よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

限りなく白い花を目指して・水戸徳川家の蘭 @水戸市植物公園 

限りなく白い花を目指して
水戸徳川家の蘭 @水戸市植物公園    
1月7日(土)~22日(日)


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句友のNさんは山登りが好きで野草山草の愛好家。
偕楽園や弘道館の歴史案内ボランテアもされている。

活動の一部を紹介するブログが「顎鬚仙人残日録」。
植物に関する気の利いた文章と自作の俳句が楽しい。

『蘭 パフィオペディルム (水戸徳川家の蘭)』
と言う記事で「白い蘭」の写真は気品があって奥深い。
早速、現物を拝見に水戸市植物園に。

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水戸徳川家の14代、徳川圀斉氏(1912-1986)は蘭、とりわけパフィオペディルム(通称パフィオ)の白花の美しさに魅了され、新種を輸入し、交配を行い,歳月をかけて新しい品種を次々と作り出し,ラン栽培をライフワークとされた。

新たな品種には旧水戸藩に所縁の名前を付けた。

スワンゴールド

「スワンゴールド」
新種には英国王立園芸協会に新生登録するが、タッチの差で登録されず英語名もある。

マユミ

「マユミ」
常陸太田市の真弓山で白い大理石が採れ、当時は藩の御用石。

サクラガワ


「サクラガワ」
偕楽園下を流れる桜川は、光圀公が磯部(桜川市)の桜を移植して命名されたと言われる。現在、桜川沿いにヤマザクラ中心の当時の景観を復元する「水戸桜川千本桜プロジェクト」が始まった。

ヤミゾ・カシマナダ


「ヤミゾ」・「カシマナダ」

「顎鬚仙人」さんの様な、魅力的な白い花の写真が撮れなかった。

植物公園の関係者にお願いしたいのは、

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素晴らしい蘭の花なのに、新春の飾りの多くの花々など混ぜおきの展示。
展示会の様に一鉢ごとに無背景の中で展示すべきと思った。

更には、「水戸の梅祭り」が始まる。
既に開花している品種も有る。
梅は咲き初めを愛でるから、全てが咲かなくとも問題ない。

既に多くのお客様が水戸を訪れている。
素晴らしい「水戸市植物公園」知ってもらう絶好の機会。
おもてなしの心が感じられない運営は心残りだ。
  1. 2017/01/18(水) 23:19:26|
  2. 庭園・公園
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懐徳館庭園(懐徳園)@東京大学・本郷キャンパス

懐徳館庭園(懐徳園)@東京大学・本郷キャンパス

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東京大学の本郷キャンパスは加賀前田藩の上屋敷だったことは良く知られているし、大名庭園・育徳園の池は通称「三四郎池」として、これまた著名だ。

明治になり、その敷地の大半は東京大学となるも、前田家は本郷キャンパスの南西隅に広大な邸宅を構えていたとは知らなかった。

明治38年に和館、明治40年に洋館を竣工し、明治43年の明治天皇の行幸を前に日本庭園を整備した。

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竣工時の西洋館と日本庭園。


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現在のこの角度からに近い。

大正15年前田邸と代々木演習林の交換により前田邸は駒場に移転し敷地と建物は昭和3年に東京大学に寄贈され「懐徳館」と命名され、迎賓館として使用された。

しかし、懐徳館は昭和20年の東京大空襲によって焼失した。
東京大空襲では懐徳館以外の本郷キャンパスの建物は被害を免れた、と云うのは奇跡的かもしれない。

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現在の和風の建物は昭和26年に再建された。


懐徳館庭園は芝庭と石を多用した池泉と築山で構成されている。


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現在はポンプを使用した人工の滝は使われず、涸れ池と大きな石組が残る。

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総合研究博物館増築時に出土したという西洋館の基礎が、総合研究博物館の近くに保存されている。

総合研究博物館には2度ほど訪ねた。
入場無料で多岐に渡る資料が展示されていた。
総合研究博物館の辺りが前田侯爵邸(懐徳館)の西洋館が建っていたらしい。

東京大学埋蔵文化財調査室助手の原祐一先生が主宰する史跡見学会「加賀藩・富山藩コース」に参加したので懐徳館の庭園を見る機会を得た。

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普段も公開されているのかどうかは分からなかったが、この日(10月15日)はホームカミングデーで、公開講座やシンポジュームなどが開催されていた。

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懐徳門、現在通行は出来ない。
総合研究博物館の裏側で目立たない場所だ。
邸宅の全ては空襲で焼失したがこの門とレンガ塀は貴重な遺構。

  1. 2016/12/03(土) 18:04:28|
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育徳園の池(三四郎池)@東京大学

育徳園の池(三四郎池)@東京大学

2育徳園


第13回千本桜ミーティング(10月8日開催)の講話は東京大学埋蔵文化財調査室助手の原祐一先生が「水戸藩駒込邸(中屋敷)の景観と水戸の景観」について実際に観察された話なので“なるほど”と納得する点が多かった。

原先生の主宰する史跡見学会「加賀藩・富山藩コース」が10月15日(土)に開催されることを知って参加することに。

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集合時間は10:00に東京大学本郷キャンパスの赤門前。
赤門は東大の別称と云えるが、加賀前田藩・前田斉泰の正室として十一代将軍徳川家斉の二十一女の溶姫を正室として迎える為に立てられた。
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参加者は約20名。
1時頃に散会の予定だが、都合によっては途中に退出も可能だとのこと。

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名所の銀杏並木、この時点ではまだ青かった。
黄葉の頃は素晴らしい事でしょう。

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育徳園の池(三四郎池)は掘り上げて池を造成したので、その土を利用して築山を造り、見晴らし台から眺める様になっている。

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御傘亭。
石製の大きな机と椅子が。置かれている。
建設時は池を見渡し、その先まで見えたらしいが、現在は樹木が繁殖し過ぎて見えない。
現在は原さんを含めた検討会が組織され、創建時の姿に戻すと同時に安全性を確保しながら眺望景観・歴史景観を顕在化しようと調査と工事が進行中。

倒木の整理や後に生えた樹木の伐採・剪定工事などが始まった。


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ここからの眺めが一般的だが、ここの大きな石はもう少し水の中に浮いて見えるのが当初の姿で、現在は水位が下がってしまった。
改修に際しては湧水を増やすか、ポンプによる流量を多くすることが必要らしい、現在の水は滞留しているせいか、透明度が失われている。

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この奥の、東の空から登る月が見所なのだが、樹木に覆われてしまって見えない。
原さんの話によれば、日本の庭園は月の動きと、湖畔に移る姿が重要で方向や角度が計算されているとのことだ。

夜間の足元の照明が必要で大切になる。

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南の奥から眺めると小さな石橋。
この辺りはカキツバタを植え、八橋のように見せた場所とか。
今は泥がかなり堆積してしまった。

何年後の完成かは分からないが、竣工した際には現在とは大幅に異なる景観になりそうだ。

。向かいが岡から、不忍の丘に


この後、懐徳館庭園~富山藩神屋敷跡~双ヶ岡~不忍池~富山藩中屋敷跡~鷗外邸跡~平櫛田中邸などを訪ねた見取り図。
  1. 2016/12/02(金) 21:18:11|
  2. 庭園・公園
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称名寺と金沢文庫@横浜市金沢区金沢町

称名寺と金沢文庫@横浜市金沢区金沢町

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「国宝でよみとく神仏のすがた」が開催された神奈川県立金沢文庫は昭和5年(1930)に金沢北条氏一門の称名寺「金沢文庫」を再興されたもの。

称名寺は北条氏の一族である金沢(かねさわ)北条氏の祖、北条実時(1224年 - 1276年)の持仏堂から始まったと推定されている。

金沢文庫は北条実時の私的文庫から発展したものだが、書籍・絵画・彫刻・工芸品など鎌倉の文化財を今に伝えている。

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称名寺境内は国の史跡に指定され、赤門、仁王門、金堂、釈迦堂などがある。金堂前の阿字ヶ池を中心とする浄土式庭園は、1320年(元応2年)、金沢氏3代貞顕の代に整備されたもので、発掘調査を経て1987年(昭和62年)に復元された。

浄土式庭園とは、浄土曼荼羅に基づいて配置された庭園のことで、平安時代末期に盛んにつくられた。

京都の平等院や浄瑠璃寺などが知られているが、12世紀初期には京都より遠く離れた東北の平泉の毛越寺、いわきの白水阿弥陀堂などもある。

絵図称名寺

「称名寺絵図」鎌倉時代

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赤門、
ここからが入り口、参道の両側には多くの塔頭があったらしい。

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仁王門

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金堂

池は「阿字ヶ浦」と呼ばれ「平橋」と「反橋」が懸る。


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行政区が横浜市なので鎌倉の一部とは思わなかったが、この辺りは「六浦」と呼ばれる天然の良港で、鎌倉の外港だった。
鎌倉古道の1つ「六浦道」通っている。
  1. 2016/09/11(日) 10:18:15|
  2. 庭園・公園
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偕楽園好文亭月釜 @好文亭

偕楽園好文亭月釜 @好文亭

釜好文亭月

茶室のある寺や庭園などで、毎月決まった日に行われる茶会を「月釜」という。
偕楽園の好文亭を会場に月釜が開催されているが、出席の機会に恵まれなかった。「見川塚畑遺跡・現地説明会」の終了後、歩いて10分程度などで立ち寄ることが出来た。

「偕楽園・好文亭月釜」の主催は水戸観光協会だが、茶の湯ボランィテア「拙誠会」が運営している。入場無料はありがたいが、好文亭の入場料は必要だ。

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今月の7月3日(日)「江戸千家」
会場は好文亭1階奥の大広間で、見取り図では「西塗縁」となっている。
確かに板張りの床は黒漆が塗られているようだ。

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時間は午前10時から午后3時までだからお客さんも多い。
1席で約20人のお客さんだから、延べにすると何人になるか。

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この席、子供連れもいたし、北海道から沖縄までと浜松の方もいた。
水戸や偕楽園というと、梅の季節とばかり思われるし、そういう宣伝もしているが年間を通して魅力があるのに。
その点でも、この月釜は大きな役目を果たしている。

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床の間。(仮設です)
正客の石州流茶道水戸何陋会の宗匠・湊正雄さん。


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お菓子は水戸銘菓の「水戸の梅」久し振りに食べましたが美味しい。

来月8月11日(木・祝)は遠州流の担当。

茶席の運営には人手が要だが、20人位は携わっている。

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好文亭の入り口で松本山雅FCのサポーターさんと出会った。


お互いの健闘を願った。
Jリーグの良さはお互いの街を訪ねることに意味がある。
この後、僕も「ケーズデンキスタジアム水戸」での水戸・松本戦を応援に。
前半2点を先制するも後半に3点を献上。
松本のサポーターが1000人位は来ていたろう
大迫力だったが、8月7日のアウェー戦、水戸から何人位行くだろうか?
負け試合で18位に後退、後がない状況になってしまった。


<拙誠会(せっせいかい)について>

表千家・裏千家・江戸千家・遠州・石州と煎茶東阿部流の各流派の同好が集い、平成17年から好文亭内に於き「拙誠会」と命名し、ボランティアで呈茶を行っている。
 「拙誠会」とは、この偕楽園を創設した水戸藩代9代藩主徳川斉昭公自ら書かれた茶道に対する心構えを説いた「巧詐 ( こうさ ) は 拙誠 ( せっせい ) に 如 ( し ) かず」が出典。
  1. 2016/07/04(月) 00:32:12|
  2. 庭園・公園
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プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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