よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

倍音コンサート@そば処「麦家」

倍音コンサート@そば処「麦家」

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那珂市のそば処「麦家」は古民家で手打ちの十割蕎麦を食する隠れ家風の店。
主人自ら創った雑木の庭を愛で、隣接した畑の野菜を使用した天麩羅、畑に設置した「ミツバチの巣箱」から採取した「蜂蜜」(この瓶詰も販売している)などなど、楽しみは沢山ある。

多才な店主から「ちょっと変わった音楽会をしますから、お出かけください」と案内を受けた。
昼の営業が終了した3時から。
緑の庭を抜けた座敷には約10名のお客様。

部屋には二人の若き女性が、

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ピアノ講師・タオライアー奏者の沢山真利子さん(右)と、シンギングボウル&音叉の奏者・雪 晴美さん(左)。

「偶々、楽器を背にした沢山真利子さが来店した際、それは何と声をかけたら楽器とのこと、何だったらここで演奏してよ」との会話から始まった、とのこと。

沢山真利子さんの「タオライアー」は琴のようだが、共鳴箱が無い1枚板。
ヒーリングと瞑想に特化したライアーとのことで、繊細な音がする。

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沢山真利子さんと雪 晴美さんが手にしているのは「コシチャイム」
竹筒の内側に金属の棒が仕組まれた、風鈴の様なもの。これも繊細で複雑な音色。

この他にも、水晶の柱や、チベットの鈴なども使用した。

ヨガや瞑想の背景音として演奏するらしい。
今はやりの「ヒーリング」。
どの様な意味かはっきり理解できないが「心の癒し」に関連する「音楽」というより「音」の連続。
演奏前に「眠くなりますよ」との話もされたが、確かに、単純な音の繰り返し。
特徴的なのが「倍音」と言う音楽用語らしいが、音が増幅され響く。
その響きが幾重にも広がる感じ。

暑い日だったが、緑を吹き抜ける風と、爽やかな音で、確かに癒された。

企画した鈴木さん、演奏者のお二人有り難う御座いました。

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庭にはリョウブの白い花が。
  1. 2017/07/10(月) 09:26:47|
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フローリスト・沙奈絵@水戸市浜田町1-19-5

フローリスト・沙奈絵@水戸市浜田町1-19-5

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久し振りに水戸市白梅の工芸品の店・桃花堂に。
あたかも京都かと思える造りと品揃え、水戸には貴重なお店だ。

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店主から「6月3日~6月4日に《フローリスト・沙奈絵》で開催される“マルシェ・ド・カンパーニュ”にアクセサリーで出店します」と案内チラシをいただいた。

花屋さんの庭先が2日間限定のマルシェとして、食材やパン、お菓子、お花、、ピクルス、手作り雑貨など10軒のブースが並ぶ。

会場の「フローリスト・沙奈絵」は全く知らない。
どの様な処かと「桃花堂」からの足で、下見に訪ねた。

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幾らか分かりづらく、大洗街道の6号バイパス陸橋の手前を右折した田園地帯の一角に、瀟洒なお店が出現してビックリ。

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「フローリスト・沙奈絵」店主の奈良早苗さん。
フランス人のフラワーデザイナーに師事し毎年のように渡仏して研鑽をつまれフランスの上級資格を有しておられるとのこと。

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店内は花屋さんと云うよりインテリアショップ的雰囲気も感じる。


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隣接したログハウスは「茨城レストラン・フェリチタ」
茨城産の食材を利用したイタリア料理店。

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右が「フローリスト・沙奈絵」左が「茨城レストラン・フェリチタ」

細い通路を抜けて裏庭に。

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奥に見えるのが6号バイパス。
この裏庭がマルシェの会場で、10のブースが並ぶ予定。

愉しいマルシェの開催が予感できる空間だ。
  1. 2017/05/19(金) 06:28:24|
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第3回「月の祭り」@常磐神社・能舞台

第3回「月の祭り」@常磐神社・能舞台

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常磐神社は明治7年(1874)徳川光圀・徳川斉昭を祀る神社として、現在地に社殿を造営し、5月12日に遷座祭が行われた。

創建記念の例祭が毎年5月に執り行われる。
3年前から、境内の能舞台で「月の祭り」が開催されるようになった。「夏も近づく八十八夜・・・♪」(立春を起算日として88日目、平年なら5月2日、閏年なら5月1日)の宵に舞や音楽を奉納する趣旨だ。

タイトルの「月の祭 八十八夜~初音~」の「初音」は祭神の徳川光圀が古内地区(現・城里町)産のお茶を称賛し、「初音」と名づけたことによる。

演目のメインは雅楽だが、ベリーダンスやフラメンコまで、多彩な内容だ。

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【Krara ベリーダンス】(清水クララ率いる、水戸市のベリーダンスチーム)の公演しか見なかったが、妖艶なダンスながら能舞台に違和感はなかった。

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飲食店ブースは「ペーパームーン」始め6ブース。

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物販のブースは「古内茶」

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マジカルミステリーツアー・古着屋。
など、5ブース。


主催は常磐神社と「未来塾水戸」の共催だったが、ユニークな集い。
メインの雅楽とピアノのコラボを見られなかったのは残念だった。
来年は月を眺めながら、雅楽の時間まで過ごしたい。
  1. 2017/05/04(木) 18:42:08|
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57年ぶりの同窓会

57年ぶりの同窓会

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昭和35(1960)年の水戸第一高等学校卒業生で、東京近辺に在住の人達が「35会」と称して、年に何度かゴルフを楽しみ懇親を深め、1月は新年会が恒例とか。Fさんから「おいでよ」との誘いで水戸在住の僕も参加することに。

有楽町駅近くのビルの地下1階の居酒屋が会場であったが、Fさんにお任せなので店名も分からず。

1クラス50名の9組で450人位の卒業生だったが「35会」の会員は50名位。

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新年会の参加者は25名位だった。

小学校からの友達もいて知った顔もあったが、卒業後57年を経ち顔や名前を思い出せない方が大半だった。
とは言え、話している内に思い出すことも幾つか。

茨城出身の稀勢の里が大相撲で優勝したこと。
鹿島アントラーズが日本一になったこと。

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.

などの話題と母校出身の恩田陸さんが直木賞を受賞したこと。

恩田さんは水戸一高の名物行事「歩く会」に題材をとった「夜のピクニック」で「本屋大賞」を受賞したのがブレイクのきっかけ。

「夜のピクニック」は1晩中ただひたすら歩くなかで日常の学校生活で絶対しないような話、
クラスメートの男女の話なども出てくる青春小説だ。
現在の生徒の男女比は半々だからこの様な小説も成り立つが、我々の時代は女子が学年で数名のみだから、小説のようなことは起こらなかった。

歩く会

(高2のクラス時の歩く会、1958年)

修学旅行のない高校で年に1度の歩く会(一晩通しで約60kmを歩くのは、戦前の軍事訓練の名残とも言われる)は一大イベントであったことは間違いない。

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上記の話題よりは「身辺の雑談」で盛り上がっていたようだ。
各自が近況報告をしたが、司会者が「病気と孫の話は無しで」とくぎを刺したが、その手の話がしばしばであったのは、お互い耄碌して相手の話を聞こうとしないことによるのだから、自戒すべきことだ。

僕は、「ブラタモリ」の水戸編が1月28日(土)NHKで午后7:30~8:15に放送予定とPRしたが見てくれただろうか。
(再放送は2月15日(火)深夜1時から)
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  1. 2017/02/06(月) 23:07:15|
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笠原水道・龍の道ウォーキング@水戸マニアの会外伝

笠原水道・龍の道ウォーキング@水戸マニアの会外伝

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上水道としては日本国内で18番目に古いと言われる笠原水道。
明治時代までは使われていたらしい。

水源池には神社や碑もあり、何度か訪れてはいるが途中はどのような経路なのか、まるで分らなかった。
水戸マニアの会が主催する「笠原水道・龍の道ウォーキング」が1月22日(日)に開催されることを知り申し込んだところ定員30名、ギリギリで参加出来することが出来た。

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午前9時半、笠原水源も守り神「水戸神社」の階段下から出発。
「龍頭栓」下市地区で使用されていたものを移築して設置。


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中央は井戸と水のプロ西原さん。左は会長の 山口晃平さん。
NHKの取材が有りましたが、稀勢の里の優勝で、翌日の県域放送で紹介されました。

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彰考館総裁を務めた藤田幽谷撰文の「浴徳泉記」の碑。
文政9年(1826)5月建立。


地質学のプロ西原さんと茨大の天野先生のすばらしい解説。

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逆川沿い崖線に敷設された岩樋を辿りながら。

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大正時代の地図。建設時と変わらない。

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現在の地図。駅南開発などで崖を崩し湿地を埋め立てたのでかなり変わった。

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出土した岩樋の前で西原昇治さんの説明。
岩樋は通水路と思っていたが、崖から湧き出た地下水を集めながら流す構造。
従って、完全にふさがれていない。
切り出した水成岩の大きさは約30キロ、人が運べる重さ。
30㎝×60㎝位、厚さは10㎝位か。
切り出した穴が、常磐線の線路際に残されているが、そこから船で運び出したのであろう。穴の深さは数十mに達するらしい。
今では、その穴に天然記念物の「光り藻」が繁殖している。

別な場所に設置された模造品は石質や形状がまるで異なるものとか。
早急に撤去して本物を展示すべきだろう。

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笠原水道の素晴らしいところは僅かな高低差なのに、「水戸層」と呼ばれる地層に沿って地下水が流れ、湧き出す。其の湧水を集めて供給している点だ。

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地層が顕われている場所で、茨大の天野先生と西原さんの説明。
水戸の台地は12万年前に出来た。2万年前頃に現在の地形に。
6千年前の縄文海進の際の水位は今より6m位高かった。
(この年代については記憶で、不確実ゆえに後日訂正します)

豊富な湧水を確認できる場所は何か所も在った。

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ここは民家の裏、きれいな水を利用し山葵とクレソンを栽培。

藤柄町を通って今回の一応の終点・備前堀の「魂銷橋」に。
ここから下市地区5千人に水が供給された。

この後「武隈市民センター」に移動し水源の水を使用した「焼鳥バッパ」特製の豚汁を賞味。

天気にも恵まれ、素晴らしい講師の話を実証しながらの「龍の道ウォーキング」
素晴らしい一日に感謝です。

●笠原水道

2代藩主徳川光圀は藩主就任直後の寛文2年(1663)町奉行望月恒隆に下市の水不足に対処するための水道設置を命じた。
調査に当たった平賀保秀は笠原を水源地に選び、工事は永田勘衛門が担当した。笠原から逆川に沿い藤柄町まで岩樋を用いた暗渠を作り、備前堀を銅樋で渡して市街に入り、細谷まで全長約10kmの水道が翌年完成した。
*工期約1年は驚異的な速さらしい。工区を分割して一斉に進行したのであろうと云う西原さんの見解。
  1. 2017/01/23(月) 23:17:41|
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プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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