よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

『直しや雑記帳』(よこの会・1987年7月・B6判 224頁) 

『直しや雑記帳』(よこの会・1987年7月・B6判 224頁) 
「サントピア水戸」の時代への挽歌 其の20


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サントピアが1978(昭和53)年に開業した6年後に「服の直し屋」を5階に出店した。商人なら当たり前のことが、素人が始めたたので知らないことばかり、恥かしい話は五万とあるが、今回は割愛。

「ぼやいてばかり」でもしょうがないので、店で感じた「よしなしごと」を書きつけてみようと思いついた。サントピアの近所に日刊の地方紙「新いばらきタイムス社」があった。残念なことに廃刊となってしまったが、地方紙の存在は貴重だ。
藩士を持ち込んだら、幸運にも「家庭欄」に週1回で連載してもらえることに。
文章だけでは目立たないのでカットを1枚添えることにした。
絵も文も自信は無かったが、やるほかない。

悪戦苦闘しながら1984(昭和59)年10月~1987(昭和62)年3月までの約2年5か月間に100回に渡り掲載することが出来た。

連載が完結する頃、水戸青年会議所の卒業年度を同じくする友人で毎月16日に昼食会を開いている【よこの会】の仲間から「じゃ、出版したらいいじゃない」と勧められ、急遽、出版の話が具体化した。

これと言った計画が有ったわけではないのに、(無かったから出来たのかもしれないが)、出版したら記念の会を開こう、会費で何とかなるからと風呂敷が広がった。
仲間に「きど印刷」社長の城戸義明君がいたことが大きかったが、他のメンバーの協力もあり、1987年7月に『直しや雑記帳』(B6判 224頁)が誕生した。

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若年の友人でデザイナーの加藤木洋一君が編集と装丁を担当してくれた。
段ボールを表紙にするというユニーク装丁。
定価を1600円としたのは昭和16年生まれの仲間のゴロ合わせ。
販売の予定はなく記念品として配布することに。

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100回の連載が纏まったものをみれば〈身の回りから暮らしを見直す〉〈過剰な装飾を排しシンプルに)(流行おくれなんて気にしない)(ものにとらわれずじゆうに)(サントピアと水戸の街)など。
もっともらしいことを記しているが、前に述べた水野正夫先生や浜野安弘氏などの考え方に大きな影響を受けている。

水戸市泉町の中央ビル8階の「ゴールデンホール」に300人が集まった盛大な出版記念会が開催されたのは身に余る光栄だ。

出版記念写真


出版の集いを報じた「新いばらき」1987年7月22日号。

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仲間の「三ツ扇」滝田酒造のこもかぶりで「鏡割り」。

記念品には十河雅典さんデザインによる特性ラベル貼った「OSAKE」
中身は「三ツ扇」の四合瓶。

今にして思えば、短期間でいとも簡単にあんなことが出来たのか。
不思議だ、遅ればせながら仲間達と参加して戴いた多くの方々に心から感謝の言葉を申し上げます。


  1. 2016/12/21(水) 05:50:36|
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『酒は人ありき』(2016年・磯蔵酒造刊)

『酒は人ありき』(2016年・磯蔵酒造刊)

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創業明治元年、茨城県笠間市稲田にある「磯蔵酒造」が「ちょっ蔵 新酒を祝う会・開催10周年記念」として出版された『酒は人ありき』はB4判128ページに及ぶ写真集。
大小取り混ぜて映されたカット数は数えきれない程。

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撮影は森島興一・小泉慶嗣の両カメラマンだが、お二人以外の方々の写真も掲載されているとのこと。


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今年で第十回となる「新酒を祝う会」は文字通り新酒を愛でる会ではあるが、11時から21時迄の10時間にわたって、バンド演奏・フラメンコダンス・落語・餅つき・和太鼓・稲荷ばやし・歌謡ショー等が次から次に催された。

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酒のつまみの屋台も焼鳥・ピザ・和食など40店。


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酒蔵と言ってもさほど広く無い空間に、延べ2500人以上が参加する一大イベント、日頃は乗降客の少ない水戸線稲田駅から蔵に至る道は人人人。



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これだけの大イベントが出来るのは五代目の蔵主・磯貴太・光子夫妻を中心とした仲間たち。
東京始め地元の笠間や水戸からの大勢の支援者たちの協力の賜だ。

「地元の水、米」にこだわり「稲里 いなさと」を酒銘に、「米の味と香りのする日本酒」を醸造している、
近年は国外にも販路を広めているらしい。


地方の酒蔵が生き残る道は厳しいが、笠間の「磯蔵酒蔵」・水戸の「吉久保酒造」・常陸太田の「剛烈酒蔵」など僕の知り合いの蔵元が健闘しているのは嬉しいことだ。
  1. 2016/05/24(火) 22:06:44|
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茨城文化考@『美術屋・百兵衛37号』(麗人社)

茨城文化考@『美術屋・百兵衛37号』(麗人社)

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美術屋・百兵衛(ひゃくべえ)は2007年に創刊された、季刊の美術雑誌。
全国47都道府県の美術を中心に現地を取材、各号ごとにひとつの都道府県を特集し、その地域の文化全般を紹介している。


第37号は茨城県の特集。

「五浦ゆかりの人物たち 横山大観」
茨城を代表する作家として、先ずは大観(1868-1958)。
没後60年になろうとするが、作品は売買件数・金額ともに上位といわれるから順当だろう。

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岡倉天心と日本美術院。

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茨城の美術と云えば横山大観と中村彝が思い浮かぶ。

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板谷波山も日本を代表する陶芸家

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水戸芸術館

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陶芸の町・笠間
笠間日動美術館・茨城県陶芸美術館

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注目の芸術家の作品や展覧会の話題を紹介。
「現美新幹線」

日本全国の美術ニュース、展覧会ガイドなども掲載されているからお出かけにも役に立つ。

  1. 2016/05/01(日) 16:03:23|
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『御殿場線ものがたり』復刊ドットコム

『御殿場線ものがたり』復刊ドットコム
著者: 宮脇俊三 文 / 黒岩保美 絵


御殿場線物語


「青春18切符2016年春季 」を購入したが、利用期間は3月1日から4月10日迄。
この期間、年金生活の徘徊老人とっても何かと用事があって、予定表の合間をぬって何処に行こうかと迷う。

出先は何処であろうとも、乗車は先頭車両に陣取ることにしている。
運転席の脇の窓から、進行方向の景色がよく見えるからだ。
線路やホームの状況なども良く判る。

2015年冬季、高松からの帰途「御殿場線」に乗ってみた。
「現在は単線だが、複線時代のトンネルや橋脚などの痕跡を伺える場所があり、,鉄道マニ、なら見所が沢山であろう。」との記事を書いたら『御殿場線ものがたり』と云う絵本が有りますよ、と見せて下さった友人がいた。

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御殿場まわりの東海道線が開通して、急勾配の線路に特急や貨物列車をいかに走らせたかというノンフィクション絵本。
小学校中級向け、と云う事だが大人にも充分な内容。

原本は『月刊たくさんのふしぎ・御殿場線ものがたり』宮脇俊三著(福音館書店かがくのともシリーズ)1986年初版の復刻版。

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運転手と機関士、どちらも技術が必要で、さらに煤煙に悩まされた。

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線路・機関車・車両・ポイントなど多くの人達が働いた。

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特急「つばめ」の登場(昭和8年)はそれまでの特急が東京~大阪を11時間半かかっていたが、8時間20分で走る様になった。
この所要時間は現在の「青春18切符」で普通電車を乗り継ぎした時間とさほど変わりはしないのだ。

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沼津~国府津の高さと勾配と距離の比較。

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補助機関車の連結や、食堂車の切り離し作業などが必要だった。

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丹那トンネル(総延長7,804m、1934年・昭和9年)の開通によって、幹線から格下げになってしまう御殿場線。

「盛者必衰」「生者必滅」は世の習い。
  1. 2016/03/04(金) 22:05:07|
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徳川慶喜「常陽藝文」1997年12月号

徳川慶喜「常陽藝文」1997年12月号

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茨城県立歴史館の特別展「徳川慶喜」(2月7日~3月22日)が開催されている。
水戸の梅祭りに合わせ、遠来のお客様に観て戴く企画であろうが、地元の我々も知っておかねばならない。水戸人でありながら、知らないのは恥ずかしい、とは思うが、よく分からない。

展覧会は観たが、もう少し資料はないかと探したのが「常陽藝文」1997年12月号の特集/徳川慶喜。
60頁に渡る大特集で、新書版1冊に相当する内容だ。
写真や図版も多用され、詳しい内容ながら比較的分かりやすく書かれている。

年代とタイトルを記しますが、詳しくは図書館・資料館などで読んで下さい。

1837年 慶喜誕生―徳川斉昭(烈公)の7男で七郎麿―
1838年 水戸に移住―9年余を水戸で過ごす―
1841年 弘道館で学ぶ―追鳥狩にも参加―
1847年 一ツ橋家当主に―水戸家世子の予備的立場から一転―
    八代将軍・吉宗の血を守る三卿。*一橋家継承の持つ意味
1855年 美賀と結婚。
1856年 将軍継嗣争い渦中の人となる。
1859年 安政の大獄により隠居謹慎に。
    
1862年 将軍後見職にー朝廷・外様雄藩の圧力により―
    *開国論を唱えるも実行せず *水戸藩士を伴い上洛。
    *参豫会議を解体―公武合体雄藩の支持を失う―
    *将軍継承抗争の内幕を探る。
1864年 朝廷の命により禁内守衛総督に。
    禁門の変(蛤御門の変)で実践指揮をとる。
1866年 征夷大将軍に叙任。
1867年 大政奉還 -王政復古のクーデターにより1転―
    *慶喜のブレーンは水戸藩士だった。
1868年 弘道館で謹慎―静岡と東京で暮らす― (32歳で隠居、大正時代まで生きる)*明治維新につながる 慶喜の近代化政策。

西暦と年号、慶喜関連事項、水戸の出来事、国内の出来事を対照した項目。
詳細な徳川家系図。
瀬谷義彦・佐久間好雄・宮澤正純・小松徳年など歴史家の見解。など多様な内容が記されている。
将軍職に在ること1年余、政治の表舞台で約10年。
32歳で表舞台を去り、1913(大正年2)年に77歳で没した。
徳川幕府260余年の幕を引き、新時代の扉を開けたことは歴史的な事実。

「常陽藝文」は財団法人常陽芸文センターが毎月発行する文化情報誌で郷土の歴史、民俗、芸術、自然などのテーマを様々な角度から掘り下げて紹介している。月刊誌ゆえに、その月で読み去られてしまうことが宿命、と言えるが特集号などは単行本として刊行すべき内容だ。

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1998年10月号は慶喜の弟「最後の水戸藩主・徳川昭武」を取り上げている。
最新の2015年3月号は「徳川御三家水戸藩とその御連枝高松藩(Ⅰ)」とし、香川県高松市ほかを取材した記事。
水戸と高松の縁を詳しく紹介している。
  1. 2015/03/09(月) 22:29:30|
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プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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