FC2ブログ

よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

『モリのいる場所』@水戸芸術館ACM劇場

『モリのいる場所』@水戸芸術館ACM劇場

ku1_20181007225626156.jpg



第33回水戸映画祭[2018]10月7日(土)のプログラムD:11:20~は『モリのいる場所』2018年/日本/99分 監督/脚本:沖田修一
出演:山﨑努/樹木希林/加瀬亮/吉村界人/光石研/青木崇高ほか

ku2_20181007224621395.jpg


主演の樹木希林が亡くなったばかりということもあって、定員300人の切符は完売。当日券を目当ての客は残念ながら入場が叶わなかった。

熊谷守一(1880年~ 1977年)は97歳で亡くなるまでの30年間、家の外へ出ることなく、ひたすら庭に生きるたくさんの虫や猫や草木などを見つめ、描きつづけ「画壇の仙人」とも呼ばれ、浮世離れした伝説の画家。


ku3_2018100722462291c.jpg

熊谷の昭和49年夏の日、幾多のエピソードを1日の出来事として凝縮した。

一日の出来事を通して、お金や名声など世俗の世知辛い欲望に背を向けて飄々と生きる姿。
文化勲章の受章を断って、周囲を唖然とさせる熊谷の超然とした生き方。
等々は、私が尊敬する彫刻家・後藤清一(1893ー1984)の生涯に重なるところが多く共感多々。

上映の終了後、主催のシネマパンチ・寺門 義典さんと沖田修一監督の対談があった。
沖田監督は2002年の短編映画『鍋と友達』が、第7回水戸短編映像祭グランプリを受賞しており寺門さんとを旧知の仲、制作の裏話を聴くことが出来た。

ku4_201810072246242c6.jpg

熊谷守一の没後、豊島区千早の旧宅跡地に、1985年(昭和60年)次女の熊谷榧が遺作を展示する個人美術館を開館。
2007年(平成19年)年11月、所蔵する守一作品153点(うち油絵は23点)を豊島区に寄贈し、豊島区立熊谷守一美術館として新たに開館した。

作家の人となりを知りたく「熊谷守一美術館」を訪ねたのはかなり昔の話。
熊谷 榧(くまがい かや、1929年 - )館長は、故吉野満彦さんの山友達、との話を聞いていたのでお目に掛かれればとも思ったが不在だった。
現在は90歳になろうが、元気に館長職を務めているようだ。
女性登山家・山岳画家としてのパイオニアだ。
スポンサーサイト
  1. 2018/10/07(日) 23:01:15|
  2. 水戸芸術館
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

第33回水戸映画祭 @水戸芸術館ACM劇場

第33回水戸映画祭 @水戸芸術館ACM劇場
10月6日~8日


ei1.jpg

ei1-2.jpg


「水戸映画祭」(NPO法人シネマパンチなど主催・6日~8日)が水戸芸術館ACM劇場で開催されている。

10月6日Program A 11:00~12:50

ei3.jpg


『YEAH』ロッテルダム国際映画祭でのワールドプレミア後、フランス、アメリカの映画祭を巡回し、今回が日本初公開。

ei3-1.jpg


鈴木洋平監督
日立市出身で水戸に在住し、身の回りで面白いと思うものを題材に、映画製作をしている。

ei3-2.jpg


『VERYFANCY』 2017年/日本/30分 監督:柳英里紗


2作品の上映後、冨永昌敬[映画監督]、柳英里紗[俳優・映画監督]、
鈴木洋平[映画監督]の鼎談が開かれた。
『YEAH』のロケ地であった若宮団地の話などを交えた水戸談義など。

ei3-3.jpg


13:10~のインド映画「バーフバリ 王の凱旋(がいせん)<完全版>」
を待つ観客の中にはインド的な衣装の人達も。

17:30~「カメラを止めるな!」(上田慎一郎監督)、
七割以上を水戸市内で撮影しミニシアター系では異例のヒットになった話題作。

ei3-4.jpg

「旅ブラ」の仲間、柏在住の鈴木靖さんは度々水戸を訪れてくれる。
「バーフバリ 王の凱旋」を待つロビーで久しぶりにお会いした。

今日(10月7日)11:20~
「モリのいる場所」画家・熊谷守一夫妻を山崎努と樹木希林が演じた。
見逃した映画なので上映が楽しみ。
  1. 2018/10/07(日) 10:09:53|
  2. 水戸芸術館
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

呉夏枝(オ・ハジ)さん@雑貨とコーヒー「たけうち」

呉夏枝(オ・ハジ)さん@雑貨とコーヒー「たけうち」

gp1-2.jpg

染織、刺繍、編む、結ぶなどの技法をつかって美術作品を制作している呉夏枝(オ・ハジ)さんは1976年大阪府生まれ、オーストラリアのシドニー在住。

go2_20181004005202f45.jpg

金沢21世紀美術館が企画した、東アジア文化都市2018金沢「変容する家」展
(9月15日~11月4日)には日中韓の美術家22組が出品している。


出品作家の一人、呉夏枝(オ・ハジ)さんが水戸に立ち寄られ、お話しする機会を得た。

go1-1_20181004005200151.jpg

呉夏枝(オ・ハジ)さんは
1976年大阪府生まれ、現在はオーストラリアのシドニー在住。
民俗/族衣装を象徴や記号的にとらえるのではなく、第二の皮膚としてとらえ、自ら染め、織り、仕立てるなどして作品を制作。
近年では、織物や、編み物を記憶や時間が織込まれたメタファーとしてとらえ、織りものをほぐすことで織込まれなかったもの、言葉として表れなかったもの--「沈黙の記憶」--を顕在化しようとするインスタレーションや、音声や写真を使った作品なども展開している。


衣服や織りの行為を通して無名の女性たちの、語られなかった歴史や時間を浮き彫りにする視点をもった作品を制作するのは難しい行為だ。

「女は三界に家無し」と言われた時代でも離婚に際し、着物は無条件に女性の所有、と認められたのはその製作過程に於いて大きく関わっていたことによる。
衣服が生活の多くを占めていた時代でもあった。

言葉にすれば堅い話に聞こえるが、人生の大半を糸偏の業界で過ごした私にとって、幕末から明治・大正・昭和を振り返る楽しい時間であった。

約1時間、老人(年の差35歳)の繰り言にお付き合い頂き有り難う御座いました。 
  1. 2018/10/04(木) 00:53:55|
  2. 人と作品
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

『JACK DANIEL’S EXPERIENCE』@水戸京成百貨店

『JACK DANIEL’S EXPERIENCE』@水戸京成百貨店

ja1_20180930235533039.jpg

9月30日(日)開催予定の「第7回水戸まちなかフェスティバル」が台風24号の影響で中止が発表された。
しかし、水戸フェスのプレ企画である水戸京成百貨店の店頭イベント「KEISEIジャズナイト」と『JACK DANIEL’S EXPERIENCE』は開催された。


ja1-1.jpg

ja3_2018093023553760a.jpg


「KEISEIジャズナイト」
<根木マリサjazzクインテット コンサート>
■午後4時 ヴォーカルデュオ/マックギルバート
■午後5時 ギタートリオ/上村洋平
■午後6時 ピアノトリオ/根木マリサ
■午後7時 根木マリサ ピアノクインテッドfeat. マックギルバート

ja2_20180930235535f17.jpg


『JACK DANIEL’S EXPERIENCE』
黒塗りの「JACK CAR」は移動式のバーカウンター車両。
JACK DANIELの魅力を広めるため、6月から9月まで日本国内17都市を巡回し、水戸がファイナル。

「ジャック ソーダ」「ジャック コーラ」「ジャック ジンジャー」といった各種ドリンクが500円。アンケートに回答するともう一杯が無料。

テイスティング、4種類飲み比べで500円。

午後7時 ~8時半まで
根木マリサ ピアノクインテッドfeat. マックギルバート

ja4_20180930235538a2e.jpg


外人さんのグループが飛び入りで歌ったりもあって、盛り上がる。

ja6_20180930235540ee8.jpg


ja7_2018093023554152e.jpg

テイスティング、4種類飲み比べで500円。
インストラクターの説明付き。


ja8_20180930235543f99.jpg

「ジャックダニエルはバーボンウイスキー」と思うが、正しくは「テネシーウイスキー」ワインの原産地証明の様なものだが。
水へのこだわり。
何処の酒造所も、現地の水にこだわるのは世界共通。

チャコール・メローイング、
「蒸留後のウイスキーをサトウカエデの木炭でゆっくり濾過をする」
サトウカエデはメープルシロップの元にもなる木で、この木炭を細く砕き、それをびっしり敷き詰めた桶で丁寧に濾過する。
熟成の樽も自社製のサトウカエデ。

ja10_201809302355443ba.jpg

飲み比べれば、口当たりと甘さが異なる。

ja11.jpg


ドリンクを注文すると、その場で当たる抽選で当選。
樽を加工した8㎝×4㎝の木片に顔と日付を刻印してくれた。

楽しくてラストまで居たので「ブラタモリ・酒田編」を見逃した」。
  1. 2018/10/01(月) 00:02:16|
  2. バー
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「縄文―1万年の美の鼓動」展@東京国立博物館

「縄文―1万年の美の鼓動」展@東京国立博物館
2018年7月3日 ~ 9月2日


jo1.jpg

jo1-2.jpg

骨董古美術に入門した頃、「六古窯」と言われる中世の焼き物と縄文時代の土器。土偶・石器などに興味を持って集めた。

岡本太郎の『日本の伝統』を読み“縄文土器は世界に誇れる美である”との考えに共鳴したこと。
小学生の頃、近郊の畑で出土する縄文土器の破片や鏃を拾い集めた体験。
等によるが考古学的な興味から始まった。
その後、中学時代nトロ発掘したシュリーマンの自伝『古代への情熱』にも憧れた。

開発に伴う発掘作業で遺跡の説明会などにも参加し、多様な出土品を見る機会も多くなった。


研究が進んで縄文時代の上限が遡り、1万年続いた縄文時代が、争いもなく文化的にかなり進歩していたことも分かってきた。
吉野ヶ里や三内丸山の遺跡は残念ながらどちらも訪れていない。

東博の「縄文展」(7月3日 ~ 9月2日)を7月24日に拝観し、再度と思いつつ会期は終了してしまったが、図録を参照に感想を述べる。

通常の展覧会で図録は買わないが、今回は見たこともない優品が多く購入することにした。

第1章.
「暮らしの美」暮らしの中で作られた、さまざまな道具の美しさ。

jo4-1.jpg

「縄文ポシェット」
木製の網籠が、中に木の実が入ったまま木炭化した状態でみつかった。

jo5.jpg

jo6.jpg

装身具。
髪を飾る櫛、耳飾りなど。

土製の耳飾り、耳たぶに着ける。今のピアス以上の大きな耳穴に、

jo8.jpg


第2章
「美のうねり」
火焔土器を含め、縄文土器は絶え間ない変化の連続。
自由自在の造形力。

縄文時代は女系社会、だったと言われる。
男は狩や採集に、女が土器を造り、煮炊きをした。
ダイナミックな造形が女性の手によった。

jo9.jpg


深鉢形土器(甲州市出土・中期、高さ83㎝)

jo10.jpg

深鉢形土器(甲州市出土・中期、高さ72㎝)

jo11.jpg

深鉢形土器(渋川市出土・中期、高さ75.5㎝)

jo12.jpg

深鉢形土器(竜ヶ崎市・出土、高さ79㎝)

何れも大きさや造形力など、すべての面で素晴らしい。


jo13.jpg

「描き出す美」
縄文時代の後期~晩期の北・東日本の縄文土器は基面を一度磨りけし、その上に文様を描き出す。
細部まで丁寧にデザインしてある。

jo14-1.jpg


縄文土器の中でも謎の多いのが土偶。

女性像が多いので出産に係る護符か。
或いは出産後の発育を願ったのか。

第3章
「縄文美の最たるもの」
として、火焔土器と土偶を取り上げている。


今回も何点かは展示されているが、國學院大學博物館で平成28年12月10日~平成29年2月5日に開催された信濃川流域で出土する「火焔型土器のデザインと機能」は見事な展覧会だった。


第5章
「祈りの美、祈りの形」ここでも女性の土偶。
安産や豊穣を祈るために用いられたと考えられる。

jo14-3.jpg

「縄文のビーナス」(茅野市出土、高さ27㎝)国宝土偶第1号。

jo14-2.jpg

合掌土偶(八戸市出土、高さ19.8㎝)是川縄文館所蔵
出産している姿のようだ。

八戸市の「是川縄文館」を2017年8月に訪問したが、これほどの質と量が伴った出土品は日本で一番と思った。縄文時代に興味がある方必見の資料館と思う。

jo19.jpg


砲弾型乳房の土偶(那珂市出土)
(ポラロイド撮影の写真を複写、あらかたを推測して頂ければ)
何かの展覧会に出展される可能性あり。
と思っていたが、何十年経っても行方は分からず、再会したい幻の土偶。
  1. 2018/09/29(土) 18:27:07|
  2. 博物館
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「鎌倉彫・寸松堂」@鎌倉市由比ガ浜大通り。

「鎌倉彫・寸松堂」@鎌倉市由比ガ浜大通り。

ka1-1_2018092617320123c.jpg


長谷観音から雪の下の「大佛茶廊」まで移動の途中には「川端康成記念会」「鎌倉文学館」「吉屋信子記念館」など文学関連の施設が在る。

「鎌倉文学館」は二度訪れたが、建物・眺望・展示物とも素晴らしかった。
「川端康成記念会」は如何なる施設なのか?興味はあったが、大佛茶廊の11時半頃の開店時間に到着したいので、今回パスした。

長谷から若宮大路までを「由比ガ浜大通り」と呼ぶらしが、文化財級の建築物を何軒か見かけた。

ka1_20180926173200e12.jpg

「鎌倉彫・寸松堂」由緒ありそうな店なので拝見させて頂いた。

鎌倉彫は中国の宋から伝わった堆朱を真似て仏具を製作したのが始めたとされ、800年の歴史を有する。

模様を薄肉彫刻した素地に直接黒漆を塗り、その上に朱、青、黄など色漆を塗り重ねて磨き仕上げる漆彫刻作品だ。

鶴ヶ岡八幡宮の鳥居脇に店の「博古堂」は有名店だが、鎌倉の土産として
明治時代以降、多くの鎌倉彫の専門店が生まれた。

木地を加工して彫刻、漆で塗り磨き上げる製品にするのは相当の手間がかかるから、安くは売れないだろう。

ka2_2018092617320330c.jpg

ka3_20180926173204a49.jpg

ka4_20180926173206cda.jpg

ka5_20180926173207f05.jpg

お盆やお椀など従来のものから、アクセサリーなど新たなデザインを施した新商品もある。


ka6_201809261732096b3.jpg

ka7_20180926173210b9b.jpg



我が家にも鎌倉彫の「脇息」が有る。
脇息は坐った時、脇に置いて肘をかけ、体をもたせかけるための道具。
最近あまり見かけないが、便利な道具だ。

ka8_201809261732128e5.jpg

菊の模様が肉厚に彫られてある。

ka9_20180926173213849.jpg

裏を返すと「鎌倉彫三保堂」の印が。
この店が、現在も営業を続けているのか調べてみたい。
  1. 2018/09/26(水) 17:40:12|
  2. 旅行
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「モネ それからの100年」展@横浜美術館

「モネ それからの100年」展@横浜美術館


yoko1.jpg

本日(9月24日)で終了したが、横浜美術館で「モネ それからの100年」が開催された。


yoko2.jpg


「1章 新しい絵画へ-立ち上がる色彩と筆触」
「2章 形なきものへの眼差し-光、大気、水」
「3章 モネへのオマージュ-さまざまな『引用』のかたち」
「4章 フレームを越えて-拡張するイメージと空間」
モネの初期から晩年までの絵画25点と、後世代の26作家による絵画・版画・写真・映像66点を展示。

yoko3.jpg


モネの画業の変遷をたどりながら、ロスコ、ウォーホル、リキテンスタイン・・・20世紀アートとモネを一緒に楽しめる企画で、「モダンアートの先駆者」と称されるモネの革新性が後世の作家に如何に影響を与えたがよく分かる。

現在、活躍中のアーティストの新作を含めた作品も多数展示された。


yoko6.jpg

3階「コレクション展」は約1万点の所蔵品からテーマごとに展示が行われる。


●横浜美術館は1989年(平成元年)3月に、横浜市みなとみらい地区に開館した。最近、斬新で注目を浴びているが09年4月より館長に就任した、逢坂恵理子館長の力量によると思っている。

逢坂さんは1994年より水戸芸術館現代美術センター主任学芸員、97〜06年まで同センター芸術監督をつとめた。
その間「カフェイン・水戸」などの企画で市民とともに活動した。
退任の際は、水戸市民100人以上が集う盛大な送別会だった。
学芸員の送別会を市民が開くのは、誠に珍しいことだろう。
水戸での活動が横浜でも行かされているであろうと推測し、誇りにも思う。
「第49回ヴェニス・ビエンナーレ」で日本館コミッショナーをつとめるなど活躍の場も国際的だが、さらなる活躍を念じている。
  1. 2018/09/25(火) 22:58:50|
  2. 美術展
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

深大寺の釈迦如来倚像@東京都調布市

深大寺の釈迦如来倚像@東京都調布市

jin0-1.jpg

●平成27年7月18日~9月23日に奈良博で開催された「白鳳展」。
全国の「白鳳仏」が参集し白鳳時代の素晴らしさを体感できた。

関東からは深大寺と龍角寺の白鳳仏も出展されたが、どのような場所に在るのかも知りたかった。
龍角寺は2017年5月の「旅ブラ」で訪問したが、深大寺は未だであった。
本年7月24日に深大寺を訪れた。
少しばかり時間が経ってしまったが。思い出しながらの訪問記。

jin2_20180924193416e66.jpg


三鷹駅からバスで深大寺に向かったが、吉祥寺の方が便利だった。

jin1_20180924211120e99.jpg

「深大寺そば」で有名な参道。

jin3_20180924211122132.jpg


山門
元禄8年(1695年)に建てられた深大寺で最も古い建造物。


深大寺には著名な歌人や俳人の碑が沢山在る。


jin4_20180924211124498.jpg



清水 比庵(しみず ひあん、1883年(明治16年) - 1975年(昭和50年)
歌人・書家・画家・政治家と多才な方だった。この方の作品は、川又南岳さん宅で初めて拝見した。

jin5_20180924193421e58.jpg


本堂


jin5-2_2018092419342248e.jpg

本坊・旧庫裡。
茅葺で江戸時代の建物に感じた。

jin7.jpg

釈迦堂。
ここに安置されているが、耐火建築の収蔵庫を兼ねている。


jin7-1.jpg

銅造釈迦如来倚像。
1909年(明治42年)に元三大師堂の壇の下から発見された。
像高(坐高)60.6センチ、全高83.5センチ。


jin8.jpg

童児の様に可憐で、眉から鼻に連なる線は清々しい。
後藤清一さんの仏像なども、白鳳仏の影響を感じる。


jin8-2.jpg

関東地方の白鳳仏として、龍角寺(千葉県印旛郡栄町竜角寺239)の薬師如来の仏頭も共通の要素がある。

2017年5月の「旅ブラ」で龍角寺を訪れた時の堂宇を思い浮かべた。
山田寺式の創建当時の瓦も素晴らしかった。


jin11.jpg

深大寺は湧水の多い国分寺崖線の崖面に抱かれるように立地し、現在でも境内に複数の湧水源をもつ。

崖線の上に深大寺の墓所が在る。


jin13.jpg

安東 次男【1919年(大正8年) - 2002年(平成14年)】の墓。
日本の俳人、詩人、評論家、翻訳家・俳号は流火艸堂。

jin15.jpg

jin14.jpg

古美術蒐集家でもあり『古美術拾遺亦楽』(新潮社、1974年)
骨董に入門当時、この本から影響を受けたので、思い出が多い。
  1. 2018/09/24(月) 20:56:44|
  2. 神社仏閣
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

とうふ会席料理@港区芝公園4-4-1

とうふ会席料理@港区芝公園4-4-1

tou1.jpg


tou1-3.jpg

tou2.jpg

tou3.jpg

tou4.jpg

tou5.jpg

tou6.jpg

tou7.jpg

tou8.jpg

tou9.jpg

増上寺に隣接した芝公園を抜けて坂を登ると、東京タワーが真上に聳える。
そのふもとに築地塀が連なり、数寄屋風な門を入れば大きな飛び石が続く。
両側には季節の花が植えこまれている。

土蔵や太い梁の古民家など、何れも由緒ある建造物を移築したもので風格を感じる。

庭木も移植したらしき古木も。
池も作られて在る。

ボーリング場の跡地に作り上げた様にはとても見えない。
京都の老舗料亭の佇まいを感じる。

tou10.jpg


tou11.jpg


八王子を本拠とする高級料理店グループが経営する「とうふ会席料理店」なのだ。
資金力もさることながら,このように創り上げた感覚の素晴らしさに感心した。

お品書きの様な料理が、次々と供された。

tou12.jpg


tou13.jpg


tou14.jpg


tou15.jpg

豆腐の料理が主だが、それに伴った器も素晴らしい。

物腰柔らかく丁寧に接する仲居さんは、胸高のもんぺ、の様なものを着ている。
人数も多く、次々と運び下げてゆく。

この集いは友人の同窓会にオブザーバーの様な感じで参加させて頂いた、
同じ学校ではなかったが、出席者の半数位が共通の友人だったので、違和感なく過ごすことが出来た。

tou17.jpg

tou16.jpg

70年以上、会ってない友達もいたが、時間を軽く超えて話が弾んだ。

tou18.jpg


こんな機会でもなければ、このような会場に足を踏み入れることがなかったであろうから、感謝の一言だけだ。

tou21.jpg

敷地の中には豆腐製品を主としたお土産品の販売棟も在った。

お開きの後、芝公園や増上寺の境内を散策しながら帰途に就いた。
この時、新たな墓地の形なども見たのだが、機会をみてにする。

  1. 2018/09/23(日) 00:33:31|
  2. 食生活
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

秋の彼岸@神應寺(水戸市元山町1-2-64)

秋の彼岸@神應寺(水戸市元山町1-2-64)

fu1_201809221606135bd.jpg


今年の夏の暑さは異常だった。
何時まで続くものやらと思っていたら『暑さ寒さも彼岸まで』の言葉通り、一気に涼しくなり、朝晩は寒さを感じるほどだ。

お彼岸なので菩提寺の神應寺に。  

本堂脇に、

fu4.jpg

ヒガンバナ。

fu3_20180922160614a5d.jpg

ギンモクセイ。

どちらも色と香りが独特で個性的だが、この時期を違えずに花開く。

神應寺は、鎌倉時代末期に興った浄土教の一宗派「時宗(じしゅう)」で、信徒は多くない。
開祖は一遍(いっぺん、延応元年(1239年) - 正応2年(1289年))。

●神應寺・Wikipedia
時宗遊行派の総本山である清浄光寺は、永正10年(1513年)に合戦に巻き込まれて焼失した。その地を支配していた後北条氏に睨まれていたために、再建することができず、約百年に亘って藤沢上人(遊行上人を引退した清浄光寺住職)と本尊は、各地を流浪することになった。

そこで佐竹氏の一門出身である遊行32代他阿普光は、佐竹義宣を頼って、水戸の地に藤沢道場を建立することとした。天正19年(1591年)、水戸城下の後に藤沢小路と呼ばれる神生平(かのうだいら)に建てられた。
こうして短い間だが、遊行派本山となった。

当初は寺号がなかったが、清浄光寺再興を受けて寛永10年(1633年)に神応寺と改称し、延宝8年(1680年)に現在の元山町の地に移転した。
以上の様な歴史を有する。

●「一遍聖絵」は一遍(遊行上人)を描いた絵巻で国宝。
没後100年足らずに描かれたらしく、その時代の地誌や風俗がよく分かる。


fu5_201809221606171dd.jpg

「熊野、那智の瀧」
  1. 2018/09/22(土) 16:11:04|
  2. 神社仏閣
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」@兵庫県立美術館

「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」@兵庫県立美術館

pu1-1.jpg

2002年に開館した兵庫県立美術館。
北側の正門は改築中で、南側からの入場口へ迂回。

pu1-2.jpg

海に接するなぎさ公園に面して、南側の入り口。

pu1-3.jpg

石段を背に、ヤノベケンジが制作した高さ約6メートルの少女のオブジェ「サン・シスター」が立っている。


ヤノベケンジが原発事故からの復興を願い製作した防護服姿の子ども像「サン・チャイルド」が設置された福島市は風評被害を増長すると撤去することになった。と最近報じられたが、何故なのか?理解に苦しむ。

今回はディエゴ・ベラスケス(1599-1660年)の作品7点を軸に、17世紀絵画の傑作など61点を含む70点(うち9点は資料)が展示されていた。
pu2-1.jpg

pu2-2.jpg

pu3.jpg

pu3-2.jpg


pu3-4.jpg

pu3-5.jpg


国立西洋美術館 (東京・上野公園)での開催に次いでの移動展、上野で見逃したのを神戸で見ることが出来た。

pu7.jpg


バリアフリーが重要視される点から言えば、展示空間と移動の動線に関し、幾らか難ありと感じた。

●台風20号の影響でスカイマークが欠航となったので、急遽、夕方の新幹線で戻ることに変更したので神戸市内を貸自転車で巡ることとなった。
予定の通りに進まないのが旅の楽しさだ。


-----

●サグラダ ファミリア教会・グエル公園などガウディの建築物を見たいと、2010年にスペインに旅した。

pu8.jpg

pu9.jpg


プラド美術館と近くのソフィア王妃芸術センターも観はしたのだが、
  1. 2018/09/22(土) 05:51:31|
  2. 美術展
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

三十三間堂(蓮華王院本堂)@京都市東山区

三十三間堂(蓮華王院本堂)@京都市東山区
san2_20180920180840570.jpg

san2-1.jpg


京博の「平成知新館」の拝観がやっと実現した。
道路を挟んだ三十三間堂の諸仏『風神と雷神は左右が入れ替わり二十八部衆像も13体が改名され、配置順も変わる「平成の大再編」となった』が7月に報じられたばかりだ。

san3_2018092018084220a.jpg


三十三間堂(蓮華王院本堂)は後白河上皇のため平安末期に創建された寺院の本堂。

桃山時代には、豊臣秀吉の東山大仏(方広寺)造営により、三十三間堂もその境内に含まれ、周囲の土塀や門などが整備されたという。
洛中の建物の中では大報恩寺本堂に次いで古く、鎌倉時代にまで遡る建物はこの2棟のみという歴史的な建造物なのだが暫くご無沙汰している。
台風の影響を心配したが、この時点では風雨は収まっているので拝観することに。

三十三間堂には1001体の千手観音立像が安置されているが、笠間時朝が建長5年(1253年)と文永元年(1264年)に寄進した千手観音(120号像・169号像)が鎌倉時代のもので寄進者が確実に判明しているのはこの2体だけ。という因縁もある、今回、何処に安置されているのか探したが確認は出来なかったのは残念。

san4_20180920180844fad.jpg

san6_20180920180845e67.jpg

築地塀(太閤塀)(重要文化財)- 桃山時代。
豊臣秀吉(太閤)によって寄進された築地塀、現境内の南端を区切る。
方広寺大仏殿が創建された時、蓮華王院も方広寺の境内に含まれたため、その工事に伴って築造された。当時の寺域の広大さがうかがえる。

san7_20180920180847c1e.jpg


南大門
豊臣秀吉が建立した方広寺の南門を、その子豊臣秀頼が現在の位置に移築した。

san8.jpg

  1. 2018/09/20(木) 18:14:14|
  2. 文化財
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ

プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。