よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

「アットワーク」杉浦 時彦さん@水戸市南町2-3-25

「アットワーク」杉浦 時彦さん@水戸市南町2-3-25

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(アットワーク 本社ビル)

家電量販店チェーンを展開している「ケーズデンキ」と、カジュアル衣料品および雑貨チェーン「ポイント」(現アダストリアホールディングス)は水戸から生まれた全国区の上場企業。

ケーズデンキは家電製品業界5位でテレビCMも多いから良く知られている。

福田三千男さんが1971年に家業の福田屋洋服店入社し立ち上げたメンズカジュアルブランド「ポイント」から始まった「アダストリアホールディングス」は「ローリーズファーム」「グローバルワーク」などを日本・香港・台湾・中国・シンガポールに展開している国際銘柄だが女性主体なので余り知られていない。

前置きが長くなったが、水戸市南町を中心にメンズ5店、レディス4店のブティックを展開し、感度の高さで若者の支持を受けている「アットワーク」の杉浦時彦さんは「ポイント」立ち上げの時代に学生のアルバイトとして参加、卒業後は正社員として男性ファションからレディースまで県内外に店舗を展開した有力な人材。

1986年、株式会社アットワークを設立、暖簾分けの形で「HE BOSTON LADY'S」をサントピア2階に開設してから今年(2016年)で30年を迎える。

スタートは福田三千男さんが創業したメンズカジュアル「ポイント」だから、「サントピア」がルーツと言えないかもしれないが、「HE BOSTON LADY'S」から始まった「アットワークグループ」はサントピアの遺伝子を感じる。

前回紹介した、大内本舗の大内勝さんは宮下銀座に「BABACOOL」「Liquid」「HonkyTonk」など個性的で拘りを感じる品揃えの店を展開。

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杉浦時彦さんも南町の大通り裏に「OBLIQUE」「FLOWER」「Birthday」「MUSTY NEW」「BEAUTRIUM」など個性的な路面店を開いている。
何れも拘りのブランドが中心で、マニアック。
輸入ブランド多いのも「アットワークグループ」の特徴かも知れない

杉浦さんが自ら手掛ける内外装もユニークで定評がある。

社員の自由裁量でブランド選定も出来るなど、社員に権限移譲も大内さんと同じ。これも「サントピア水戸」のテナント各社と同様で店長決済であらかたが済む。
休日ごとにメーカーを巡り、評判な店を観、いち早く情報を得るのも似ている。

2004年3月に水戸市南町2-3-25 にビルを購入し、店舗と本部事務所「アットワークビル」を拠点としている。

5アットワーク

「賑やかで・お祭り大好き」は杉浦さんの性格であるが、レストランや本社ビルの売り場の中でクリスマスパーテーが開かれる。
サントピアも同様だった。京成ホテル2階を借りきった12月の「サントピアのクリスマス」は水戸の風物詩だった。

2アットワーク

「水戸黄門まつり」の花火大会をアットワークビル屋上で観る「サマーフェス」
今年で第7回。

餅つきアットワーク

餅つき大会、クリスマスパーテ―などは全て社員による手作りの企画でお客様をもてなし、共に愉しむ。

杉浦社長は春・秋のヨーロッパの仕入れも欠かさないなど、常に次の予測にアンテナを張り、多くの外部スタッフや友人も多い。

ファッション業界に特有とも言えるが、お金より仕事が好きと言う人間が多い。
水戸のファッションを引っ張っている人であり企業だ。


サントピア水戸の時代への挽歌 其の⑫「サントピアの遺伝子」其の2
「アットワーク」杉浦 時彦さんの巻

  1. 2016/07/22(金) 06:12:22|
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企画室長・用田貞夫さん「サントピア水戸」の時代への挽歌 其の⑪

「サントピア水戸」の時代への挽歌 其の⑪

企画室長・用田貞夫さん


用田さん千波湖


(2016年7月10日・千波湖ストリートライブでの用田貞夫さん)

ダイエー水戸店誘致運動の前に、南町2丁目の商店街の有志によって店舗の内装やチラシなどの広告宣伝を業務とする株式会社「共同企画」が発足していた。
業者に発注するより内製化して価格や質を良くとの考えで、相馬画材の相馬武男さんが社長に就任した。
相馬さんはデザイン関係に明るく、商店街の知識も豊富な勉強家だった。

ダイエー水戸店の開店が1973年(昭和48年)、遡ること5年前頃と思う。
社員はインテリア関連3名、グラフィックが1名程だった。
創業時ではなく、幾分たってから用田貞夫さんが入社した。
同じ頃、ビル開発を業務とする「JSD」を設立され、相馬さんや用田さんはそちらに移り、東京との折衝が大きな仕事になった。

「サントピア」が竣工したが、建設費の支払いが出来ず、開店が危ぶまれたが、オープンにこぎつけた。

資金面は常陽銀行から出向した社長が担当することで解決したが、広告宣伝・テナントの誘致・サウスコアのイベント運営、総務・経理以外の営業と企画の全てをまかされたのが「企画室」。
開店に力を貸したバツの松本社長の戦略を下に室長の用田貞夫さんは東京と地元を奔走サントピア運営の中枢を担う様になった。

用田貞夫さんは「チーフ」と呼ばれ、次第にサントピアの顏となった。
業務の拡大につれ社員も増えた。
サントピア水戸の成功を基に、サントピア○○と、他の都市に作ることなども考えたらしいが実現には至らなかった。
サントピアの成功により、企画室を発展させ広告宣伝・コンサルタント業務とする(株)イッツを設立し社長となった。

サンントピアの業務を継承しつつ、新たな業務にも乗り出した。
2005年(平成17年)11月11日に開業した「イオンモール水戸内原」の開発にも関わったが、体調を崩し療養に専念。その後、会社は消滅した。
サントピアは2005年に閉店、店も人もばらばらとなった。

協同企画~サントピア企画室は、バブルの真っただ中、商店街に活気があり、大型店の誘致と商店街との共栄共存。
そんな状況の下、用田さんは八面六臂の活躍だった。

病を得た後、リハビリに専念していた用田さんが、昨年あたりから人前にも顔を出すようになった。



マエダ ヨウイチさんが中心になって千波湖湖畔・好文カフェ前のデッキで開催される「千波湖ストリートライブ」にギターを片手に演奏している。

千波湖ライブ2


用田チーフを囲んでサントピアOB会in千波湖。
Kショップ・木村さん。大内本舗・大内さん。チームK・加藤 保さん、 染谷千浩さん。

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用田貞夫さん、大内勝さん。

ケンゾー

加藤 保さん、荻野健三さん。

(写真はいずれも加藤保さんのFBより。2016年7月10日) 

  1. 2016/07/19(火) 22:41:30|
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眞壁明吉良さんが「きらめきプラス」に登場

眞壁明吉良さんが「きらめきプラス」に登場

きらめきプラス

月刊『きらめきプラス』は2012年に創刊された月刊誌だが、巻末には「人・文化・世代をつなぐ読者参加型の月刊誌、先人から受け継いだ日本の歴史と伝統・日本人の生き方を、今を生きる私たちが未来へとつないでゆきたい」で年間購読の読者が多いようだ。
著者はその道の専門家が、見開き2頁から4頁位を分かりやすい言葉で書いているから気楽に読める。

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VOL43/卯月号は「2011年3月11日・あの日を忘れない」と東日本大震災関連の記事から相撲、教育、経済、法律、ビジネス、映画、武道、ペット、在宅医療など多岐な内容が盛り沢山。

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巻頭を飾っているのは『女子の武士道』(致知出版社)で脚光を浴びた石川真理子さんが取材・執筆した「石川真理子の人物探訪」の第1回。
[うどんを科学した現代の武将]として眞壁明吉良さんが取材・掲載されている。
日本の三大うどんの1つ秋田の稲庭うどんは、昔ながらの手作りうどん製造が風前の灯だった時に、工学部出身で粉体工学を専攻した眞壁さんが伝統製法を踏襲しながら科学的な手法を取り入れ「乾麺でありながら、生麺の食感。細麺でありながら煮込み・鍋物でも煮崩れしない」うどんを完成させた。

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茨城県の眞壁を発祥とする戦国武将・眞壁氏を継承する者として先祖に対するつながりの意識は戦国武将の清廉な生き様を現代に伝えようとして来た。
家業において食の安全性に対する研究・開発に専心する傍ら、心や魂に関する事柄にも造詣が深い。
秋田を本拠地としているが、講演などで全国を飛び回る毎日だ。

多忙な眞壁さんが「きらめきプラス」の次号から『現代に生きる武将たちの系譜』と題し連載を始る予告がされている。
先ずは、出自の眞壁氏の先祖を辿り家訓の中から多くの教訓を得て、現代に生かす。
続いて織田家と縁の深い秋田氏など、今後の1年間どの様な武将が登場し「幸せに生きるための秘訣」を話されるか楽しみだ。
  1. 2016/03/17(木) 08:55:17|
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野坂昭如 逝去

黒眼鏡 野坂昭如 椿落    阿然

本業の作家以外に作詞家・歌手など多彩な才能を持った野坂昭如が12月9日心不全により死去した(享年85歳)。

昨年11月10日に高倉健(享年83歳)
28日には菅原文太(享年81歳)が相次いで亡くなった。
二人とも、昭和を代表する俳優だった。

冬茜 健さん文太 昭和果つ   阿然

このお三方の本を読んだことも無ければ、映画もほとんど観ていない。
テレビの画面からの知識しかないが、偉大な方々だった。

太平洋以前に生まれた方たちの言語を絶する体験は筋金入りだ。

其の幾分かを伝へたい。

その時代に生きながら、知らずに過ごしてしまうのが凡人の常か。


  1. 2015/12/13(日) 22:00:46|
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眞壁明吉良さん@秋田県横手市

眞壁明吉良さん@秋田県横手市

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シェ、ジャニーの盛岡・材木町店を訪れることが出来たのは、横手のうどん屋・眞壁屋の専務、眞壁明吉良さんの縁による。

「眞壁屋のうどん」をシェ、ジャニーの春田さんが推奨しているのを、水戸京成のお中元ギフト売り場で知ったのが5年前くらいのこと。
味には厳しく、お世辞やご愛想を云わない春田さんが褒めているのだから、間違いはない。
以来、夏冬のギフトの時期にお会いすることになった。

眞壁さんは紛体工学の工学博士、富士通勤務時代にオランダ留学の実績もある。退社して家業のうどん製造に携わるように成るや、技術を生かし「饂飩を科学」した。
科学的な粉と水により手造りされる「うどん」は冷やしても・温かくても美味しいと好評で、今や世界に進出している。

今回、水戸の中元セール終了後に横手に戻られる車に同乗し、いったん横手に立ち寄り盛岡の「シェ、ジャニー」にご一緒した。
その際の記録は先に掲載したが、常に変わらぬジャニーの料理を二人で堪能することが出来た。
眞壁さんも僕もジャニーの料理の信奉者で、全面的に信頼している。

この夜は、横手の眞壁さんのお宅に泊めて頂くので、春田さんとは多くを話せなかったのが、シェ、ジャニーの開店を祝すことが出来た。

眞壁さんは仕事の傍ら、横手市や秋田県の行政などに積極的に物申している。
横手市のごみ焼却場の問題などにも積極的に取り組まれた市民運動家としての顏もある。
「横手倫理法人会」の会長も務められている。
「倫理運動」は全国的な広がりを持つ団体で、水戸にも支部がある。
何人かの友人も会員だが、人間的に素晴らしい方が多い。

翌朝、「横手倫理法人会」経営者モーニングセミナーに出席することが出来た。
横手駅前のホテルが例会場で幹事さん達が事前の設営をすませる頃、会員が集合。会員100名を要するらしいが、この日の出席者は約25名位。
会の信条の何か条かを斉唱する。
「今日は最良の1日、今は無二の好機」
幾つかの例会のフォームの後ゲストスピーカーの講話。
この日はヒーリングサロン経営の関坂真紀子氏。

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講話を含め約1時間、終了後は各自の仕事場に向かうが、幹事と講師を含んだ方々の朝食会にも参加させて頂いた。
食事をとりながら、講師への質疑や会員情報など。

冬場の早朝は、ちょっと辛いかもしれないが、夏場の早朝、仕事前の例会は快適だ。

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豪雪地帯『かまくら』で有名な横手も夏はその様な気配は何処にもない。
  1. 2015/08/06(木) 10:36:30|
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プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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