よーちゃんの雑記帳  

街と人との出会いが楽しみ。

『バンコクナイツ』上映&トーク@CINEMA VOICE

『バンコクナイツ』上映&トーク@CINEMA VOICE
9月23日(土) 15:00~


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日立市出身で水戸在住の映画監督・鈴木洋平さんは、水戸市大工町のクラブ・ライブスペースVOICEを使用した映画上映プロジェクトCINEMA VOICE のプロデューサーも兼ねている。
上映作品の選定やトークショー出演など活動の場は広い。
気どらず、親しみやすい人柄でFBなどで上映会の案内などが来ると参加するが概ね面白い映画ではない。
しかし、上映後のトークショウで出演者や監督の話などを聞けば、なるほどと納得することも多い。

今回『バンコクナイツ』の案内を戴いた。
《タイの首都、バンコク。日本人専門の歓楽街タニヤ通りの人気店、「人魚」でNO.1のラックは、イサーン(タイ東北地方)からバンコクへ出稼ぎに出て5年が経った。日本人のヒモ、ビンを連れまわし高級マンションで暮らす一方、ラックの支える大家族は、遥かラオスとの国境を流れる雄大なメコン川のほとり、ノンカーイ県に暮らしていた。》
と云う様なことから始まるストーリー。

バンコクにはタイ料理に憧がれ、4~5回訪れたがもっぱら食べ歩きと食材の仕入れだったから、歓楽街には足を踏み入れなかった。
それだけに、その辺りがどんな街かの興味も若干あるが、歴史や戦争・植民地・タイ在住の日本人などテーマは沢山ありそう。

テーマを“娼婦・楽園・植民地”に据え、出会った現地の人々との交流により生まれた物語は重層的に響きあう182分。
バンコク、イサーン(タイ東北地方)、ラオスで撮影された、映像も楽しみだ。

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左:富田克也(空族)、中央:田我流、右:相澤虎之助(空族)

富田克也監督は「映像制作集団・空族」のメンバー
上映後に相澤虎之助さん(共同脚本)のトークショーでは「映像制作集団・空族」の話も聞けるのでは。


●【Story】
タイの首都、バンコク。日本人専門の歓楽街タニヤ通りの人気店、「人魚」でNO.1のラックは、イサーン(タイ東北地方)からバンコクへ出稼ぎに出て5年が経った。日本人のヒモ、ビンを連れまわし高級マンションで暮らす一方、ラックの支える大家族は、遥かラオスとの国境を流れる雄大なメコン川のほとり、ノンカーイ県に暮らしていた。
確執が絶えない実母ポーンと今は亡きアメリカ軍人だった2番目の父との息子、ジミー。ラックは種違いの弟ジミーを溺愛している。
ある晩、謎の裏パーティーで、ラックは昔の恋人オザワと5年ぶりに再会する。ノンカーイから出て来たてだったラックの初めての恋人がオザワだった。
元自衛隊員のオザワは、今では日本を捨てバンコクで根無し草のようにネットゲーム で小銭を稼ぐしかない沈没組。オザワがラックに会うには金がいる。戸惑うふたり…。そんな折、オザワはかつての上官で、現在はバンコクで店を営む富岡にラオスでの不動産調査を依頼される。
かくして、いくつもの想いを胸に秘めたラックとオザワは、バンコクを逃れるように国境の街ノンカーイへと向かうことになったが…古来、国境紛争に翻弄され続けたイサーン。
物語はその雄大な“イサーンの森”の闇の奥へ、舞台はやがてラオスへと、かつてインドシナを深く抉ったベトナム戦争の癒えぬ傷を映しはじめる―。

  1. 2017/09/22(金) 18:50:21|
  2. イヴェント
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森永博志オリジナルT@芝浦アトリエ

森永博志オリジナルT@芝浦アトリエ

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南青山「レッドシューズ」の《森永博志presents 「第3土ヨー日」》
いくつかのライブのメインは「スマートソウルコネクション」。

終電の都合で早めに退散するので、森永さんに詫びたら「ラストまで見て、アトリエに泊まれば」と云う有難いお言葉。
せっかくの機会、全てを見ることが出来た。

終演時に、オーナーの門野久志さんとも話すことが出来た。
この方も森永さんと同じ、信念が強く自由な感性の持ち主らしい。

この日は、台風の影響で客は少なく、早め、と云っても0時過ぎでライブは終了した。

森永さんのアトリエは芝浦とのこと。
到着したのは、タワーマンションの44階の南西の角部屋。

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レインボーブリッジが目の前。

今風のドラマなどに登場する景色そのままだ。

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広いリビングルーム。

何坪あるのか?見当も着かないが少なくとも30坪(100㎡)以上は有りそう。

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別な部屋にはジュークボックスまで有る。
絵空事でなく、現実に優雅な生活を送っている人が居るものだ。

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ジャケットの様に見える、Tシャツが掛かっていた。(この写真は翌朝)


昨夜、アトリエに使用している部屋には制作中或いは完成品のTシャツやジーンズなどを沢山拝見した。

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森永さんが本に掲載しているコラージュを布地で再現した感じだ。
殆どが手作業、ステッチなども手刺しで、手造り感が満載。
全てが一品ものだ。
価格が幾らかは、聞き洩らしたが、かなりの金額なのだろう。

写真を撮るのを忘れて拝見していた。

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撮り逃がしたのが残念だったが、似ている作品が森永さんのHPに在ったのでコピペて掲載。

文筆家・編集者、或いはプロジューサーとして活躍されているが、Tシャツ・ジーンズなどの制作にも稀なる才能があるのに感心した。

アート作品としても充分成り立つ。

仮眠をして後、机の上に謝辞を記して退室した。
この日は森永さん静岡でのイベントに出掛けるとのことだった。
  1. 2017/09/22(金) 14:11:24|
  2. 人と作品
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笠間の“焼き栗”@笠間市土師637 

笠間の“焼き栗”@笠間市土師637 

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9月の聲を聴くと、水戸市泉町の「鉢の木の、新栗蒸し羊羹」を思い浮かべる。
思いは、人それぞれ「岩間に“焼き栗”を買いに行こう」とKさんから誘いを受けた。

昨年、茨城空港近くの「空のえき、そ・ら・ら」で「焼き栗」を買って食べたが確かに旨かった。

笠間市は栗の生産高が全国一。
全国に菓子の原料として移出している話は良く聞く。
特に、旧岩間地区が有名。

友人Kさんの運転で行った先は「小澤商店」
栗専門農場の直売所だった。

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大型の焼き栗機が蒸気を上げている。


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窯から出てきた焼き栗は旨そう。

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来店者も居るし、ヤマトの宅急便での発送も多いらしい。

栗は栗ごはん・甘皮煮・マロングラッセと調理法も沢山だ。
自分でするとなると、結構手間が掛かるものだ。

その点で「焼き栗」は栗そのものを味わうには一番かもしれない。

  1. 2017/09/21(木) 19:52:49|
  2. 食生活
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森永博志presents 「第3土ヨー日」@南青山「レッドシューズ」

森永博志presents 「第3土ヨー日」@南青山「レッドシューズ」


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「レッドシューズ」はチガー南青山B1、赤く塗られた階段を下りる。


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1900開店で2000頃に入店した。階段も店内も基調は「赤」

正面スクリーンではネイティブアメリカンのDVDが流れていた。

左右に「風神」「雷神」図。この絵は創業の西麻布の店に掲げてあった。


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背丈の高い酒棚と、バーカウンター、酒の種類も多い。

酒と料理は、外国のように現金と引き換え、各自の予算内で納まる。

 

「ロックバー」だが、カウンターの横に小さな厨房が在って、老舗の中華で料理長を務めたシェフが作る本格中華も評判、餃子もある。


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イベントのスタートは2100から。

森永さんの登場は何時頃?と本を見せ「お話しを伺いたいと思って来店」との意を伝えた。即、連絡を取ってくれ2030頃に来店とのこと。


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知り合いの女性を伴って現れた森永さん、写真をお願いすると、気軽に応じて下さった。

 

2100、イベントがスタート。


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hooch」福岡出身の2人組。

ドラムとヴォーカル・ギターのユニットでJAZZやボサノバ。



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「小林ハルカ」可愛いお嬢さんの弾き語り。


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「スマートソウルコネクション」この日のメイン。

ハーモニカ奏者の“コハ・ラ・スマート”が56種類くらいのハーモニカを腰に、曲に応じて使い分け、更には歌も。

 

歌詞は単純。同じ言葉を繰り返すだけ。

■レフリー

レフリー レフリー

 

レフリー レフリー

レフリー レフリー

レフリー レフリー レフリー レフリー(以下略)と云う具合。

 

♪フルスイング♪スーパーカーレース♪ローラーコースター、など等も同じ、

 

コハ・ラ・スマートのハーモニカ・唄・アクション・ダンス等が切れ味よく決まる。既に売れっ子かもしれないが、これからさらにメジャーになりそう。

ライブハウスの様な空間でこそ生きる、テレビなどのマスメデア向きではないかも。


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演奏を見ながら早乙女道春さんの「LIVE DRAWING

セツモードセミナーで学んだ早乙女さんが、スケッチブックに素早く描き留める。描き上げた作品の一部を壁面にピンナップ。

 

早乙女道春さん長沢節ばりの細身なスーツスタイルが似合う。

森永博志さんと組んで雑誌などの仕事をされているようだ。


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DJ UFO a.k.a トキタユウホ/DJ TOYO-P(from JVC FORCE)

この方と思うが、良く分かりません。


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オーナーの門野久志さん。

森永博志著『ドロップアウトのえらいひと 続』(2005 東京書籍

114頁から155頁まで掲載されてある。

 

門野久志・森永博志『レッドシューズの逆襲』(主婦と生活社、2004年)と云う本が詳しいらしいが、まだ読んでいない。


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「門野久志的誕生祭」が924日(日曜日) 19:00 @レッドシューズ

参加したいのはヤマヤマダガ。

 

●《森永博志presents 「第3土ヨー日」》は可なりの回数を重ねているようだ。

全ては、継続することに意味がある。

ロック魂を持ち続、継続する森永さん。素晴らしいことだ。

 

  1. 2017/09/21(木) 16:06:27|
  2. 人と作品
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新宿西口・思い出横丁

新宿西口・思い出横丁

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こまつ座公演が終了し、南青山・レッドシューズの《森永博志presents 「第3土ヨー日」》に行くには早すぎる。

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何処へ、と思いついたのが「新宿西口・思い出横丁」。

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焼鳥・もつ焼き・もつ煮込みなどの店が多い。

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今では観光名所で、外人さんも多い。

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何故か、混んで行列の店、空席の在る店と偏りがある。
或いは時間帯にもよるのか。


新宿の専門学校に入学した昭和35(1960)年、今から57年前のこと。
西口には「スバル」の看板が掲げた3階建のビルが、ただ一つ。
現在の都庁の辺りは「淀橋浄水場」その先に東京瓦斯のガスタンクが遠望で来た。甲州街道沿いに玉川上水が流れ、京王線は路面だった。

当時甲州街道から青梅街道まで連なっていた約300軒の店。
闇市から発展した主には飲食街の内、現存しているのが大ガードに近い一画で、約60軒が「新宿西口・思い出横丁」として、残っている。

学生の自分にとって、酒を飲むなど縁が無かった。
当時は「一善飯屋」の感じで、100円の「鯨カツ定食」が食べられれば贅沢で、50円位のものを食べていたように思う。
因みに、電車の初乗りは「10円」だった。

当時とはかなり異なる雰囲気ではあるが、60年近い昔が現存している。
  1. 2017/09/20(水) 14:37:14|
  2. 居酒屋
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こまつ座「円生と志ん生」@紀伊國屋サザンシアター

こまつ座「円生と志ん生」@紀伊國屋サザンシアター

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娯楽が多様化している時代だが、僕の小学生の頃はラジオ放送、少し遅れてテレビの時代となったにしても柳家金語楼・エノケン・ロッパの喜劇、広沢虎造の浪曲、幾らか長じて志ん生の落語などにも魅了された。

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この芝居は「円生と志ん生」共に「昭和の名人」といわれた噺家の物語。
2人が満州慰問の途中で終戦を迎え、大連に六百日も押し留められたときの話で、詳しい資料が残っているわけではなさそうなのだが「井上ひさし」の脚本によって上演されることになった。
2005年の初演、07年の再演に引き続き、鵜山仁が演出 を手がけ、今回は大森博史(三遊亭円生)とラサール石井(古今亭志ん生)虚実交えながら描いた音楽喜劇。

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主演の二人が正に「円生」と「志ん生」を彷彿させる。
今回の芝居で知っていたのは、ラサール石井だけと云う芝居音痴だったので
大森博史の「円生」は、このような役者を当てたと納得してしまった。
勿論、ラサール石井の「志ん生」も良く、2人のコンビぶりが楽しめた。

志ん生は円生よりも十歳年上で、酒飲みで若い頃から出来不出来にムラがあるという評判。
円生は普段、酒も煙草もやらず高座でも姿勢はきちんとしている真面目な人。
話しは分かりやすかったが、四角四面で面白みに欠けていた。
芸風がまるで違えば性格も対称的な二人。
努力家タイプと天才肌という、よくあるコンビである。
だが、円生は常に志ん生を「兄さん」として立てて、助けていた。

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大空ゆうひ、前田亜季、太田緑ロランス、池谷のぶえ、の4人の女優陣は、1人で何役もこなす大活躍だったが、歌って踊って、さすが舞台女優だ。

劇は「朴勝哲」の生のピアノ演奏で進行するが、こまつ座の芝居に何度も出演しているらしく息はピッタリ。

更に、ブロードウェイのミュージカルの曲も使われ、ダンスも唄も様になって楽しかった。

「町はずれの廃屋」、喫茶店の「コロンバン」、最後の「修道院のもの干場」
等、後半部分が特に良かった。

幕間を挟んで約3時間、楽しい時間を過ごさせてもらった。
勿論、戦中戦後の話で、重く考えさせられる部分もありました。

この機会を与えてくれたこ「まつ座」制作の長山 泰久さん有難うございました。

  1. 2017/09/19(火) 21:43:25|
  2. 文化
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新宿御苑

新宿御苑

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久し振りに「新宿御苑」に

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江戸時代は信濃高遠藩内藤家の下屋敷で交通の要地。
1879年(明治12年)に新宿植物御苑が開設され、宮内省(現在の宮内庁)の管理する牧場でもあった。
第二次世界大戦後は一般に公開されたが、広大な敷地だ。

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旧洋館御休所、
天皇や皇族の休憩所として1896年(明治29年)に建てられた洋風木造建築で、国の重要文化財に指定。
19世紀アメリカで流行したスティックスタイルがベースで増築を繰り返している。昭和24年から平成6年までは管理事務所として使われたが、平成13年には元の姿(大正13年当時)に戻され一般公開。
とは言え、何時でも内部に入れるとは限らない。

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芝生の広場からはドコモの高いビル・電波塔?が望める。

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大温室。
前回来た時は無かった、と思ったら、2012年(平成24年)11月20日にリニューアルオープン。

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温室内部。

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大温室建設時に発見された明時代の温室の遺構。

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明冶時代の温室の写真。
ロンドンのキューガーデンを意識したのか?とも感じた。

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「玉藻池」を中心とする回遊式日本庭園。
内藤家下屋敷の庭園『玉川園』の遺構。玉川上水を引き入れた。

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旧御涼亭(台湾閣) 皇太子(後の昭和天皇)の御成婚記念として1927年(昭和2年)に建てられた中国風木造建築。


  1. 2017/09/19(火) 09:03:59|
  2. 庭園・公園
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鼎泰豐 @ 新宿高島屋タイムズスクエア

鼎泰豐 @ 新宿高島屋タイムズスクエア


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『円生と志ん生』を上演している紀伊國屋サザンシアターに10時頃に到着。
場所確認に早めに来たのだが、開場の午後1時までは久し振りに「新宿御苑」に行くと予定した。

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御苑まで歩いて10分位だが、途中に「新宿高島屋タイムズスクエア」が在る。
1996年(平成8年)の開業で20年を経過したにも関わらず、訪れる機会が少ない。
新宿の中心から少し離れているからかもしれない。

明治通り側から入って順に上に。
着るものよりレストラン街に興味津々。

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12階に小龍包で有名な「鼎泰豐」が在った。
この店の台湾の本店に行ったことを思い出す。

高島屋に出店する前、台北にしかない時だから20数年前、友人達とのグループ旅行、旅行社の人にやっと予約を取ってもらって入店したが、地上4~5建の小さい店なのに大盛況。

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店頭で大勢の職人が小龍包や餃子を包んでいた。
この光景はガラス越しだが同じ。

大きな蒸篭に20個位は入った、各種の小龍包などに感激した。

間もなく日本の1号店が新宿高島屋、以後は国内各地に出店。
同時期に世界各国にも出店した。

まあ、その時が懐かしくはいいてみようと思い、即入店。
まだ時間は10時半で開店時間の11時には早いが、その日の状況によって早めると、入り口に書き添えてあった。

お勧めメニューの「キノコタンメンセット・小龍包4個付」を注文。

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先ずは、大きめのポットに入ったウーロン茶がテーブルの上に。

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小龍包が4個では若干、物足りない。

タンメンセットより、小龍包の単品を注文するべきだった。

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キノコ4種、海老入りのタンメン。
この季節ならではの味、タンメンだからさっぱりした味だ、

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オープンエアーのテーブル席もある。

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窓の外から新宿御苑の森越しに、建築中の新国立競技場が望める。

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屋上には庭園があり、最近できた「銀座6」などの庭園設備を20年前に先取りしていた。


  1. 2017/09/18(月) 23:40:24|
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オカエリ喫茶室@水戸市栄町2丁目

オカエリ喫茶室@水戸市栄町2丁目

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栄町の通りを歩いていたら、酒屋が在ったところが「オカエリ喫茶室」となっていた。丁度、コーヒーでも飲みたい気分だった。

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アンティークな品もあるし、ソファーや椅子・テーブルもセンスの良いものが置かれてある。

「最近で来たんですか」と訊くと「もう10年位やってますが、今月で閉めます」とのこと。「ここ酒屋だったじゃないの?」と返すと「酒屋の一角に喫茶室が在ったんです、酒屋を閉めて喫茶室だけにしました」、何やら曰くがありそうだ。

この様な店が閉店するのはもったいないと思い「閉めて、どうするんですか?」
と尋ねたら「11月から1年間フランスに行きます。来月からスタッフが1ヶ月間、喫茶営業しますが、11月からパン屋さんになります。常陸大宮でパン屋さんをしている方が移転してきます」

現在の店名を訊くと何んとか言ったが、聞いたことがある店だった。
ハード系のパン屋で、新たな名前は「ベッカライ・アインファッフェ」らしい。

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店主で羊毛作品の作家・ウエダマリコさん。
どうしてフランスに行くかを訊いたら「私、羊毛作品の作家なんです。あちこちで発表を続けて来たら、パリでやってみないかとオファーが来たので行くことにしました。」とのこと。

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何点かの作品を拝見すると、羊毛をフェルト状にしてこけしの様なモノや動物などを制作する作家さん、

確かにユニークな作品だ。

パリでの成功と、新たなパン屋さんの繁盛を願った。
  1. 2017/09/15(金) 23:13:39|
  2. カフェ・喫茶
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森永博志と久保田二郎

森永博志と久保田二郎

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念願かなって、南青山のレッドシューズのイベント《森永博志presents 「第3土ヨー日」》に行くことにした。

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『ドロップアウトのえらいひと』の末尾の森永博志の自己紹介文の一部を引用すると・

『17歳の時、いきなり進路の問題にぶつかった。何も将来は考えてはいなかった。(略・・その後、ローリング・ストーンズの出会いは典型だった)
翌朝、父と母が寝ている部屋に入り、枕元に座り、僕は家を出て一人で生きてゆくことを告げ、ポケットには100円しかなかったが、何も持たず家を出た、100円分の切符を買い始発電車に飛び乗り高円寺まで行った。そこで一文無しになった。駅のゴミ箱から新聞を拾い、求人欄を見た。高円寺の新聞屋が住み込みの配達員を募集していた、訪ねたら、やとわれた。
それが、最初のドロップアウトだった。 
新聞屋で働いた金がたまったのでヒッチ・ハイクで全国を旅した。鐘がなくなると東京に戻りボート場の管理員や印刷工、建設労働者、電話帳の配達、倉庫番らをして金を作った、働けば金は作れた。そして旅に出た。(中略)
24歳の時、新宿のバーで知り合ったエッセイスト久保田二郎の紹介である出版社の契約エディターになった。編集の経験はなかったが、広告の仕事よりはマシに思えた。』

バリ・タヒチ・パラワン・タイ・ジャワ・トラック・小笠原など、20年間の旅の記録が纏められ『アイランド・トリップ・ノート : 島を愛する自由人たちへ』として2004年に出版された。

「ドロップアウト」は世間の動きに同調せずに、自分の好きなように生きる人達のライフスタイルで流行語にもなったが、かなりの強い意志と忍耐力が必要で、誰も出来ることではない。
それ以上に島で暮らすことも、並大抵では出来ぬことだ。

森永博志が訪れたた島々はハワイの様な名のある観光地もあるが、多くは、当時はあまり知られず、行き来も不便であった島の人々と生活を共にしながら取材を重ねている。

森永博志の本の登場人物は桁外れの人生を送っている人々で、憧れを感じる。
自分ではとても実践できない暮らしをしているのが魅力だ。

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『アイランド・トリップ・ノート : 島を愛する自由人たちへ』( 森永博志 著 A-Works 2004)の「WAIKIKI」の項の書き出しは、

久保田二郎―『極楽島ただいま満員』の著者であり、ヘレン・メリルを恋人にし、フュージョン・ジャズドラムの先駆者であり、ギャンブルで全財産を使い切り、20巷の無頼となったが、ペン1本で復活し、何よりも植草甚一にジャズを教え・・・・・・
ジャズ批評特集 20 1975年冬 チャーリー・パーカー ビ・バップ革命 久保田二郎 平岡正明 片岡義男 殿山泰司

こんな凄い人が居たンだ。
  1. 2017/09/14(木) 20:15:36|
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『円生と志ん生』@紀伊國屋サザンシアター

『円生と志ん生』@紀伊國屋サザンシアター

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高校の同窓生のFacebookで長山 泰久さんと云う方の記事に目をとめた。

『S59卒の長山と申します。
私制作を務めております「こまつ座」の芝居の宣伝をさせてください。
9月8日(金)から24日(日)まで、新宿・紀伊國屋サザンシアターにて
『円生と志ん生』という芝居を上演しております。
昭和の名人と言われた古今亭志ん生と三遊亭圓生。
ふたりが戦火烈しい東京から渡った先・満州。
彼の地で敗戦となり、日本へ帰れなくなった2年間。
「失われた600日」の物語です。

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志ん生にラサール石井さん。
圓生には、大森博史さん。
ふたりが出会う、女性たちには、
大空ゆうひ(大空祐飛改メ)、前田亜季、太田緑ロランス、池谷のぶえの皆さん。
女性たちは、都合20役を4人で演じ分けます。

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「酒も満足に飲めなくなった東京よりも陸軍のお抱えで飲み放題の満州の方がマシ」と口では言いながら、
その実、噺という噺がことごとく「禁演落語」に指定され封印されて、
戦争讃美・国威発揚の「国策落語」ばかり強要されるのにうんざりしての満州行き。
ところが思惑とちがって、日本は敗戦。
戦勝国・ソ連の進攻に追われながら、なかなか日本には帰れない日々。
命からがらの帰国後、それぞれまったく芸風・話風のちがう「大名人」と呼ばれる二人。いったい満州で何があったのか。
虚実交えて、歌と音楽をちりばめて綴られる評伝劇。
これは「語る」ことに命をかけ、ピカピカに芸を磨き上げた人間の喜劇です。
そしてこれは「国家」に置いてけぼりを喰らわされた庶民みんなの物語です。
ぜひ皆様にご覧いただきたく、日程限定・枚数限定ではありますが、特価チケットもご用意いたしました。…(略)』との知らせ。

小学生の頃の唯一の娯楽はラジオ放送で、相撲中継・柳家金語楼の落語・広沢虎造浪曲などを面白がって聞いた。
少し長じて、古今亭志ん生を聞き、息子の古今亭志ん朝に魅了されたが、若死にしてしまったのはまことに残念。
と云うこともあり、『円生と志ん生』という芝居を是非見たいと思い9月16日(土)13:30開演を即刻お願いした。楽しみである。

その夜は南青山の「レッドシューズ」の森永博志presents 「第3土ヨー日」と、初体験のダブルヘッタ―だ、

●自分の高校時代は卓球部と演劇部に所属して、全く勉強をしなかった。
卒業年度に「茨城会館」(現在の県立図書館)で隣の女子高と2校連合の演劇祭を開いた。

  1. 2017/09/14(木) 09:47:39|
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森永博志presents 「第3土ヨー日」@南青山「レッドシューズ」

森永博志presents 「第3土ヨー日」@南青山「レッドシューズ」

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SNSは思わぬ方と知り合いになることがあり、世界が広がる。
Facebookでつながったアッシュ 青木岳明さんが『One plus one 』(森永博志 著 A-Works 2009)に掲載されているのを知った。


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『ひとりじゃなく、そこに相棒がいて、
信頼しあえる絆があれば、
すべてのことはうまくいく、と』

有名人から市井の人々まで。
一般的に名が知られていない方々でもその世界では著名と云う方も。
全ては人間的な魅力による。
世俗に背を向けた異端児も多い。

著者の森永は1950年生まれ。創刊当時の『POPEYE』『月刊PLAYBOY』『BRUTUS』で特集記事を担当していた編集者・作家であるが、いまだに長髪のロッカーで、カウンターカルチャーの伝道者であり続けている。

著作も多いのだがその中の

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『ドロップアウトのえらいひと』(1995年・東京書籍)
『ドロップアウトのえらいひと 続』(2005年 東京書籍 )

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『アイランド・トリップ・ノート』 (2004年 A-Works )
『ドロップアウトのえらいひと~島に渡る~』( 2011年SDP )

等を読んだ。
世の中に抗って、自分の好きな道に転じた人達の生き方、「自由に生きよう」とするライフスタイルに憧れる。


毎月、第三土曜日に南青山「レッドシューズ」で森永博志がプロジュースするイベントが開催されることを知った。
「レッドシューズ」は森永の著作に何度も登場するライブハウス(伝説的な店らしいが、良く分からない)

9月16日が第三土曜日なので行ってみることにした。
午後7時から翌朝の4時まで、盛り上がるのは真夜中過ぎだろうが、帰りの電車を考えれば7時から2時間程度しかいられない。
その間に森永博志氏が登場するかは分からないが、とにかく行ってみることにした。
顔を拝見し、幾らかでも話が出来ること、更には店の雰囲気を愉しめれば、と期待している。

当日の内容は、
【BAND 】
スマートソウルコネクション
小林ハルカ
hooch
【DJ 】
UFO a.k.a トキタユウホ
DJ TOYO-P(from JVC FORCE)
森永博志
[LIVE DRAWING】
早乙女道春
  1. 2017/09/14(木) 00:23:46|
  2. イヴェント
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【Tabi-ぶらin真壁&石岡「古仏修復所と修復されたお像に会いに」】

【Tabi-ぶらin真壁&石岡「古仏修復所と修復されたお像に会いに」】


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写真は何れも【Tabi-ぶら】山本 哲士さんの撮影。

10月28日(日)開催の【Tabi-ぶらin真壁&石岡「古仏修復所と修復されたお像に会いに」】は

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●シーン1《仏像修復家・飯泉太子宗さんの工房「古仏修復工房」に伺い、仏像の修復の現場を拝見させていただく》
●昼食&シーン2【おにぎり持って!菖蒲沢薬師堂へGo!】
●シーン3【修復された神像拝観@常陸国総社宮】
と云う内容、「古仏修復工房」を拝見できる機会は貴重なので早速申し込んだ。


山本 哲士さんが主宰する「Tabi-ぶら」は主に茨城県内(時には県境の栃木や千葉も含むが)の社寺や仏像、伝統的な街並・建物、文化遺産や、景色を巡る旅の会。一般的な旅の会と変わらないように思えるが、一味・ふた味も違うのだ。

主宰の山本さんは、仏教彫刻を専攻した美術史家。
美術館の学芸員や広告会社のデレクターなども務めたマルチな才能の持ち主。
広い分野に事物に感性豊かに反応する詩人。
その様な人柄に惚れ・慕う、友人が沢山いる。

僕も以前から顔見知りではあったが、数年前に講演会の席でお会いして、交友の機会が出来た。
短い時間に共通の友人・知人も多く、永年の友と思えるように成った。

昨年の5月15日に開催された【Tabi-ぶらin「桜川」】に初めて参加した。
水戸線「稲田駅」の駐車場に集合した会員は約25人位であったか。

参加者が県内各地や東京・柏などまで地域の分布が広範囲。
会員相互で受付、行程表の制作配布、お弁当・おやつ手配など役割分担が出来ている。

第1の集合場所は稲田駅前であったが、行く先に第2、第3もあって、そこで合流や解散も可能な、実に自由な会だ。

何れも仕事を持っている現役の人達。リタイヤ組は僕を含め僅か。
途中やそれ以後の交流で分かったが、実に多彩な人達ばかりで会話が楽しい。

それ以来「Tabi-ぶら」に嵌った。

昨年実施された会で僕が参加した場所・内容を簡単に表示したが、ありそうでなさそう。マニアック場所・内容だった。

●2016年
2016年5月15日【Tabi-ぶらin「桜川」】
2016年6月19日【Tabi-ぶら棚田の緑と那珂川風情 in 常陸大宮&茂木】
2016年6月25日【Tabi-ぶら紫陽花と秘仏拝観 水郷の美 in 潮来】
2016年9月18日【Tabi-ぶらミーティング水戸 歌留談】
2016年10月2日(【Tabi-ぶら〜県北芸術祭ぶらり 山方面】
2016年10月30日【Tabi-ぶら那珂川の献上鮭と海浜鉄道にのって】
2016年12月18日【Tabi-ぶらin mito忘年会・エクセルみなみ true brew】

●2017年
1月7日【Tabi-ぶらサロン早梅を見て、鮟鱇の友酢を食べる】
2月25日【Tabi-ぶらin 美浦村・陸平貝塚の縄文の貝がら】
5月13日【Tabi-ぶらin常陸大宮「御前山、聴水庵あたり】
5月21日【Tabi-ぶらin利根川を行く. 印西・佐原 秘仏と布絵と】
6月11日【Tabi-ぶらin十王・田尻、山より海より】
7月2日【Tabi-ぶら in かすみがうら市】 
7月15日【Tabi-ぶらin里美・里美で会う美&味.】
  1. 2017/09/12(火) 23:19:28|
  2. 旅行
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佐藤 卓史 ピアノリサイタル@佐川文庫・コンサートホール

佐藤 卓史 ピアノリサイタル@佐川文庫・コンサートホール
佐川文庫サロンコンサート
2017年8月26日 18:00~


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水戸市河和田町の「佐川文庫」は、1984年から93年まで水戸市長をつとめた故佐川一信のメモリアル ホール。故人の姉の佐川千鶴さんが遺志を継ぎ、蔵書3万冊・CD1万枚を納め2000年11月に開館した。

オープンを祝し来館したピアニストの中村 紘子さんが「ホールでコンサートを開くのも良いかも」との発想から、翌2001年4月21日に中村 紘子のピアノコンサートが開かれた。
それを皮切りに年に5~6回、中村さん推薦による演奏家のサロンコンサートを開催してきた。


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有名演奏家のみならず若手を積極的に登用、ショパン国際コンクール優勝者チョ・ソンジンなど国際的に活躍する演奏家の初舞台も多く、若手演奏家の登竜門とも言われる様なった。

今では「佐川文庫・サロンコンサート」への登場は若手にとっての夢ともなっている。


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出演者や常連の聴衆の希望もあってより本格的なサロンコンサートの場として、
2015年2月、本館の後ろにホールが開館した。


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「木城館」と名付けられたが、那須に所有していた別荘「木城山荘」(こしろさんそう)に由来している。


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客席は200席位、ありそうだが満席だった。

外観は2回程拝見したが、8月26日18:00~「佐藤 卓史 ピアノリサイタル」で内部を拝見し、コンサートを聴くことが出来た。
この日は「オール・シューベルト・プログラムとのことで。

楽興の時 D780 作品94 第1巻(第1〜3曲)
12のグラーツのワルツ D924 作品91
3つのピアノ曲 D946
=休憩=
即興曲 編ホ長調 D899-2 作品90-2
即興曲 変ィ長調 D899-4 作品90-4
ピアノ・ソナタ 第13番 ィ長調 D664 作品120

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休憩時間にはコーヒーとチョコレート或いはグラスワインも提供された。
「サロンコンサート」ならでの雰囲気で、主催者の心意気が感じられた。

クラッシクに馴染のない僕だが、休憩後の即興曲は聞いたことがある曲で楽しめた。
佐藤 卓史さんはBSジャパン「おんがく交差点」にレギュラー出演中、とのことで、見てみようと思っている。

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終了後は佐藤 卓史さんのCD販売とサイン会。

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入り口の近くの壁面には佐川さん遺愛の品物や写真、吉田秀和さんの原稿などが展示され、故人の業績などを偲ぶことが出来る。

館長の佐川千鶴さん、弟の佐川一信さんのメモリアルホールとして建設した「佐川文庫」。
附属「木城館」でのサロンコンサートは大きく発展した。
毎回通う聴衆にとって佐川文庫育ちの演奏家の活躍は、我がことのように嬉しいだろう。
 
佐川文庫から多くの才能ある人材が生まれていることを共に喜びたい。


●佐川文庫サロンコンサート今後の予定は

2017年9月28日(木)18:30
■ 前橋汀子・久保田巧・川本嘉子・原田禎夫 カルテット
〇このチケットは、ほぼ完売で補助席が有りか?

2018年1月20日(土)18:00
■ 上村 文乃 チェロ・リサイタル

●佐藤卓史
1983年秋田市生まれ。
高校在学中の2001年、第70回日本音楽コンクールピアノ部門で優勝。
東京藝術大学を首席で卒業後渡欧、ハノーファー音楽演劇大学とウィーン国立音楽大学にて研鑽を積む。
その間国際舞台でめざましい活躍を遂げ、2007年第11回シューベルト国際ピアノコンクール第1位、
2010年エリザベート王妃国際音楽コンクール入賞、2011年第21回カントゥ国際ピアノコンクール第1位、

2013年にはデビュー10周年を記念してソロリサイタルツアー「ベートーヴェン 4大ピアノ・ソナタを弾く」を開催、全国16都市で演奏し好評を博した。2014年より「佐藤卓史シューベルトツィクルス」を始動。
ライフワークとしてシューベルトのピアノ曲全曲演奏に取り組んでいる。

佐藤俊介との共演によるCD「グリーグ:ヴァイオリン・ソナタ集 全3曲」(ナミ・レコード)は平成19年度(第62回)文化庁芸術祭レコード部門《大賞》に輝いた。
現在はBSジャパン「おんがく交差点」にレギュラー出演中。
作編曲・レクチャーなど活動の場は幅広く、実力派ピアニストとして注目を集めている。国際フランツ・シューベルト協会会員。
  1. 2017/09/11(月) 20:37:07|
  2. コンサート
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だるま料理店@小田原市本町

だるま料理店@小田原市本町
熱海~伊豆半島~箱根の旅 其の12


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富士屋ホテルでのカレーライスをあきらめたら、Fさんが「小田原に旨い天麩羅屋が在るので、そこにしよう。」提案。
そういえば、旅の〆「お疲れ様、また会いましょう」は天麩羅が多い。

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小田原の駅から少し離れてはいるが、立派な松が植えられた桃山御殿風な建物●登録有形文化財指定「唐破風入母屋造り」

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入り口の看板には「日本料理・すし・ちらし・天丼・天ぷら。。。だるま」

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中に入れば、社寺あるいは書院造の「格天井(ごうてんじょう」と格式高い。

時間は2時過ぎで、昼食時間より過ぎているのに満員で、入り口に名前と人数を記入し、待つことに。

観光客もいるだろが、概ね地元の方々か、小田原の生活文化の高さが偲ばれる。
残念ながら、水戸はマダマダだ。

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穴子丼、を注文。
この旅は小田原で解散し、各自の自宅に。
この3日間の出来事を話し、来年は何處に?
京都を集合場所に、滋賀県の「MIHOミュージアム」から伊勢神宮参拝。
の案が有力か。元気でいられることを願って。
来年いや今年かな喜寿を迎える。有難いことだ。

●「だるま料理店」は地元の網元だった廣澤仁三郎が創業した料理店。
仁三郎は金沢の達磨(たつま)勘兵衛の次男として生まれたが、小田原の割烹「天利」を営む廣澤家に養子として入り、1893年(明治26年)、足柄下郡小田原町大手前(現:神奈川県小田原市本町二丁目)でこの店を創業した。
屋号の「だるま」は、仁三郎の旧姓に由来する。
相模湾で捕れた魚介類を中心に、刺身、寿司、天ぷら等の日本料理を供する。
  1. 2017/09/11(月) 09:04:53|
  2. 食生活
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夤賓閣跡(いひんかくあと)@ひたちなか市湊中央

夤賓閣跡(いひんかくあと)@ひたちなか市湊中央

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毎月の第2日曜日を見当に、公民館などを借りて「日めくり俳句会」が開催される
。会主は輪番制で、年に1度くらい担当する。

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今月の担当のNさんが選んだ会場は、ひたちなか市湊中央の「湊公園ふれあい館」。

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ここは1698(元禄11)年に徳川光圀により建てられた水戸藩別邸「夤賓閣」の跡地に在る。
歴代の藩主も訪れ、宴席や詩歌の会が催されたが、地理的にも防衛の要、城塞としての機能もあった。

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太平洋や那珂川の河口を見渡す景勝の地。
1864(元治元)年に騒乱で焼失、現在は湊公園として親しまれている。

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往時を偲ぶものは、須磨明石から取り寄せた黒松が12本。

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樹齢300年を越えた幹や枝ぶりは見事なものだ。

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公園内を散策しながら、俳句を作る。

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「イワレンゲ」は本州(関東以西),北九州の海岸の岩地などに野生し,観葉植物として古くから栽培される,ベンケイソウ科の多肉植物。

月例会は午後1時からの開催なのだが、本日は午前10時から開催。
12時までの2時間が吟行。
その後、出来た句を互選し鑑賞する。

俳句の会ではあるが、飲み食いしながらの雑談が楽しい。
当日だけ句作をする小生にとって、花より団子。

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Nさんの手作り「栗ご飯」のお弁当。
美味しくいただきました。
  1. 2017/09/10(日) 21:50:23|
  2. 文化財
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箱根富士屋ホテル@箱根町宮ノ下/熱海~伊豆半島~箱根の旅 其の11

箱根富士屋ホテル@箱根町宮ノ下
熱海~伊豆半島~箱根の旅 其の11


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箱根富士屋ホテル

「箱根の関所」を後に箱根駅伝の山下りコースと同じようなルートを辿って開産地の小田原を目指す。
Fさんの予定は、途中の強羅の「田むら銀かつ亭」で「豆腐かつ煮」を食す、というもの。豆腐屋が経営する豆腐かつ店で予約はとらないので、何時も行列の出来る所らしい。

着いてみると様子が変で、何んと定休日。

「ならば、富士屋ホテルのカレーはどう?」の提案にモロ賛成。
日本三大クラシックホテルである「箱根富士屋ホテル」は一度は訪ねたかった。

紅い欄干の手すり、桃山様式の玄関の屋根など、日本を強く意識した建築。
日光東照宮をモデルに建てらとも言われる。

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広大な敷地に、いくつもの建物が散在しているらしいが、宿泊客ではないので本館の受付辺と、レストラン辺りを歩いてみた。

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「カレー」でも結構なお値段。
それはそうだよね!だが「別な処にしよう」と決めた。

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売店で土産用にパンなどを各自購入。
箱根駅伝で見覚えのある風景を眺めながら小田原に。

●日本三大クラシックホテル
①日光金谷ホテル(登録有形文化財・近代化産業遺産・現存最古のクラシックホテル)1873年(明治6年)6月開業。栃木県日光市上鉢石町1300
②富士屋ホテル(登録有形文化財・近代化産業遺産)1878年(明治11年)7月開業。神奈川県足柄下郡箱根町宮ノ下359
③万平ホテル(近代化産業遺産) 1894年(明治27年)7月開業。長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢925

  1. 2017/09/10(日) 08:38:46|
  2. 旅行
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プロフィール

たかはし よういち

Author:たかはし よういち
離俗の世界に憧れながら、市井の片隅でうごめいています。
ささやかなモノやコトに幸せを感じます。
私が別に運営している「西の谷万葉公園を美しく」のブログは、以下のリンクからアクセスしてください。
重複する記事も有りますが、自然を大切に、簡素な生活を。
の気持ちを大切にしたいと思います。

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