

han1-1-1.jpg


この日も、薬缶にお湯を沸かしコーヒを淹れ、パンを焼いてくれた。

han2.jpg

澤幡博子さんが手配した、石岡[PANEZZA]のイタリアパン。
イタリア駐在を体験した鈴木靖さんが「ローマで食べたのと同じ味」
更には、クリームチーズも付いた。

han1.jpg

han6.jpg

雨の降る中ではあったが、ストーブの火とコーヒーとパン。
「旅ブラ」の魅力は適宜、出てくる「おやつ」も魅力。

英気を養い、本日の最終目的地「常陸の国総社宮」に。

(写真の一部は「旅ブラ」会員の皆様のfb掲載から引用させて頂きました。)
  1. 2017/10/31(火) 17:49:03|
  2. 人物
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

森永博志と久保田二郎

森永博志と久保田二郎

kj4.jpg

念願かなって、南青山のレッドシューズのイベント《森永博志presents 「第3土ヨー日」》に行くことにした。

kj1.jpg

『ドロップアウトのえらいひと』の末尾の森永博志の自己紹介文の一部を引用すると・

『17歳の時、いきなり進路の問題にぶつかった。何も将来は考えてはいなかった。(略・・その後、ローリング・ストーンズの出会いは典型だった)
翌朝、父と母が寝ている部屋に入り、枕元に座り、僕は家を出て一人で生きてゆくことを告げ、ポケットには100円しかなかったが、何も持たず家を出た、100円分の切符を買い始発電車に飛び乗り高円寺まで行った。そこで一文無しになった。駅のゴミ箱から新聞を拾い、求人欄を見た。高円寺の新聞屋が住み込みの配達員を募集していた、訪ねたら、やとわれた。
それが、最初のドロップアウトだった。 
新聞屋で働いた金がたまったのでヒッチ・ハイクで全国を旅した。鐘がなくなると東京に戻りボート場の管理員や印刷工、建設労働者、電話帳の配達、倉庫番らをして金を作った、働けば金は作れた。そして旅に出た。(中略)
24歳の時、新宿のバーで知り合ったエッセイスト久保田二郎の紹介である出版社の契約エディターになった。編集の経験はなかったが、広告の仕事よりはマシに思えた。』

バリ・タヒチ・パラワン・タイ・ジャワ・トラック・小笠原など、20年間の旅の記録が纏められ『アイランド・トリップ・ノート : 島を愛する自由人たちへ』として2004年に出版された。

「ドロップアウト」は世間の動きに同調せずに、自分の好きなように生きる人達のライフスタイルで流行語にもなったが、かなりの強い意志と忍耐力が必要で、誰も出来ることではない。
それ以上に島で暮らすことも、並大抵では出来ぬことだ。

森永博志が訪れたた島々はハワイの様な名のある観光地もあるが、多くは、当時はあまり知られず、行き来も不便であった島の人々と生活を共にしながら取材を重ねている。

森永博志の本の登場人物は桁外れの人生を送っている人々で、憧れを感じる。
自分ではとても実践できない暮らしをしているのが魅力だ。

kj2.jpg


『アイランド・トリップ・ノート : 島を愛する自由人たちへ』( 森永博志 著 A-Works 2004)の「WAIKIKI」の項の書き出しは、

久保田二郎―『極楽島ただいま満員』の著者であり、ヘレン・メリルを恋人にし、フュージョン・ジャズドラムの先駆者であり、ギャンブルで全財産を使い切り、20巷の無頼となったが、ペン1本で復活し、何よりも植草甚一にジャズを教え・・・・・・
ジャズ批評特集 20 1975年冬 チャーリー・パーカー ビ・バップ革命 久保田二郎 平岡正明 片岡義男 殿山泰司

こんな凄い人が居たンだ。
  1. 2017/09/14(木) 20:15:36|
  2. 人物
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

『円生と志ん生』@紀伊國屋サザンシアター

『円生と志ん生』@紀伊國屋サザンシアター

ng2.jpg


高校の同窓生のFacebookで長山 泰久さんと云う方の記事に目をとめた。

『S59卒の長山と申します。
私制作を務めております「こまつ座」の芝居の宣伝をさせてください。
9月8日(金)から24日(日)まで、新宿・紀伊國屋サザンシアターにて
『円生と志ん生』という芝居を上演しております。
昭和の名人と言われた古今亭志ん生と三遊亭圓生。
ふたりが戦火烈しい東京から渡った先・満州。
彼の地で敗戦となり、日本へ帰れなくなった2年間。
「失われた600日」の物語です。

ng3.jpg

志ん生にラサール石井さん。
圓生には、大森博史さん。
ふたりが出会う、女性たちには、
大空ゆうひ(大空祐飛改メ)、前田亜季、太田緑ロランス、池谷のぶえの皆さん。
女性たちは、都合20役を4人で演じ分けます。

ng1.jpg

「酒も満足に飲めなくなった東京よりも陸軍のお抱えで飲み放題の満州の方がマシ」と口では言いながら、
その実、噺という噺がことごとく「禁演落語」に指定され封印されて、
戦争讃美・国威発揚の「国策落語」ばかり強要されるのにうんざりしての満州行き。
ところが思惑とちがって、日本は敗戦。
戦勝国・ソ連の進攻に追われながら、なかなか日本には帰れない日々。
命からがらの帰国後、それぞれまったく芸風・話風のちがう「大名人」と呼ばれる二人。いったい満州で何があったのか。
虚実交えて、歌と音楽をちりばめて綴られる評伝劇。
これは「語る」ことに命をかけ、ピカピカに芸を磨き上げた人間の喜劇です。
そしてこれは「国家」に置いてけぼりを喰らわされた庶民みんなの物語です。
ぜひ皆様にご覧いただきたく、日程限定・枚数限定ではありますが、特価チケットもご用意いたしました。…(略)』との知らせ。

小学生の頃の唯一の娯楽はラジオ放送で、相撲中継・柳家金語楼の落語・広沢虎造浪曲などを面白がって聞いた。
少し長じて、古今亭志ん生を聞き、息子の古今亭志ん朝に魅了されたが、若死にしてしまったのはまことに残念。
と云うこともあり、『円生と志ん生』という芝居を是非見たいと思い9月16日(土)13:30開演を即刻お願いした。楽しみである。

その夜は南青山の「レッドシューズ」の森永博志presents 「第3土ヨー日」と、初体験のダブルヘッタ―だ、

●自分の高校時代は卓球部と演劇部に所属して、全く勉強をしなかった。
卒業年度に「茨城会館」(現在の県立図書館)で隣の女子高と2校連合の演劇祭を開いた。

  1. 2017/09/14(木) 09:47:39|
  2. 人物
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「アットワーク」杉浦 時彦さん@水戸市南町2-3-25

「アットワーク」杉浦 時彦さん@水戸市南町2-3-25

DSCN6679.jpg

(アットワーク 本社ビル)

家電量販店チェーンを展開している「ケーズデンキ」と、カジュアル衣料品および雑貨チェーン「ポイント」(現アダストリアホールディングス)は水戸から生まれた全国区の上場企業。

ケーズデンキは家電製品業界5位でテレビCMも多いから良く知られている。

福田三千男さんが1971年に家業の福田屋洋服店入社し立ち上げたメンズカジュアルブランド「ポイント」から始まった「アダストリアホールディングス」は「ローリーズファーム」「グローバルワーク」などを日本・香港・台湾・中国・シンガポールに展開している国際銘柄だが女性主体なので余り知られていない。

前置きが長くなったが、水戸市南町を中心にメンズ5店、レディス4店のブティックを展開し、感度の高さで若者の支持を受けている「アットワーク」の杉浦時彦さんは「ポイント」立ち上げの時代に学生のアルバイトとして参加、卒業後は正社員として男性ファションからレディースまで県内外に店舗を展開した有力な人材。

1986年、株式会社アットワークを設立、暖簾分けの形で「HE BOSTON LADY'S」をサントピア2階に開設してから今年(2016年)で30年を迎える。

スタートは福田三千男さんが創業したメンズカジュアル「ポイント」だから、「サントピア」がルーツと言えないかもしれないが、「HE BOSTON LADY'S」から始まった「アットワークグループ」はサントピアの遺伝子を感じる。

前回紹介した、大内本舗の大内勝さんは宮下銀座に「BABACOOL」「Liquid」「HonkyTonk」など個性的で拘りを感じる品揃えの店を展開。

DSCN6681.jpg

杉浦時彦さんも南町の大通り裏に「OBLIQUE」「FLOWER」「Birthday」「MUSTY NEW」「BEAUTRIUM」など個性的な路面店を開いている。
何れも拘りのブランドが中心で、マニアック。
輸入ブランド多いのも「アットワークグループ」の特徴かも知れない

杉浦さんが自ら手掛ける内外装もユニークで定評がある。

社員の自由裁量でブランド選定も出来るなど、社員に権限移譲も大内さんと同じ。これも「サントピア水戸」のテナント各社と同様で店長決済であらかたが済む。
休日ごとにメーカーを巡り、評判な店を観、いち早く情報を得るのも似ている。

2004年3月に水戸市南町2-3-25 にビルを購入し、店舗と本部事務所「アットワークビル」を拠点としている。

5アットワーク

「賑やかで・お祭り大好き」は杉浦さんの性格であるが、レストランや本社ビルの売り場の中でクリスマスパーテーが開かれる。
サントピアも同様だった。京成ホテル2階を借りきった12月の「サントピアのクリスマス」は水戸の風物詩だった。

2アットワーク

「水戸黄門まつり」の花火大会をアットワークビル屋上で観る「サマーフェス」
今年で第7回。

餅つきアットワーク

餅つき大会、クリスマスパーテ―などは全て社員による手作りの企画でお客様をもてなし、共に愉しむ。

杉浦社長は春・秋のヨーロッパの仕入れも欠かさないなど、常に次の予測にアンテナを張り、多くの外部スタッフや友人も多い。

ファッション業界に特有とも言えるが、お金より仕事が好きと言う人間が多い。
水戸のファッションを引っ張っている人であり企業だ。


サントピア水戸の時代への挽歌 其の⑫「サントピアの遺伝子」其の2
「アットワーク」杉浦 時彦さんの巻

  1. 2016/07/22(金) 06:12:22|
  2. 人物
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

企画室長・用田貞夫さん「サントピア水戸」の時代への挽歌 其の⑪

「サントピア水戸」の時代への挽歌 其の⑪

企画室長・用田貞夫さん


用田さん千波湖


(2016年7月10日・千波湖ストリートライブでの用田貞夫さん)

ダイエー水戸店誘致運動の前に、南町2丁目の商店街の有志によって店舗の内装やチラシなどの広告宣伝を業務とする株式会社「共同企画」が発足していた。
業者に発注するより内製化して価格や質を良くとの考えで、相馬画材の相馬武男さんが社長に就任した。
相馬さんはデザイン関係に明るく、商店街の知識も豊富な勉強家だった。

ダイエー水戸店の開店が1973年(昭和48年)、遡ること5年前頃と思う。
社員はインテリア関連3名、グラフィックが1名程だった。
創業時ではなく、幾分たってから用田貞夫さんが入社した。
同じ頃、ビル開発を業務とする「JSD」を設立され、相馬さんや用田さんはそちらに移り、東京との折衝が大きな仕事になった。

「サントピア」が竣工したが、建設費の支払いが出来ず、開店が危ぶまれたが、オープンにこぎつけた。

資金面は常陽銀行から出向した社長が担当することで解決したが、広告宣伝・テナントの誘致・サウスコアのイベント運営、総務・経理以外の営業と企画の全てをまかされたのが「企画室」。
開店に力を貸したバツの松本社長の戦略を下に室長の用田貞夫さんは東京と地元を奔走サントピア運営の中枢を担う様になった。

用田貞夫さんは「チーフ」と呼ばれ、次第にサントピアの顏となった。
業務の拡大につれ社員も増えた。
サントピア水戸の成功を基に、サントピア○○と、他の都市に作ることなども考えたらしいが実現には至らなかった。
サントピアの成功により、企画室を発展させ広告宣伝・コンサルタント業務とする(株)イッツを設立し社長となった。

サンントピアの業務を継承しつつ、新たな業務にも乗り出した。
2005年(平成17年)11月11日に開業した「イオンモール水戸内原」の開発にも関わったが、体調を崩し療養に専念。その後、会社は消滅した。
サントピアは2005年に閉店、店も人もばらばらとなった。

協同企画~サントピア企画室は、バブルの真っただ中、商店街に活気があり、大型店の誘致と商店街との共栄共存。
そんな状況の下、用田さんは八面六臂の活躍だった。

病を得た後、リハビリに専念していた用田さんが、昨年あたりから人前にも顔を出すようになった。



マエダ ヨウイチさんが中心になって千波湖湖畔・好文カフェ前のデッキで開催される「千波湖ストリートライブ」にギターを片手に演奏している。

千波湖ライブ2


用田チーフを囲んでサントピアOB会in千波湖。
Kショップ・木村さん。大内本舗・大内さん。チームK・加藤 保さん、 染谷千浩さん。

sennbako.jpg


用田貞夫さん、大内勝さん。

ケンゾー

加藤 保さん、荻野健三さん。

(写真はいずれも加藤保さんのFBより。2016年7月10日) 

  1. 2016/07/19(火) 22:41:30|
  2. 人物
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ

プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する