よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

眞壁明吉良さん@水戸京成百貨店7階「お歳暮ギフトセンター」

眞壁明吉良さん@水戸京成百貨店7階「お歳暮ギフトセンター」


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水戸京成百貨店7階の「お歳暮ギフトセンター」に出展されている秋田・眞壁屋のうどん専務・眞壁明吉良さん。
期間中の毎週末に売り場に立たれる。

売り場には専属の販売員もいるが、自ら売り場に立ち、お客様に説明する。

眞壁さんは秋田大学・大学院を卒業の紛体工学の工学博士。
富士通勤務時代にオランダ留学の実績もある。
退社後に家業のうどん製造に携わるように成るや、技術を生かし「饂飩を科学」した。
科学的な粉と水により手造りされる「うどん」は冷やしても・温かくても美味しいと好評で、今や世界に進出している。

眞壁さんとの縁は、盛岡のフランス料理店「シェ、ジャニー」の春田光治さんだ。
味に厳しく、お世辞やご愛想を云わない春田さんが推奨しているのを知り、夏冬のギフトの時期にお会いすることになった。

眞壁(現・桜川市)が発祥といわれる戦国武将・眞壁氏の末裔の眞壁さんは、歴史にも詳しく「月刊きらめき+」に『現代に生きる・戦国武将の系譜』を連載。

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那珂市が起源とされる戸村氏(横手城代を務めた)についても記されている。

夏冬のギフトの時期にお会いし、杯を傾けながら幅広い分野の話をするのが楽しい。
全てに真直ぐに取り組む眞壁さんの考えは大いに勉強になる。

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水戸市駅南の「餃子とバル310」で。

今回も29日の最終日まで、何度かお会いする機会が有りそうなことは楽しみだ。
  1. 2017/12/02(土) 21:02:15|
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コシノジュンコ氏が文化功労者に

コシノジュンコ氏が文化功労者に

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骨董通りから六本木通りの「レッドシューズ」への曲がり角に「コシノジュンコ」の本社ビルが在る。
1階はショップなのだが、大量の蘭の花で埋め尽くされていた。

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何事かと店に入って聞いたら「コシノジュンコが文化功労者に選ばれたことで、お祝の花が、沢山届けられましたので」とのこと。

NHKの連続テレビ小説「カーネーション」のモデルとなり、ファッション・デザイナーとしての業績は広く知られている。

めでたい話である。
戻ってから調べると、『政府は24日、2017年度の文化勲章を光化学・電気化学の藤嶋昭・東京理科大学長(75)、分子生物学の松原謙一・大阪大名誉教授(83)ら5人に贈ることを決めた。文化功労者にはデザインのコシノジュンコ氏=本名鈴木順子=(78)、歌舞伎の中村吉右衛門氏=本名波野辰次郎=(73)、バレエの吉田都氏=本名遠藤都=(51)、重量挙げの三宅義信氏(77)ら15人を選んだ。』とあり『文化勲章受章者は原則として文化功労者のうちから選ばれる。』ので将来文化勲章ということもある。
因みに、水戸芸術館の理事長・森英恵氏は1996年に文化勲章を受賞した。

1978年からは22年間パリ・コレクションに参加しモードの最前線で活躍した。一方、中国、キューバ、ミャンマーなど、さまざまな政治体制の国々でいち早くショーを開き、ファッションを介した交流を続けてきた。
舞台衣装や制服のデザイン、福島県の地場産業との協働など活動は幅広い。2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会の一員としても、世界を飛び回る。
異文化、異業種の人々と交わるファッションを通し、洋服だけでなく、衣食住に関わる幅広い活動が受賞の理由。

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衣装を担当した「ドラムロック 疾風」のポスターが貼られてあった。

●1966年頃の数か月の短い期間であったが「コシノジュンコ・アトリエ」で仕事をした。
自宅兼事務所が龍土町、アトリエが六本木で、従業員が数名の時代であった。
多少なりとも縁があった氏の今回の受賞は嬉しいことだ。
テレビなどで拝見する姿は髪形を含め、当時と変わらぬ若さやバイタリテイーを感じさせることは驚嘆に値する。



  1. 2017/11/27(月) 15:49:17|
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焚き火師・矢部英雄さん【Tabi-ぶらin真壁&石岡】・其の4

焚き火師・矢部英雄さん【Tabi-ぶらin真壁&石岡】・其の4

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「菖蒲沢薬師」を拝観し、泰山窯・渡辺兼二郎さんのお宅に到着した頃に天気予報の通りに、雨が降り始めた。

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屋根付きの駐車場の下で休憩することに。
既に、矢部英雄さんが焚火の準備を始めていた。

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●渡辺兼二郎さんは1939年東京生まれ。
1959年 武者小路実篤の始めた「新しき村」に共感して入村。
1971年 武者小路より小さな窯の寄贈を受けて陶芸の道に。
1997年 37年間暮らした「新しき村」を離れ、現在地に移住し作陶を始め現在に至るという経歴。
村での生活に身についた謙虚で誠実な人柄がにじみ出ている。この日も、我々の休憩のために駐車場を開放してくださった。

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作品を見せていただいたが、白い釉薬に優しい野の花が絵付けされた、使い勝手の良さそうな器だ。

【Tabi-ぶら】のメンバーは特異な才能をお持ちの方が多い。
趣味ではあるが、プロ並みの技能を有しているから驚く。

矢部英雄さんもその一人、
休日と勤務時間以外に、各地の河川敷や海辺などに出没し、時間帯も早朝から日没と不定らしいが、持参のストーブで焚火。
お湯を沸かして飲み物を。
或いは、鉄板や網でバーベキューを楽しまれる、らしい。

「旅ブラ」に参加した際、何度かお世話になった。

大きさの異なるストーブを持参、新聞紙や木っ端で着火し、あっという間に火を熾す。
BBQなどが終了すれば燃え残りを日消壺に入れて、5分もかからず撤収する見事なさばき。

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この日も、薬缶にお湯を沸かしコーヒを淹れ、パンを焼いてくれた。

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澤幡博子さんが手配した、石岡[PANEZZA]のイタリアパン。
イタリア駐在を体験した鈴木靖さんが「ローマで食べたのと同じ味」
更には、クリームチーズも付いた。

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雨の降る中ではあったが、ストーブの火とコーヒーとパン。
「旅ブラ」の魅力は適宜、出てくる「おやつ」も魅力。

英気を養い、本日の最終目的地「常陸の国総社宮」に。

(写真の一部は「旅ブラ」会員の皆様のfb掲載から引用させて頂きました。)
  1. 2017/10/31(火) 17:49:03|
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森永博志と久保田二郎

森永博志と久保田二郎

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念願かなって、南青山のレッドシューズのイベント《森永博志presents 「第3土ヨー日」》に行くことにした。

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『ドロップアウトのえらいひと』の末尾の森永博志の自己紹介文の一部を引用すると・

『17歳の時、いきなり進路の問題にぶつかった。何も将来は考えてはいなかった。(略・・その後、ローリング・ストーンズの出会いは典型だった)
翌朝、父と母が寝ている部屋に入り、枕元に座り、僕は家を出て一人で生きてゆくことを告げ、ポケットには100円しかなかったが、何も持たず家を出た、100円分の切符を買い始発電車に飛び乗り高円寺まで行った。そこで一文無しになった。駅のゴミ箱から新聞を拾い、求人欄を見た。高円寺の新聞屋が住み込みの配達員を募集していた、訪ねたら、やとわれた。
それが、最初のドロップアウトだった。 
新聞屋で働いた金がたまったのでヒッチ・ハイクで全国を旅した。鐘がなくなると東京に戻りボート場の管理員や印刷工、建設労働者、電話帳の配達、倉庫番らをして金を作った、働けば金は作れた。そして旅に出た。(中略)
24歳の時、新宿のバーで知り合ったエッセイスト久保田二郎の紹介である出版社の契約エディターになった。編集の経験はなかったが、広告の仕事よりはマシに思えた。』

バリ・タヒチ・パラワン・タイ・ジャワ・トラック・小笠原など、20年間の旅の記録が纏められ『アイランド・トリップ・ノート : 島を愛する自由人たちへ』として2004年に出版された。

「ドロップアウト」は世間の動きに同調せずに、自分の好きなように生きる人達のライフスタイルで流行語にもなったが、かなりの強い意志と忍耐力が必要で、誰も出来ることではない。
それ以上に島で暮らすことも、並大抵では出来ぬことだ。

森永博志が訪れたた島々はハワイの様な名のある観光地もあるが、多くは、当時はあまり知られず、行き来も不便であった島の人々と生活を共にしながら取材を重ねている。

森永博志の本の登場人物は桁外れの人生を送っている人々で、憧れを感じる。
自分ではとても実践できない暮らしをしているのが魅力だ。

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『アイランド・トリップ・ノート : 島を愛する自由人たちへ』( 森永博志 著 A-Works 2004)の「WAIKIKI」の項の書き出しは、

久保田二郎―『極楽島ただいま満員』の著者であり、ヘレン・メリルを恋人にし、フュージョン・ジャズドラムの先駆者であり、ギャンブルで全財産を使い切り、20巷の無頼となったが、ペン1本で復活し、何よりも植草甚一にジャズを教え・・・・・・
ジャズ批評特集 20 1975年冬 チャーリー・パーカー ビ・バップ革命 久保田二郎 平岡正明 片岡義男 殿山泰司

こんな凄い人が居たンだ。
  1. 2017/09/14(木) 20:15:36|
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『円生と志ん生』@紀伊國屋サザンシアター

『円生と志ん生』@紀伊國屋サザンシアター

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高校の同窓生のFacebookで長山 泰久さんと云う方の記事に目をとめた。

『S59卒の長山と申します。
私制作を務めております「こまつ座」の芝居の宣伝をさせてください。
9月8日(金)から24日(日)まで、新宿・紀伊國屋サザンシアターにて
『円生と志ん生』という芝居を上演しております。
昭和の名人と言われた古今亭志ん生と三遊亭圓生。
ふたりが戦火烈しい東京から渡った先・満州。
彼の地で敗戦となり、日本へ帰れなくなった2年間。
「失われた600日」の物語です。

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志ん生にラサール石井さん。
圓生には、大森博史さん。
ふたりが出会う、女性たちには、
大空ゆうひ(大空祐飛改メ)、前田亜季、太田緑ロランス、池谷のぶえの皆さん。
女性たちは、都合20役を4人で演じ分けます。

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「酒も満足に飲めなくなった東京よりも陸軍のお抱えで飲み放題の満州の方がマシ」と口では言いながら、
その実、噺という噺がことごとく「禁演落語」に指定され封印されて、
戦争讃美・国威発揚の「国策落語」ばかり強要されるのにうんざりしての満州行き。
ところが思惑とちがって、日本は敗戦。
戦勝国・ソ連の進攻に追われながら、なかなか日本には帰れない日々。
命からがらの帰国後、それぞれまったく芸風・話風のちがう「大名人」と呼ばれる二人。いったい満州で何があったのか。
虚実交えて、歌と音楽をちりばめて綴られる評伝劇。
これは「語る」ことに命をかけ、ピカピカに芸を磨き上げた人間の喜劇です。
そしてこれは「国家」に置いてけぼりを喰らわされた庶民みんなの物語です。
ぜひ皆様にご覧いただきたく、日程限定・枚数限定ではありますが、特価チケットもご用意いたしました。…(略)』との知らせ。

小学生の頃の唯一の娯楽はラジオ放送で、相撲中継・柳家金語楼の落語・広沢虎造浪曲などを面白がって聞いた。
少し長じて、古今亭志ん生を聞き、息子の古今亭志ん朝に魅了されたが、若死にしてしまったのはまことに残念。
と云うこともあり、『円生と志ん生』という芝居を是非見たいと思い9月16日(土)13:30開演を即刻お願いした。楽しみである。

その夜は南青山の「レッドシューズ」の森永博志presents 「第3土ヨー日」と、初体験のダブルヘッタ―だ、

●自分の高校時代は卓球部と演劇部に所属して、全く勉強をしなかった。
卒業年度に「茨城会館」(現在の県立図書館)で隣の女子高と2校連合の演劇祭を開いた。

  1. 2017/09/14(木) 09:47:39|
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プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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