よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

「勝田全国マラソン大会のすべて」

「勝田全国マラソン大会のすべて」

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参加人数2万人超えの大規模市民マラソン「勝田全国マラソン大会」が1月28日(日)開催される。
今回で66回を迎えるまで、幾多の変遷を重ねて全国屈指の市民マラソンへと成長した。。
現行の全国マラソン大会で、昭和20年代まで遡ることが出来る大会はたったの4つだけ。
規模の大きさと歴史の長さの割には広く知られていないのを歯がゆく思っている関係者が少なくない。
主催者の「勝田全国マラソン大会実行委員会」が大会の記録ばかりでなく、歴史的・地理的な魅力の紹介を網羅したドキュメンタリーを刊行した。

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第1章 65年のあゆみ
第2章 日本陸連公認コース
第3章 大会を支えてきた人々
第4章 大会記録

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●手づくりのゼッケン
今日の勝田全国マラソンの基礎を築いた(故)川又廣氏が当時、大会運営のためにゼッケンを手づくりしたという。

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●街おこしに一役 参加賞に”完走いも”
特産品の「乾燥いも」が参加賞として選手に贈られたのは、昭和58年の第31回大会から。「乾燥いも」をマラソンでの”完走”とかけて、参加賞として渡すことを考えた当時の勝田市長。

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●コースの見取り図と周辺施設の案内。施設個別の説明については別途の解説記事もある。

多岐にわたる内容だが、図版や写真も多用されているので、マラソンに興味のない人でも読み物として面白い。

「あとがきに代えて」として、ひたちなか商工会議所会頭・観光協会会頭の鈴木誉志男氏が記しているように、この本の魅力は、編集と執筆に関わった水戸在住の文筆業・大曾根克彦氏が担当したことにあるようだ。
氏は『常陽芸文』のメインのライターで茨城県内の歴史・地理・文化に詳しい。

  1. 2018/01/27(土) 08:35:25|
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森永博志さん装幀の仕事@芝浦アトリエ

森永博志さん装幀の仕事@芝浦アトリエ

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森永博志さんは、文筆家・編集者、或いはプロデューサーとして幅広い活躍をされている。

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初めて芝浦アトリエを訪問した際、著作ページのコラージュを布地で置き換えたような、Tシャツ・ジーンズなどを拝見し、芸術作品とも言えるのではないかと、感動した。

ステッチなども全てが手刺しで、手造り感が満載の一品ものだ。
色合いや、組み合わせの自由自在の感覚は稀有だ。

二度目にお目にかかった時は、パーティーの合間の時間。

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森永さんの話を伺いながら、Tシャツと同じ手法で、文庫本の表紙を装丁した作品を見せて戴いた。

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読書ノートを毎日書かれる愛書家。
日記として大判の大学ノートにペンで書き連ねる。
毎日の事だから、恐れ入った。

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気に入った文庫本の表紙を剥がして、段ボールに置き換え、その上に布地などをコラージュすると、自分なりの1冊が出来上がる。

背中にタイトルの書き込みはないから、何の本かは自分しか判別できない。
正しく私家版の装丁だ。

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合間の時間に森永さんの装丁の作業の一端を拝見した。
1針1針、無我無心の境地で刺してゆく。
見る見るうちに「森永ワールド」が出来上がる。

我が家に戻って、さっそく真似を始めた。
森永さんの様な才覚は無いが、何かを作るのは楽しい!
文庫本では小さいので、もう少し大判を選んだ。
まだ完成しないが、布地や糸を選びながらの手作業は楽しい。

厚手の雑誌には、薄手の段ボールでタトウの様に箱を着ければ表紙も傷まない。と思ったので試みることに。

捨ててしまう包装紙や枝折なども素材になりそう。
断捨離とばかり、捨て去ることばかり考えていたが、捨てないで再利用。
大切なことを、忘れてしまった。

●10月21日、南青山「レッドシューズ」の《森永博志presents 「第3土ヨー日」》に行こうと思い、森永さんの友人の夏目さんに連絡した。

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その日は、6時半から森永さんのアトリエで「お台場海上芸術花火祭 2017」の「花火を見る会」が開かれ、花火終了後に森永さんは「レッドシューズ」に向かわれるとのことだ。
6時半からの「花火を見る会」のパーティーに参加し、積極的に生きようとしている若い人達の姿を見て、心強く思った。
  1. 2017/10/28(土) 06:29:06|
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『暁斎鈍画』《1881(明治14)年発行》

『暁斎鈍画』《1881(明治14)年発行》

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河鍋 暁斎《かわなべ きょうさい、天保2年〈1831年〉―明治22年〈1889年〉》は、幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師、日本画家。

暁斎が先達の葛飾北斎(1760〜1849年)に私淑したと言われる。
『北斎漫画』に対して暁斎は『暁斎漫画』や『暁斎鈍画』を描いた。

葛飾北斎が絵手本として発行したスケッチ画集『北斎漫画』は、全十五編が発行され人物、風俗、動植物、妖怪変化まで約4000図が描かれている。

それに対し『暁斎鈍画』は筆さばきや描写など北斎に見劣りしない。

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踊りなどの風俗を描いたものは順当だが。

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特骸骨を描いたページは生き生きしている。

「骸骨は己の姿・よく見よ」は古今東西の主題だ。

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踊り狂って、

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三味線を弾き。

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首と首にひもをかけての引き合い。

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囲碁に興じ。

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奥付に蝙蝠の絵柄の中に「酒仲画鬼」の朱印。

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明治14年の出版。


●茨城県古河出身と云う事で、幕末の女流日本画家の奥原晴湖(1837- 1913年)と並び称されたが、今では河鍋 暁斎の評価が格段に高い。

お雇い外国人の建築家ジョサイア・コンドルが暁斎に入門し、イギリスの暁斎を意味する「暁英」の号を与えられるほど2人の交流が親しかったことも知られている。

●号は「ぎょうさい」とは読まず「きょうさい」と読む。
それ以前の「狂斎」の号の「狂」を「暁」に改めたもの。
明治3年(1870年)に筆禍事件で捕えられたこともあるほどの反骨精神の持ち主で、多くの戯画や風刺画を残している。
狩野派の流れを受けているが、他の流派・画法も貪欲に取り入れ、自らを「画鬼」と称した。
その筆力・写生力は群を抜いており、海外でも高く評価されている。

  1. 2017/03/01(水) 14:02:56|
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『直しや雑記帳』(よこの会・1987年7月・B6判 224頁) 

『直しや雑記帳』(よこの会・1987年7月・B6判 224頁) 
「サントピア水戸」の時代への挽歌 其の20


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サントピアが1978(昭和53)年に開業した6年後に「服の直し屋」を5階に出店した。商人なら当たり前のことが、素人が始めたたので知らないことばかり、恥かしい話は五万とあるが、今回は割愛。

「ぼやいてばかり」でもしょうがないので、店で感じた「よしなしごと」を書きつけてみようと思いついた。サントピアの近所に日刊の地方紙「新いばらきタイムス社」があった。残念なことに廃刊となってしまったが、地方紙の存在は貴重だ。
藩士を持ち込んだら、幸運にも「家庭欄」に週1回で連載してもらえることに。
文章だけでは目立たないのでカットを1枚添えることにした。
絵も文も自信は無かったが、やるほかない。

悪戦苦闘しながら1984(昭和59)年10月~1987(昭和62)年3月までの約2年5か月間に100回に渡り掲載することが出来た。

連載が完結する頃、水戸青年会議所の卒業年度を同じくする友人で毎月16日に昼食会を開いている【よこの会】の仲間から「じゃ、出版したらいいじゃない」と勧められ、急遽、出版の話が具体化した。

これと言った計画が有ったわけではないのに、(無かったから出来たのかもしれないが)、出版したら記念の会を開こう、会費で何とかなるからと風呂敷が広がった。
仲間に「きど印刷」社長の城戸義明君がいたことが大きかったが、他のメンバーの協力もあり、1987年7月に『直しや雑記帳』(B6判 224頁)が誕生した。

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若年の友人でデザイナーの加藤木洋一君が編集と装丁を担当してくれた。
段ボールを表紙にするというユニーク装丁。
定価を1600円としたのは昭和16年生まれの仲間のゴロ合わせ。
販売の予定はなく記念品として配布することに。

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100回の連載が纏まったものをみれば〈身の回りから暮らしを見直す〉〈過剰な装飾を排しシンプルに)(流行おくれなんて気にしない)(ものにとらわれずじゆうに)(サントピアと水戸の街)など。
もっともらしいことを記しているが、前に述べた水野正夫先生や浜野安弘氏などの考え方に大きな影響を受けている。

水戸市泉町の中央ビル8階の「ゴールデンホール」に300人が集まった盛大な出版記念会が開催されたのは身に余る光栄だ。

出版記念写真


出版の集いを報じた「新いばらき」1987年7月22日号。

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仲間の「三ツ扇」滝田酒造のこもかぶりで「鏡割り」。

記念品には十河雅典さんデザインによる特性ラベル貼った「OSAKE」
中身は「三ツ扇」の四合瓶。

今にして思えば、短期間でいとも簡単にあんなことが出来たのか。
不思議だ、遅ればせながら仲間達と参加して戴いた多くの方々に心から感謝の言葉を申し上げます。


  1. 2016/12/21(水) 05:50:36|
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『酒は人ありき』(2016年・磯蔵酒造刊)

『酒は人ありき』(2016年・磯蔵酒造刊)

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創業明治元年、茨城県笠間市稲田にある「磯蔵酒造」が「ちょっ蔵 新酒を祝う会・開催10周年記念」として出版された『酒は人ありき』はB4判128ページに及ぶ写真集。
大小取り混ぜて映されたカット数は数えきれない程。

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撮影は森島興一・小泉慶嗣の両カメラマンだが、お二人以外の方々の写真も掲載されているとのこと。


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今年で第十回となる「新酒を祝う会」は文字通り新酒を愛でる会ではあるが、11時から21時迄の10時間にわたって、バンド演奏・フラメンコダンス・落語・餅つき・和太鼓・稲荷ばやし・歌謡ショー等が次から次に催された。

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酒のつまみの屋台も焼鳥・ピザ・和食など40店。


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酒蔵と言ってもさほど広く無い空間に、延べ2500人以上が参加する一大イベント、日頃は乗降客の少ない水戸線稲田駅から蔵に至る道は人人人。



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これだけの大イベントが出来るのは五代目の蔵主・磯貴太・光子夫妻を中心とした仲間たち。
東京始め地元の笠間や水戸からの大勢の支援者たちの協力の賜だ。

「地元の水、米」にこだわり「稲里 いなさと」を酒銘に、「米の味と香りのする日本酒」を醸造している、
近年は国外にも販路を広めているらしい。


地方の酒蔵が生き残る道は厳しいが、笠間の「磯蔵酒蔵」・水戸の「吉久保酒造」・常陸太田の「剛烈酒蔵」など僕の知り合いの蔵元が健闘しているのは嬉しいことだ。
  1. 2016/05/24(火) 22:06:44|
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プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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